推薦図書(工学)
ヤモリの指:生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー, ピーター・フォーブズ、吉田三知世訳、早川書房、2007
 破壊力学の研究者にとってガラスの破壊は脆性破壊の典型例で,グリフィスき裂としてこの分野の誰もが一度は必ず学ぶ有名な例題の材料である.ところが,材料は日常的に目にするものの産業としてのガラスに目を向けることは少ない.本書では,自浄作用について2種類のメカニズムを示しているが,その作用を持つ材料の一つとしてPilkington K glassを取り上げている。自浄作用のメカニズムについては本書に譲るが,Pilkingtonなる会社について調べていると世界のガラス産業,特に建築で重要な板ガラスがおかれている興味深い事実,実用的な板ガラス製造法方は2種類しかなく,そのうちのひとつの特許をこの会社が持っていて,今は日本板硝子の関連会社であることを知る.結局,世界中の板ガラスの会社はどちらかの製法で作られているようである.これはまるでStar AllianceとOne worldの関係のようにも見える.
 本書に掲載されたバイオ・インスピレーションに基づく技術の中で,私あるいは友人の研究分野に関連するのは,次の四つである.
・蜘蛛の糸:強度は軟鋼の半分,密度は軟鋼の1/8,従って単位重量当たりの強度は約6倍.
・イモリの指:分子間力による接着.この凝集力は距離が2nm以内で働く.
・ブリトルスターのレンズ:カルサイト(方解石:炭酸カルシウムの結晶)という無機物の単結晶でできている.これはタンパク質が無機物の結晶を作ることなり,驚異的である.
・アワビの殻:通常の炭酸カルシウムに比べて300倍も硬い.これは,アラゴナイト(あられ石:炭酸カルシウムの結晶)のブロックとそれより薄いタンパク質の層が交互に重なった複合構造をしている.
・昆虫の飛行:昆虫は何百個ものセンサーを持つ.ユーロファイターは数個.結果,ハエの場合は八万種類の測定データで制御しているのに対して,最新鋭機ユーロファイターは20種類.全てのものを測定できるのなら,計算する必要はない.
 本書の最後において,扱った技術のキーワードは”形”であると述べている.まだまだ古典力学から新しい技術が生まれる余地があるようだ.
(2042/02/23)

ゼムクリップから技術の世界が見える−アイデアが形になるまで,ヘンリー・ペトロスキー著,忠平美幸訳,平凡社ライブラリー,2010
 鉛筆はだれでも使うものだが,折れた鉛筆の先に注意を向ける者はいない.いや,ほとんどいないだろう.しかし,カリフォルニアの工学者は削りたての鉛筆が折れた場合に折れた芯の大きさがほとんど同じであることが気になった.そして,力学を適用してその理由を解明した.この解析結果が世の中の役立つことはほとんどないだろう.しかし,知的好奇心を刺激し,達成感を満たすのに十分な奥深さがある一級品のクイズである.しかも,”問題の分析に取り組む方法はガリレオの(梁の破壊の)研究から本質的に変わっていない.”のだ.材料力学には身近なものの形の理由を説明できる力がある.そのことをもっと世の中に宣伝しなければならない.単に単位を取るために勉強する科目ではなく,真の意味で役に立つ道具であり,そのように捉えることができないのは,単に気が付いていないだけであるということを. (2012/04/28)

マサチューセッツ工科大学,フレッド・ハプグッド,鶴岡雄二訳,新潮社,1995
 本棚に眠っていた本である.たぶん10年以上前に買って読んだのだろう.まさかその10年後にMITに滞在できることになるとも知らないで….改めて読み直してみると,校舎の描写が手に取るようによく分かる.MITほど建物の番号がでたらめに並んでいるキャンパスを知らない.しかも,建物が繋がっていて区切りがはっきりしないため,9号館のつもりが33号館だったということもある.
 この本によれば,MITは実務のための教育機関としてスタートし,産業指向の教育システムであった.しかし,レーダーの開発に貢献したのがエンジニアリングよりサイエンスだったことから,エンジニアリング・サイエンスを中心的存在として規定するように変化する.このことが世界トップクラスのエンジニアリング・サイエンスの研究機関としての現在のMITを形作った.鉄道模型を愛する少年たちがハッカーへと変貌を遂げることができるのも,彼らが所属する大学がエンジニアリング・サイエンスの伝道だからかもしれない. (09/02/28)

