ポストモダン的世界観と人類学


▼「人類学」の背景

人類進化の研究分野として発展
モダンからプレ・モダンを振りかえる

▼西洋=近代の二つの「外部」

「東洋」と「未開」(二つの「インディアン」)

▼近代科学の世界観

18~19世紀の西洋世界で確立
物質の粒子が相互作用する時計仕掛けの世界
合理的な理性によって理解、操作が可能→技術的に大きな成功をおさめる

▼「未開」の世界観

物質的実体と霊的実体が素朴に共存している

▼「東洋」の世界観

精神が物質に先立つという思想が優勢
インド哲学などに顕著
日本の伝統的な世界観はむしろ「未開」のそれに近い

▼近代科学の世界観の限界と変容

「心」はどこにあるのか?→脳(神経回路)の働きに還元
物質的対応物を持たない「霊魂」は科学的心理学の対象外に→心霊研究(19世紀後半)と超心理学(20世紀)
相対性理論と量子力学の登場(20世紀前半)→観測者の視点とは独立に時空や物質は記述できない

▼文化人類学とポストモダン・現代思想

近代的理性の「外部」の領域:「未開」→人類学、「狂気」「無意識」→精神医学、臨床心理学
「野生の思考」の発見→進化主義から相対主義へ→文化人類学は人類進化の学から異文化理解の学へ
社会的問題としてはポストモダン、構造主義(非合理の合理性の再発見)
内面的問題としてはニューエイジ、トランスパーソナル心理学など(超自然的観念の再評価)
→プレモダンなものの中にポストモダンなものが先取りされていたことの再認識
(あるいは、ポストモダンとはプレモダンへのノスタルジックな回帰にすぎない?)

▼世界観の情報論的転回

脳という物質から心という情報が生み出されているのではなく、心という情報から物質世界が構成されているのではないか?
(あるいは、心と物という実体を認めず、その相互作用だけを認める実証主義)
このような世界観が東洋神秘思想と類似しているのは、西洋文化のオリエンタリズム(東洋趣味)か?

▼日本という場所の特異性

西洋でも「未開」でもなく、東洋ではあるがインド世界や中華世界よりは近代化が進んだ地域

2007/2550-09-19 蛭川立