書評・交通遺児学生の会・編著『地球はそもそも歩行者天国−くるま社会はどこへいく?』(日本消費者連盟、1985年)

   西川伸一  * 脱クルマ・フォーラム編『脱クルマ21』第3号(生活思想社、1998年)

 ページ数わずか六四ページのブックレット。しかしその中には、クルマ社会をめぐる基本問題が見事に押えられている。

 全体で六章構成。まず前半三章では、高校生にとって身近な事例(バイク、通学、交通遺児)を手がかりに、クルマ社会の弊害が丁寧にさとされる。それを受けて、後半二章は、クルマ固有の「九罪」とクルマから派生する諸問題を網羅する。そして最終章は、クルマ社会変革のための具体的提言である。

 とりわけ、交通遺児家庭の実態には胸が締めつけられる。「国と家が貧乏になってもお父さんが生きていた方がいい」この叫びこそクルマ社会批判の原点だろう。戦後四〇年(本書刊行時まで)で四八万人もの人命が失われているのだ。

 それだけではない。公共交通の衰退、遊び場の喪失、道路公害、生態系破壊、エネルギー浪費など。豊富なデータと図表によって、説得力あるクルマ社会批判が展開される。

 果たしてクルマには、これだけのコストに見合う便益があるのか(もちろん人をあやめて見合うコストなどないのだが)。そこで引用されるイリイチの指摘がおもしろい。「一年間に平均一万二千キロ車で移動するために、アメリカ人は、一六〇〇時間かけている。つまり時速にすると約七・五キロ。・・車は自転車よりずっと能率の悪い乗り物だ」

 要するに、異常な事態の異常さにだれも気づかない異常さ−これが問題の本質なのだ。本書の書名はその点を的確に表現している。

 本書をバイクに夢中な高校生に是非読んでもらいたい。文体は中高生に十分配慮してある。また、クルマ問題の学習会のテキストとしてもおすすめ。

 もちろん、一〇年以上前の発行のため、時代遅れとなった記述もみられる。また、新しい論点(地球温暖化や携帯電話の普及など)もほしい。増補改訂版を刊行できないものか。ちなみに、日消連には、まだ五〇部程度は残部があるそうである(九七年一二月一七日現在)。早いもの勝ちですヨ!


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