カラスもびっくり!バイオカイト,伊藤利朗,講談社ブルーバックス,2001
 本書は著者が開発した凧(バイオカイト)の解説書である.バイトカイトの飛行原理は従来の凧とは大きく異なり,むしろグライダーのそれに近い.そのため第3章の「バイオカイトの飛行原理」は,航空力学を基礎としている.そして,この説明はそのまま模型飛行機の飛行原理の説明となっている.本学部では毎年,子供達に科学の楽しさを知ってもらうために 夏休み科学教室を開催している.機械工学科は"模型飛行機を作って,飛ばそう"を企画して好評を得ている.ただし,この企画では対象が小中学生なので,飛行原理について詳しい説明をしていない.本書は分かりやすい飛行原理の説明としてぜひ参考にさせていただきたいと考えている.(08/12/21)

フーコーの振り子,アミール・D・アクゼル著,早川書房
物理学では振り子に関する歴史的な発見が2度登場する.一つはガリレオが教会で振り子の周期について発見した話であり,二つ目はフーコーの振り子による地球の自転の証明の話である.前者は逸話として度々聞いたことがあるが,後者についてはあまり詳しく聞いたことがなかった.本書を読んでフーコーの実験が見世物として広く世界中で行われていたことを初めて知った.今でもこの実験の様子を見たければディズニーシーに行くことをお勧めする.
機械工学科の学生なら工業力学でコリオリ力を習う.遠心力は物理実験で実体験できる(回転する椅子等)のでそのイメージをつかむことができるが,コリオリ力はいまひとつよくわからないままであった.方程式さえ扱うことができれば,問題は解けるから困らないのである.しかし,やはりそれでは応用が利かない.身についていないのである.本書の振り子の実験結果の説明は分かりやすく,そして,奥が深い.「フーコーの振り子の振動面がどの座標系に従うのかわれわれは正確に知らないし,….」の記述に驚き,そして納得する.
なお,個人的には,革新的な実験で名声を得たフーコーの科学者としての物語は,それより少し前の時代にイギリスで活躍したフックのそれに似ていると感じた.(08/03/30)

万物の尺度を求めて メートル法を定めた子午線大計測,ケン・オールダー,早川書房
実験における物理量の測定には常に誤差が含まれる.誤差を評価するためには二つの指標,精密度と正確度を区別しなければならない.精密度とは同じものを測定した複数の結果の一貫性であり,正確度とは正しい答えにどれだけ近いかということである.フランス革命のころ度量衡の統一のため,地球の子午線の長さの測定が行われた.この本は子午線測定にかかわった二人の科学者のドラマである.一人の科学者の苦悩は,先の誤差の扱いに起因していたようであるが,ここではあえて詳しくは書かない.また,度量衡の統一が政治的に如何に重要であるかを知った.この本はかなり分量があり,登場人物も多数,人間関係が複雑かつ舞台となる土地も多数なので,最後まで読むのに根気が要る.しかし,その分,読後に達成感が味わえる.直接は関係ないが著者の出身大学であるHarvar UniversityにはThe Collection of Historical Scientific Instrumentsがあり,中世から近代のさまざまな測定器や道具が公開されている.(http://www.fas.harvard.edu/~hsdept/chsi/index.html)

カラシニコフ,松本仁一,朝日新聞社
カラシニコフとは自動小銃の開発者の名前で実際にはAK47といいますが,カラシニコフでも通じます.この自動小銃が地球上の紛争に及ぼした影響は計り知れないのでしょう.これほど人類の歴史に大きな影響を及ぼした銃がほとんど一人の人間による設計であることに,驚きを通り越して恐れすら感じます.カラシニコフという人物は優秀な精密機器の設計者です.機械工学を学んだものならこの本に描かれている銃の機構における逆転の発想が理解できるでしょう.しかし,機械としての優秀さと人類に対する貢献は全く別のものなのです.そのことをいやというほど知らされます.「失敗国家」についてはエンジニアにとっても知っておくべき知識です.我々はいつカラシニコフ氏と同じ運命になると限らないのですから.それから,この本には2もありますのでそちらも必ず読んでください.

危ない飛行機が今日も飛んでいる(上,下),メアリースキアボ,草思社
ほとんど内部告発に近い事実を淡々と述べている本です.ラオスに行った時の経験からこの本を身近に感じました.安全性の議論では統計的な手法が用いられていますが,破壊力学の視点があればもっと面白かったと思います.

強さの秘密 : なぜあなたは床を突き抜けて落ちないか,J.E.ゴードン著,土井恒成訳,丸善
材料の強度に関する一般向けの書ですが,専門家も十分に楽しめるレベルの高さです.MITのある授業の教科書として使われていました.

バイオカイト,伊藤利郎,講談社ブルーブックス
バイオカイトとは凧の一種ですが,原理は凧というよりはグライダーに近いと思います.流体力学に関する記述もあり,機械工学の学生が読むには適当な内容です.

磁力と重力の発見1,2,3,山本義隆,みすず書房
工事中
動く分子事典,川端・本間,講談社
工事中

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