[概要]
機関,個人を問わず投資家が証券取引において利益を生み出すためには,現在の経営状態から企業の今後の業績を可能な限り正確に予測・予知することが重要である.その代表的な例の一つは,企業の倒産や実質破綻の予知である.企業が実質破綻に陥れば上場廃止に追い込まれる可能性が高く,投資家に大きな影響が及ぶことになる.そこで,証券取引所では,上場廃止となる可能性が高い銘柄をあらかじめ投資家に周知させる目的で,該当する企業は監理銘柄として指定される.このことからも,投資家にとっては早期に倒産や実質破綻の兆候を知ることが非常に有益であると言える.
企業の倒産予知に関しては,これまでにパターン認識や機械学習を用いた多くの研究が報告されている.多くの従来の倒産予知に関する研究は,会計的な視点やそれまでの研究の実績に基づいていくつか(多くの場合には数個から
5 個程度)の財務指標をあらかじめ設定し,予知モデルを構築している.そのため,識別にとって潜在的に適した財務指標が分析対象から除外されている可能性がある.一方で,財務指標の選択の段階で決定木などの統計的手法を適用した研究もあるが,財務指標の選択と機械学習等による予知モデルの構築が別々のプロセスとなるため,手法全体としての予知精度の最適性が保証されないという問題は残っていた.
深層学習(ディープラーニング)が,機械学習や人工知能の分野で大きな注目を集めている.深層学習は,画像認識,音声認識,自然言語処理などで大きな成功を収めているほか,様々な分野で応用が試みられている.深層学習の工学分野への応用の広がりと比較すると,財務分析への応用は非常に限定的ではあるものの,Deep
Belief Network(DBN)を利用した株価の変動予測や倒産予知に関するいくつかの報告がなされている.また,畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional
Neural Network; CNN) の適用例もわずかではあるが存在している.Ding らは,株価の上昇・下降の二クラスの予測に CNN
を用いている.彼らは,直近 1 か月程度のニュースなどから財務に関連するイベントを記述したテキストを時系列順に抽出し,それらをそれぞれベクトル化することで
CNN の入力としている.連続する一定日数のデータに対する畳み込み演算を行うことで特徴抽出が行われ,後続の最大プーリング層で最も影響の大きい特徴だけが残される.畳み込み層,プーリング層,中間層,出力層という
4 層の構造のネットワークにより推定精度の向上が見られたと報告されている.
以上の研究背景を踏まえて本研究では,財務情報を利用した倒産予知に対して,深層学習,特にCNN の有効な適用方法を提案することを目的とする.CNN
は,局所特徴を捉えることに有効であるが,その長所を活かすために何らかの方法で財務情報をCNN に適した形に変換する必要がある.そこで本研究では,貸借対照表と損益計算書から生成される財務比率を画像に変換することを提案する.具体的には,各財務比率を特定の画素に対応させ,財務比率の値に応じて対応画素の輝度値を決定する.そのようにして作成される画像がある年度における一つの企業を表すサンプルとなる.また,複数年度に渡る財務データに対する内挿処理および外挿処理によってサンプル数を増大させる.それにより,実質破綻企業クラスと継続企業クラスの学習サンプルとして,それぞれ7520
個ずつを用意する.そして,二クラスの識別問題として,GoogLeNet に基づくCNNを学習させる.得られたネットワークを用いた実質破綻予知の精度(識別率)は,従来法を上回ることが評価実験により示される.