「失敗」という免疫

   西川伸一  * 『Beyond the State』第5号(2004年) 巻頭言

 長女(当時3歳)が2001年7月にはしかにかかった。予防接種を受けなければと思っていた矢先のことであった。小児科を受診すると、小児科医いわく、はしかに1回かかれば強い免疫が付くのでもう一生かからない、ところが予防接種1回だけでは免疫力が弱く、せっかく幼い時に接種を受けても、小中学生になってはしかにかかってしまうケースが少なくない、そのうち日本では2回接種となるではないか、と興味深い話をしてくれた。

 娘の高熱の理由がわかってほっとしていたせいか、この話を忘れずに覚えていた。

 さて、『朝日新聞』2003年11月28日付の1面トップには、「はしか、予防接種後も発症 過去5年間、31自治体で症例」という活字が踊った。朝日新聞社が、都道府県と政令指定市の計60自治体にアンケートをしたところ、31自治体が過去5年間ではしかの症例があったと回答した、とのこと。

具体例として、札幌市では今年のはしか患者の約4割がすでに予防接種済みであったこと、埼玉県岩槻市では2002年に発症した児童54人中36人が接種済みであったこと、さらに千葉市では今年の6月から9月までのはしか患者134人のうち46人に接種歴があったことが紹介されている。

 「終生免疫」とされたはしかの予防接種の効果はもはや疑わしい。その記事は、「早ければ5?6年で効果が落ちてしまう」「今では半生効くとさえいえない」「感染・発症するケースが増えている可能性は否定できない」というはしかワクチンメーカーの声も伝えている。

 この報道で先の小児科医の話を思い出したことは言うまでもない。

 そして、きのうのことである。大学院の政治学専攻に所属している教員の会議が開かれた。そこに、院生の氏名が一覧表となった資料が配布された。そのなかにはわたしの大学院のゼミを履修している院生の名前もあった。学部のゼミでも、学生のレジュメの誤字をニヤリとしながら指摘するのを、密かな楽しみとしているわたしは、ほとんど反射的にその院生の名前の字が違っていると発言してしまった。

 ところが、その院生の指導教員から指摘があり、資料のままで正しいのだという。わたしは穴があったら入りたかった。出席していた20名ちかくの教員からの、「あいつはろくに院生の名前も覚えていない」という見えざる冷たい視線を感じた。満座のなかで大恥をかいたのである。

 翌日、大学院のゼミの予習をしながら前日の出来事を思い出しているうちに、ふと「免疫」という言葉が頭をかすめた。恥ずかしい失敗したとき、それを「免疫」と考えれば、心を落ち着かせることができるのではないか。たとえば、わたしは今後、その院生の名前を間違えることは決してあるまい。はしかにかかったのと同様に、「終生免疫」が付いたのだ。

 こう解釈すれば、恥をかくのも悪くはない。「こんなこと言って恥ずかしい」というたぐいの心理的ハードルは低くなろう。

 ゼミに話をつなげれば、学生もわたしもどしどし発言し、恥をかくべきなのである。他人に訂正され恥をかけば、その人には正確な知識が「終生免疫」のようにしっかりと身に付く。2003年11月のゼミの個別ガイダンスで、わたしは出席した2年生に対して「かっこ悪くあれ」と述べた。同じことを言っていたのだと今になって気づく。

 2004年度はいよいよ10期生という節目のゼミ生を迎える。はしか、おたふく、みずぼうそう、、、たくさんの「終生免疫」を付ける場にしていきたい。(ちなみに、うちの娘は二人とも、これらに全部かかりました)

2003年12月10日


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