●文献データの採集(その1)
文献からデータを採集する場合、どのような点に気を付けたらよいで
しょうか。また、データとして必ず取っておかなければならない情報に
はどのようなものがあるでしょうか。
例えば、次のような本文があったとします(ここでは、武藤禎夫編『噺
本大系第九巻』東京堂出版、の本文を利用させていただきます)。
(167頁)
○茗荷{めうが}
はたごやの女房、てい主に向{むか}ひ、こんや泊{とま}つた旅人{たびうと}のこり
は、余程{よほど}の物と見へます。どふぞわすれて置{を}けはよいとい
へば、てい主、ヲヽよい工面{くめん}が有る。何でもむせふにめう
がをくわせて見よふと、汁{しる}も菜{さい}も皆{みな}茗荷{めうが}だくさ
んに入れてふる廻{まい}ける。翌朝{よくてう}旅{たび}人は立つて行{いく}。おふかたお
としていつたろうと跡{あと}をみれども、何もなし。扨\/めう
がもきかなんだといへば、てい主、イヤ\/
きいた\/。ソリヤ何を。ヲヽサ。はたごをわすれて、はら
わずにいにおつた。
(『聞上手 二編』)
この話は、茗荷を食べると物忘れがひどくなるということを利用して、
旅人に忘れ物をさせようとい思わくがはずれて、むしろ宿代を払うの
を忘れられた、という落ちのつく、有名な話(『木曽街道続膝栗毛』にも
ネタとして用いられている)ですが、ここの用例をいくつか取ってみます。
まず、「旅人」を「たびうと」と読んでいるところが目につきます(振仮名
は、{}に入れてうしろに置いてあります)。また、《なんとかして》の意
味で用いられている「どふぞ」、「見る」に意思の助動詞がついた「見
よふ」、「ける」が文末に、係り結びなしに置かれている(いわゆる連
体形終止の例、「はたご」で《旅籠代》を意味している用法など、注目
される部分でしょう。
これらをデータとする場合、当該の部分だけでなく、前後の文脈もあ
ったほうがいいのですが、それだと今度は、どの語に注目したのか
が分からなくなります。そこで、注目した語には、目立つような印をつ
けることにします。また、資料を書いた人、資料名、いつ時代の資料
か、資料のどこか、地の文か会話文か、などの情報も必要です(そ
れらの情報については、テキストの解説などを読み込んで得ます)。
というわけで、
:旅人:たびうと::こんや泊{とま}つた【旅人{たびうと}】のこりは、
余程{よほど}の物と見へます。:不知足散人序:『聞上手 二編』
茗荷:1773:噺本大系9、167-2:発話、女房→亭主
:どふぞ:どうぞ::【どふぞ】わすれて置{を}けはよいといへば:不知
足散人序:『聞上手 二編』茗荷:1773:噺本大系9、167-3:発話、
女房→亭主
:よふ:よう::ヲヽよい工面{くめん}が有る。何でもむせふにめう
がをくわせて見【よふ】:不知足散人序:『聞上手 二編』茗荷:1773
:噺本大系9、167-5:発話、亭主→女房
:ける:けり::汁{しる}も菜{さい}も皆{みな}茗荷{めうが}だくさんに
入れてふる廻{まい}【ける】:不知足散人序:『聞上手 二編』茗荷:
1773:噺本大系9、167-6:地
:はたご:はたご::ヲヽサ。【はたご】をわすれて、はらわずにいにお
つた。:不知足散人序:『聞上手 二編』茗荷:1773:噺本大系9、167
-9:発話、亭主→女房
のようなデータができあがります。これをさらに、エクセルの表として
読み込んで、データベースとして利用する方法がありますが、それに
ついては、また回を改めましょう。