世界の街角から シェフィールド −岩倉具視も視察した「フルモンティ」の街−

   西川伸一  * 『明治』第3号(1999年7月)掲載

 ○映画で一躍有名に

 大学より在外研究の機会を与えられ、1998年3月末から99年1月末までイギリス・シェフィールド市で暮らした。シェフィールドはイングランド北部、サウスヨークシャー州の中心都市。人口は約50万人で全英5番目の規模をもつ。

 日本にはあまり知られていないが、最近では人気映画「フルモンティ」の舞台となった街といえば、ピンとくる人も多いことだろう。古くは、岩倉具視ら使節一行が視察に訪れ、明治期の日本とゆかりの深い土地である。

 ○トラムとハンプ

 市の中心部で目を引くのは、大聖堂とその前を行き交うトラム(路面電車)である。シェフィールドのトラムはスーパートラムという。なぜ「スーパー」かというと、第二次大戦前からあったトラムが1960年に廃止され、94年3月に復活したためだ。

 1930年代から50年代まで、市内にはトラム網がはりめぐらされていた。しかし、1951年に市議会がトラムからバスへの漸次転換を決め、9年後には全廃されてしまった。その再建の経緯についてはフォローできていないが、いずれにせよ、現在ではスーパートラムが3系統で活躍している。路面電車が街中を走っている風景が私は好きだ。

 交通機関の話のついでに、ハンプ(こぶ状の盛り上がり)についても紹介しておきたい。シェフィールドでは通学路に、物理的にクルマを減速させる「障害」、ハンプが設置されている。高さ約9センチ、幅は5メートル弱。

 通学路の起点と終点には、時速20キロの速度制限を指示する標識がある。そして、車道には数十メートルおきにハンプが置かれている。ドライバーはそのたびにブレーキを踏まざるをえない。交通安全対策として、日本でもこれが身近な存在になってほしい。

 ○ほほえむ人々に囲まれて

 人々はみなフレンドリーでよくほほえむ。ちょっとしたあいさつでも笑顔でいわれるとなんとも気分がいい。たとえば、コーナーショップ(日本でいえばコンビニ)やスーパーで買い物をすると、レジの店員が「THANKS A LOT」といいながら、こちらの目を見てほほえんでくれる。マニュアルどおりの無表情な接客態度ではなく、心温まる思いがした。

 また、ロータリー(ROUNDABOUTという)で横断しようと待っていると、ドライバーが「先に渡れ」とニコッと合図してくれることもよくあった。来て最初のころは何かおかしいのかなとけげんに感じた。しばらくして、日本人がおじぎをするのと同じことなのだと合点がいった。

 ところで、10月半ばまでは妻と1歳に満たない娘といっしょだった。ベビーカーを押して街に出て、階段や段差のところでまごまごしていると、必ずだれかが笑みを浮かべて手をさしのべてくれた。老若男女を問わない。それは見事なものである。

 さらに、乳飲み子づれの移動でとても助かったのは、駅やデパート、スーパーなど大きな建物のトイレに、決まってベビールーム(授乳とおむつ換えができる)が別個にあったこと。毎週通った大型スーパーのベビールームには、紙おむつまで用意されていた。

 ○イギリスの地方選挙

 昨年5月7日(木)にイギリス版統一地方選挙があった。労働党のビラをみて近くに住む市会議員候補者に手紙を書き、選挙当日、投票所を見学させてもらった。

 小学校の文字どおり片隅が投票所になっていた。日本のように一つの教室を借り切ってやるわけではなく、少々拍子抜け。有権者は候補者名と政党名が事前に印刷された投票用紙を渡され、意中の候補者に「X」を記して投票する。

 選挙運動といっても、宣伝カーが候補者名を連呼して走り回るわけでも、候補者の写真がボードに貼られるわけでもない。静かなものである。街を歩くだけでは、選挙があるとはわからないだろう。そのせいか、投票率(TURNOUT)はおそろしく低い。私の地域では16・7%である。その労働党の候補者は1110票で初当選した。

 イギリスでは国政選挙のみならず、地方選挙も小選挙区制で行われる。シェフィールドは29の選挙区に分けられ、それぞれ3名の議席がある(総定数87)。しかし、3分の1ずつ改選するので、選挙では各選挙区で1名ずつ、合計29名の当選者を出す小選挙区制になっている。

 自由民主党は国政レベルではこの選挙制度に阻まれ、まったくふるわない(97年総選挙では659議席中45議席)。しかし、ことシェフィールドでは健闘している。今回改選の29議席中16議席を獲得、労働党が13、保守党は0である。非改選分をあわせた総議席では、労働党50、自由民主党36、そして保守党は1議席をもつにすぎない。

 ○さいごに

 紙幅も尽きた。早口の英語、悪い天気、まずい食事をはじめ、閉口したことも少なくない。それでもまた、パブでフィッシュアンドチップスをつまみに、ぬるいビタービールが飲みたくなるから不思議。


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