研究室余話

   西川伸一  * 『政経論叢』(明治大学政治経済研究所)第69巻第2・3号【沖田哲也教授古稀記念論文集】「編集後記」掲載

 本号は沖田哲也教授古稀記念論文集である。沖田先生の薫陶を受けた方々の力のこもった論文が掲載されている。諸先生の古稀記念論文集が刊行されるたびに、歳月人を待たずを実感させられる。

 ところで、入試の採点業務がまだ研究棟で行われていたころ、私が担当した科目の採点場がたまたま沖田先生の研究室に当たったことがある。とある採点日の昼下がり、沖田先生が入室してこられた。お部屋にあった、ベルン・アルプスの高峰ユングフラウ(標高4158m)のスチール写真を眺められ、「名前とは裏腹にごっつい山なんだ」と解説してくださり、初冬に見にいきたいのだが、講義を休むわけにいかないし・・・でも、一度くらい休んで見に行ってもいいかとほほえまれた。そして「よし、元気出た」とおっしゃってご自分の採点場に戻っていかれた。

 その後、実際に見に行かれたかどうかは存じ上げないのだが、採点業務という神経の使う陰鬱な作業のなか、一服の清涼剤のようなお話をうかがい、こちらも元気が出て忘れられずにいた。

 このように、以前の採点業務は諸先生の研究室を拝見できる最高の機会であり、当然それぞれ違った調度類や書棚を眺めるのは毎年の楽しみであった。プロの書斎はこうなっているのかと得心したものである。反面、がらくたや駄本の並んだ私の書棚も見られているかと思うと、なんとも気恥ずかしかった。

 また、それに先立っての採点場の設営は、研究室を片づける格好のきっかけを与えてくれた。少なくとも年に1回は部屋の大掃除をせざるをえなかったのである。そのきっかけをなくした今、私の研究室は、物置場件控え室兼ゼミ学生のお茶飲み場と化し、研究する部屋の役目をほとんど果たしていない。急いで参照したい本がみつからないときは、ほんとうにイライラする。

 「捨てる!技術」よろしく、ごっそり処分しなければならないのだが、いつでもできると思っていることはいつまでたってもやらないもので、どうしようもない。

 その研究室を沖田先生はまもなく後にされる。個性的な研究室がまた一つ代替わりする。制度の定めとはいえ、柄にもなくユングフラウのようなセンチな気分になってしまう。


 2000年10月13日


back