新刊案内・村岡到『協議型社会主義の模索 −新左翼体験とソ連邦の崩壊を経て−』(社会評論社、1999年)

   西川伸一  * 『社会主義理論学会会報』第36号(1999年)掲載

 村岡到氏は『カオスとロゴス』の編集長として、また個人紙『稲妻』の月刊発行などをとおして精力的な執筆活動を展開している。その同氏が1991年以降に著したものを編み直し、書き下ろしも加えて、4部構成、300頁にのぼる新著を上梓した。以下、その内容を簡単に紹介したい。

 第I部「新左翼運動の歴史的位置と体験」は、ソ連の8月クーデタ後に『朝日新聞』の「論壇」に掲載された投稿文「社会主義再生への反省」ではじめられている。本書全体にわたる筆者の問題意識がここに凝集されている。すなわち、「スターリン主義を、<原罪>として背負い、これまでの社会主義の思想と理論のどこに見落としがあったのかを再検討する」スタンス。これが300頁全体に貫かれている。

 それに続く新左翼運動の総括は、氏自身の半生と重ね合わされていて、自叙伝を読むようなおもしろさがある。新左翼運動がなぜ多くの青年の心をとらえたのか。その限界はどこにあったのか。体験者ならではの見事な整理が示される。とりわけ、「活動している自分たちだけが特別に偉いかのように錯覚してしまう傾向」は新左翼運動に限ったことではなかろう。独善に陥らない謙虚さ、寛容さ、氏のことばを用いれば<真理の部分性>に常に留意しなければならない。

 第II部「<社会主義像>の新しい構想」では、<生存権>と<生活カード制>をキーワードに、マルクスが禁欲した未来社会の見取り図作成に果敢に挑戦している。その背景には、「まず政治権力を獲得する」という「通説」よりも、<社会主義への経済的接近>に着目する氏の立場がある。

 具体的には、「労働に応じた分配」という「社会主義の原則」から離れて、<労働と分配との分離・切断>を行い、そこに<生得の権理>としての<生存権>を各人に認める根拠を見いだす。各人は社会から<生活カード>を給付され、基礎的な生活費用は労働の有無にかかわらず保障される。

 筆者はこの生産システムを<協議経済>と名付け、<市場経済を揚棄する対極>に位置づける。もちろん、そこでは利潤をめぐる競争は生じない。それに代わって、品質向上、納期厳守などの<誇りをめぐる競争><誇競(ほこきょう)>が行われ、技術革新などのインセンティブになる、という。

 生活が各人に保障された社会で、労働の意欲をどう創出するか。<誇競>がどれほどの誘因になるのか。<未知・未存>の経済システムだけに、素朴な疑問が浮かんでくる。

 第III部「従来の社会主義理論の批判的検討」には100頁以上の紙幅が割かれ、「通説」が原典の慎重な検討によって次々に覆される。読んでいて痛快だ。

 レーニンの社会主義論には「価値法則」が欠落していた。しかし、左翼のあいだではこの重大な見落としに気づかなかった。彼らには、レーニンを疑うという発想法がなかったためだ。「マルクスの一国一工場論」という「通説」も問い直される。マルクスの原文を丹念に点検すれば、この「通説」は成り立たない。レーニンが誤読したまま『国家と革命』で「一国一工場論」を明言したことが、誤った「通説」の定着をもたらした。また、マルクスは実は「労働に応じた分配」とも書いてはいない。これを「社会主義の原則」に仕立てたのはスターリンである。

 もちろん、マルクスとて聖域扱いされていない。「歴史の必然性」という唯物史観の公式が正面から批判される。マルクスの筆は走りすぎた、これは誤謬である。そして筆者は、ベルンシュタインや小泉信三に学びながら、「社会主義の到来はある蓋然性をもつ」といいかえる。こうすれば、<主体的選択>や<責任>という観点が明確にできる、と。

 第IV部「ソ連邦はいかに評価されるべきか」は、ソ連経済の分析から筆者のソ連社会規定を提示し、あわせて他の論者の諸説を批判したもの。氏はトロツキーを踏まえてソ連を<官僚制過渡期社会>ととらえ、その経済については<官僚制指令経済>論を唱える。<生産>が「指令」を基軸に行われていたことを重視し、それを下す側の問題点を「官僚制」であらわそうとした。

 一方で、「新しい階級社会」説、「国家資本主義」説、「国家社会主義」説、「奴隷包摂社会」説などをバッタバッタと斬っていく。やや挑発的な書き方が少し気になるが、それも筆者が真剣な討論を望んでいる証なのだろう。

 こういっては失礼だが、大学や研究所に所属しているわけではない筆者が、これほどまでに広範な文献を収集・読破し、堂々たる一書に仕上げたことに敬意を表したい。「まず疑ってかかれ」とはマルクスが好んだことばだそうだが、左翼のあいだでこの言葉は十分に活用されてきたのだろうか。相手がだれであれ、いわば体当たりで「疑う」筆者の姿勢にはおおいに共感する。また、各章の注のあとにある[本書収録時の追記]は、格好のコーヒーブレイク。


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