研究トピックス

研究トピックス

二相境界面におけるTHFハイドレートの多結晶集団の生成に成功(2009J.Phys.Chem.B)

 ゲスト/ホスト濃度境界層でのテトラヒドロフランハイドレートの成長は、従来観察されている膜状成長のみならず、連続的な核形成による多結晶集団の増殖による成長様式への遷移を示した。
Y.Sabase, K.Nagashima, Growth mode transition of tetrahydrofuran clathrate hydrates in the guest/host concentration boundary layer, J. Physical Chemistry B, 113(2009)15304-15311.


堆積物モデル中でのTHFハイドレートの層状パターンの形成に成功(2008J.Phys.Chem.B)

clip_image002.gif メタンハイドレートは水分子からなる格子中にメタンをゲスト分子として取り込んだ結晶であり、海底堆積物中に大量に存在している。メタンは温暖化ガスなので、気候変動との関連において注目されている。これまで、メタンハイドレートの成長実験が盛んに行なわれてきたが、海底メタンハイドレートが形成している霜柱状の形態を再現できずにいる。この原因は、メタンは水への溶解度が低いので、成長界面へのメタンの拡散が成長を大きく律速してしまい、室内実験の時間スケールでは霜柱状の構造が形成するまでには成長してくれないことにあると考える。当研究室では、この困難を打開するために、THFハイドレートの実験が有効と考えた。
 THFは水と任意の濃度で混合できるので、THFハイドレートと同じ組成の溶液(19重量%)を用いれば、ゲスト分子の拡散が成長を律速しない状況を実現できる。さらに、一方向凝固法を用いることで任意の一定速度で成長を制御できる。また、堆積物粒子の複雑性を排除するために、粒径が均一なガラスパウダーを用いるという工夫をしてモデル実験を行なった。この結果、層状ハイドレートの成長に世界でも初めて成功し、層の厚さが成長速度とベキ法則をなすという重要な事実を明らかにした。この結果を海底メタンハイドレート層の厚さのオーダーへと外挿して、10cmの層状ハイドレートは3年、1mのものは240年かけて生成したと試算した。今後ゲスト分子の拡散などの影響を考慮して、より正しい年代の試算を目指している。
Kazushige Nagashima,Takahiro Suzuki, Masaki Nagamoto, Tempei Shimizu, Formation of periodic layered pattern of tetrahydrofuran clathrate hydrates in porous media, J. Physical Chemistry B, 112(2008)9876-9882.




研究の概要

研究の概要

 雪や氷やクラスレートハイドレートなどの水分子の結晶の研究は、地球科学に代表される重要な研究分野と密接な関連があります。一方、結晶成長学は、結晶材料の合成法の発展により現代社会の根底を支える重要な分野です。このため、水を含む結晶の結晶成長学的な研究は、二つの重要な分野を結ぶ境界領域に存在すると言うことができます。当研究室は、このような独特な位置づけで研究していることに強みがあると考えます。これまで、氷の研究を通じて結晶成長学の分野においても独自性が高い成果を挙げ、これを基に地球科学や材料科学分野への応用を目指して研究を行なっています。
また、結晶成長における形態形成の視点から、ストームグラスというちょっと変わった結晶の研究も行っております。

クラスレートハイドレートの研究

クラスレートハイドレートの研究

 クラスレートハイドレートは水分子が作るかご状の格子構造にゲスト分子を取り込んだ包接水和物結晶です。メタンをゲスト分子として取り込んだものがメタンハイドレートであり、それ以外にも二酸化炭素、酸素や窒素、希ガスなど様々なゲスト分子を取り込んむことが知られています。これらのガスハイドレートを生成するには高圧下での実験が必要です。また、ゲスト分子の水への溶解度が結晶組成に比べて小さいために、ハイドレートの生成は物質拡散律速のために大きく阻害されてしまうという実験上の困難を伴います。
 当研究室では、ガスハイドレートの代わりに、一気圧で生成できるTHF(テトラヒドロフラン)ハイドレートをモデル系とした実験を行なっております。THFは水と任意の組成で混合できるので、ゲスト分子の拡散の影響を議論する場合や、拡散の影響を排除してその他の素過程の影響を議論する上でとても有利です。


