新著紹介・井田正道『政治・社会意識の現在 自民党一党優位の終焉と格差社会』(北樹出版、2008年)

西川伸一『政経フォーラム』(明治大学政治経済学部)
第28号、74-76頁。

 周知のとおり、現代政治学の父とよばれるチャールズ・メリアムが目指したのは、政治学の科学化であった。メリアムは政治学を自然科学と同じ意味での「科学」に高めたいと念願していた。そして、政治学の科学化への突破口は、客観的な数値データを利用できる投票行動研究に見出されたのである。
 このような意義をもつ投票行動研究のアメリカでの展開を、古典であるエリー調査から個人投票理論に至るまで、明快にレビューすることから本書ははじまる。次いで、アメリカに影響を受けた日本の投票行動研究の傾向が検討される。結局、それは政党支持が投票行動を規定するという物足りない結論に陥りがちであったが、この限界を乗り越える研究手法の開発も近年進んでいるという。
 投票行動はもちろん選挙において現れ、また投票行動の背後には政治意識がある。そこで筆者は先進民主主義諸国に共通して見出される政治意識の今日的特徴を、欧文文献の幅広い渉猟からあぶり出そうとする。そこから明らかになったのは、端的にいえば有権者の政党離れであった。それは同時に政治の「大統領制化」現象と不可分であることも指摘される。
 一方、選挙については2004年の参院選に着目し、「よろめきながら二大政党制へ」向かっている実像が、統計解析の手法を通じて解明されていく。この選挙は、比例区ではじめて民主党の得票が自民党のそれを上回った歴史的選挙であった。筆者は各党の得票率を都道府県別に吟味することで、興味深い「よろめき」具合を導き出す。
 端的な事例として、岩手県の民主党の得票率は2001年参院選での全国最下位から全国1位へと跳ね上がった。もちろん、これは小沢一郎が民主党に合流したことによる。ここまで極端ではないにせよ、日本の有権者のアイデンティファイの対象は属人的である。言い換えれば、英米のような二大政党制を支える有権者の政党帰属意識が希薄であるゆえ、自民党と民主党による安定した二大政党制は望みえないというのが、筆者の見立てである。
 その次の2007年参院選でも自民党は大敗した。これにより、自民党は結党以来はじめて一院における第一党の地位を失ったのである。筆者はこれを「自民党一党優位状況」の終焉とよぶ。その原因としては、小泉政権が構造改革を掲げて、地方への利益誘導を票とバーターする「田中的」な手法と決別したことが大きい。
 とりわけ、かつては自民党の金城湯池といわれた農村部の保守地盤の融解現象が著しい。それにより、たとえば参院選挙区1人区で自民党は勝てなくなっている。加えて、自民党が圧勝した2005年の郵政選挙においても、農村型選挙区では自民党の得票率は2003年総選挙よりも減少していたという意外な事実を、筆者は明らかにしている。
 さて、小泉改革がもたらした負の側面として、格差社会の到来がよく挙げられる。それに先だって、そもそも日本人は日々の生活に満足しているのか。また将来の生活について楽観的な見通しを抱いているのか。さらに、それら意識を規定する要因はなんであるのか。筆者は1996年に実施された世論調査を用いて、これらの点に切り込んでいく。
   個人的には、マイカー保有が生活満足度にも生活展望意識にも有意にプラスに働いていることに、うめいてしまった。とまれ、この調査では、生活に満足しかつ楽観的な生活展望をもつ者の割合が44%にも達していた。格差社会の到来は、このポジティブな意識を打ち砕いたのだろうか。
 続いて筆者は、政府が数十年来継続的に実施している「国民生活に関する世論調査」と、筆者らが科研費によって2001年に実施した「暮らしと経済に関する調査」に依拠して、人々の階層意識の変化を解析する。
 そこから筆者が得た結論は、人々の階層意識をみる限り社会の格差拡大説を裏づける証拠は認められない、というものだった。むしろ下流を意識する人々の比率は1980年代よりも低水準にある。『みせかけの中流階級』(石川晃弘ほか)という本が出されたのは1982年であったが、昨今の下流社会論の流行もまた「みせかけ」ということだろう。
 階層意識を政治的関心ともクロスさせ、各政党とも下流層から支持を得ていないとする主張は重要である。それにより彼らが政治的疎外感をためこんでいけば、やがては暴力的事態を引き起こしかねない。
 最後に一言、憎まれ口をたたかせていただきたい。サブタイトルを「自民党一党優位の終焉と格差社会」としたねらいが、いまひとつはっきり伝わってこないと感じた。こうしたサブタイトルを掲げる以上、自民党一党優位の終焉と格差社会の「出現」の間にいかなる因果関係なり相関関係があるのか、思わずききたくなってしまうのだが。
 いずれにせよ、「〔社会調査の〕成果は学界にクローズしておくよりも、調査対象たる人々の目に触れる環境に置くのもわれわれの社会的役割であると考えている」(本書4頁)との信念の下、著書の刊行をはじめ積極的に情報発信を続ける筆者の姿勢には、敬服の一語に尽きる。



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