書評・三宅正樹著『ユーラシア外交史研究』(河出書房新社、2000年)

   西川伸一  * 『明治大学広報』2000年6月1日号掲載

 本書は、主に20世紀前半の日独関係にロシアを絡め、ユーラシア外交史として読み解いた、知的刺激に富む論文集である。

 強調されるのは、「ユーラシア大陸を貫くある種の力学」への注目。すると、その東端と西端での別々の出来事が、実は関連していることがみえてくる。

 またこの視点は、「あれこれの政治行動の結果を比較考量すること」を「至上の美徳」とする、国際政治学者モーゲンソーの至言に重ね合わされる。

 つまり、政策決定者は複数の選択肢の中から一つを選ぶのであり、実現しなかった可能性は必ず存在する。それらを併せて考察すれば、歴史の理解と評価は深まると筆者は説く。

 例えば、日ソ独伊の「ユーラシア大陸ブロック構想」がもし実現していれば、日米開戦回避もありえたのではないか。この構想は、リッベントロップや松岡洋右が暖め、スターリンも乗り気だった。ビヨルケの密約という独露間の緊張緩和の試み、後藤新平の新旧大陸対峙論などは、その先駆として検討される。

 ドイツの知日家歴史学者の論文精査、独訳版ロシア外務省外交文書集の邦訳をめぐる問題点の指摘。その厳正な史料批判には、粛として襟を正したい。


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