堆積物中に形成するハイドレート霜柱の生成実験

soujyou01.jpg堆積物モデル中に生成したTHFハイドレートの層構造
海底堆積物中には大量のメタンハイドレートが存在しています。メタンは二酸化炭素に比べても温暖化係数がとても大きいので、海底メタンハイドレートは巨大な温暖化ガス源として、成長や融解の挙動が重大な関心事です。これまでに、メタンハイドレートの成長実験が盛んに行なわれていますが、海底堆積物中から見つかっている、層状、樹枝状、団塊状、粒状などの霜柱状のハイドレートのパターンを再現できずにいます。
当研究室では、素過程を単純化したモデル実験からはじめることが有効と考え、メタンの代わりにTHF(テトラヒドロフラン)をゲスト分子としたモデル実験を行ないました。
この結果、層状パターンの再現に世界でも初めて成功しました。美しいパターンの根底には必ず法則が秘められており、事実、層の厚さがハイドレートの成長速度との間にベキ法則をなすという重要な事実を見つけました。この結果を海底メタンハイドレート層の厚さのオーダーへと外挿することで、成長に要した時間スケールの試算を目指しています。

・Kazushige Nagashima,Takahiro Suzuki, Masaki Nagamoto, Tempei Shimizu,
Formation of periodic layered pattern of tetrahydrofuran clathrate hydrates in porous media,
J. Physical Chemistry B, 112(2008)9876-9882.


THFハイドレート近傍の塩分濃度場の光干渉測定

enbunn01.jpgTHFハイドレート近傍の液相中の塩分濃度分布
メタンハイドレートは、エネルギー資源としての利用や温度圧力特性を利用した様々な機能性の利用が期待されてきました。このために、資源開発工学的な研究が活発に行なわれてきたが、結晶成長学的な素過程からの理解は十分ではありません。
結晶が成長するには、成長界面へと結晶化物質が供給され、同時に不純物などの結晶化に不要なものが排除される必要があります。つまり、成長の速度論を理解するために、液相中の物質拡散の過程を理解することはとても重要です。当研究室では、ハイドレートの成長や融解に伴うゲスト分子や不純物(塩分)の拡散場を光干渉測定し、成長過程のみならず融解過程に対しても、物質拡散が大きく律速することを定量的に議論しています。
さらに、ハイドレートの結晶粒界中にトラップされた塩水の分布や濃度が成長速度や成長パターンに依存して大きく異なることを突き止めました。また、塩水が結晶内を高温側へ移動する様子を可視化することに成功し、移動速度と温度勾配の関係を明らかにしました。海底下の長い年月におけるハイドレートの脱塩の時間スケールを試算したいと考えています。

・K Nagashima, Suguru Orihashi, Yoshitaka Yamamoto, Masayoshi Takahashi, Encapsulation of Saline Solution by Tetrahydrofuran Clathrate Hydrates and Inclusion Migration by Recrystallization,
J. Physical Chemistry B, 109(2005)10147-10153.

・Kazushige Nagashima, Yoshitaka Yamamoto, Masayoshi Takahashi, and Takeshi Komai,
Interferometric observation of mass transport processes adjacent to tetrahydrofuran clathrate hydrates under nonequilibrium conditions,
Fluid Phase Equilibria, 214(2003)11-24.

・Kazushige Nagashima, Yoshitaka Yamamoto, Masayoshi Takahashi, and Takeshi Komai,
Nonequilibrium Salt Concentration Distribution near Growing and Melting Interface of Tetrahydrofuran Clathrate Hydrate,
Science and Technology of High Pressure, Vol.1 (2000) 573-576.

・Kazushige Nagashima, Yoshitaka Yamamoto, Takeshi Komai, Hoshino Hiroaki, Kohtaro Ohga,
Interferometric observation of salt concentration distribution in liquid phase around THF clathrate hydrate during directional growth,
J. Japan Inst. Energy, 78(1999)325-331.


氷の研究

氷の研究

氷の形態形成の研究

serunohattenn.JPG氷の結晶成長における形態形成の問題は、非線形非平衡下の自己組織化問題の最も典型的な例として注目を集めてきました。ここで、結晶周囲の熱や物質の拡散現象は、成長パターンの発達要因として重要です。ところが、実験的な研究は、成長速度や成長形を明らかにすることに主眼がおかれ、拡散現象に関する知見は十分に示されていません。当該分野において理論と実験の協調は重要な課題であり、そのためには拡散場の定量測定による成長パターンの議論が重要な課題と考えました。
そこで、液相中の不純物拡散が形態形成要因である一方向凝固実験に着目し、塩水中の氷の成長実験を行ないました。そして、成長パターンの観察に加えて、光干渉法による塩分拡散場のその場観察を実現しました。これにより、成長パターンの形成要因と予測されていた組成的過冷却場を初めて実測しました。この結果により従来の理論研究の問題を明らかにし、発達中の組成的過冷却場を考慮した解析により結晶の波状パターンを定量的に予測することに成功しました。cellanime.gif

・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Time development of a solute diffusion field and morphological instability on a planar interface in the directional growth of ice crystals,
J. Crystal Growth, 209(2000)167-174.

・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Solute distribution in front of an ice-water interface during directional growth of ice crystals and its relationship to interfacial patterns,
J. Physical Chemistry B, 101 (1997)6174-6176.

・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Nonequilibrium effect of anisotropic interface kinetics on the directional growth of ice crystals,
J. Crystal Growth, 171(1997)577-585.

結晶成長と濃度対流の相互作用

convect01.jpg成長する氷結晶近傍の塩分濃度対流
結晶成長に伴う液相中の対流は、結晶材料を作るときに結晶の品質に悪影響を及ぼすファクターとして、その議論は重要です。ところが、高温で不透明な液相中の対流は測定が困難であり、この問題に対して当研究室では氷の実験によるモデル系を提案し、結晶成長と対流の相互作用を明確に示すことに成功しました。成長界面近傍に発達した溶質濃度場は、重力の作用により拡散理論に基づく分布から大きく乱され、それに相関して界面パターンが不均一化する過程を示しました。 さらに、この手法や知見をもとにして、海氷の成長や融解過程における濃度対流の問題へと発展して、氷結晶の側面や下方における塩分濃度場の発達や濃度対流の発生を測定することに成功しました。


・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Effects of gravity on directional growth and melting of ice crystals in solution,
Canadian J. Physics, 81 (2003) 99-105.

・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Effects of gravity on the pattern formation in the directional growth of ice crystals,
J. Crystal Growth, Vol.237-239 (2002) 81-85.

・Kazushige Nagashima, Yoshinori Furukawa,
Interferometric observation of the effects of gravity on the horizontal growth of ice crystals in a thin growth cell,
Physica D, 147(2000)177-186.

その他の結晶の研究

その他の結晶の研究

ストームグラスの研究

SG01.JPGストームグラス結晶のパターンと成長速度
ストームグラスは密閉されたガラス管中にカンファー、エタノール、水、塩化アンモニウム、硝酸カリウムを混合したものであり、結晶の形や量は日々の気象条件により変化します。19世紀のヨーロッパにおいて、ストームグラスは天気予報に利用されていました。現代においてストームグラスは実用的な価値はありませんが、どのような仕組みによりこのような多様な変化を引き起こすかを明らかにすることは、今なお結晶成長学や数理科学の視点から興味深いと考えています。
 これまでに分かったことは、温度が結晶の主要なパターンを支配する因子であること、ストームグラス結晶はカンファーであること、さらには、ストームグラス内の結晶の状態は現在の温度そのものではなく温度変化の履歴により決まることです。
 ストームグラス内での結晶の成長は塩水からの塩の結晶の成長と同様に溶液成長ですが、多成分の溶液からの成長の理解は容易ではなく、まだまだ興味深い多くの謎が隠されていると考えています。

・Yasuko Tanaka, Koichi Hagano, Tomoyasu Kuno, Kazushige Nagashima,
Pattern formation of crystals in Storm glass,
J. Crystal Growth, 310(2008)2668-2672.