21世紀のエンターテインメント・ソフト流通
〜ベンチャー企業が進める
デジタル・コンテンツ販売の合理化〜

中村武史
黒田裕樹
相川毅

 はじめに
 テレビゲームは、今では若者のみならず、幅広い年齢層に受け入れられており、日本人一般の代表的な娯楽の一つになっている。1983年7月15日に発売された、任天堂の「ファミリー・コンピューター」 が、このマーケット創出の革新を担った。つまり、ゲームソフト、ゲームハード機の生産・流通市場は、任天堂一社が需要ゼロの段階から自ら育成したマーケットであった。しかし、この点に現在、ソフト流通機構の抱える大きな矛盾の火種が隠されていた。従来のカード玩具業界が旧くから内包していた諸問題を解決しないままに、市場の拡大に何とか対応しようとした結果、解決すべき矛盾自体を押し広げてしまったのである。
 市場の拡大とともに顕在化した矛盾の内の一つは、ゲームソフトの流通機構にあった。最初に作られたゲームソフト流通機構が、従来であれば、盆や正月にしか需要の見込めなかった花札、トランプなどのカード・ゲーム商品の流通機構の上に構築されたために、ファミコン登場以来の市場の爆発的な拡大に対応することができなかったのである。この結果、「ファイナルファンタジー」などキラー・タイトル発売初日には、大型小売り店舗に前日からの泊まりがけ顧客が何千人もの行列を作り出し、一種の社会問題を生んだのである。
 しかし、このような80年代から90年代中盤までの、あまりに効率の悪かったゲーム流通業界に、今ようやく新しい動きが見え始めている。改革に乗り出したのは、90年代後半の流通ベンチャー企業 、(株)デジキューブ(以下デジキューブ)である。本稿では、同社の事例研究を通じて、これまでのゲームソフト流通と、同社主導の元に新らしく創造されようとしているデジタル・コンテンツのオン・デマンド(ネット)・無在庫流通システムについて、より明確に把握し、同業界の今後について考察を加えていくものとする。なお本稿では主要参照文献、各統計、記事とともに、恵比寿イーストビル8Fデジキューブ本社応接室にて行なったインタビュー(1999年7月30日、14時3分?15時42分)に主に依拠していきたい。

第1章  既存のゲーム流通機構の問題点 

第1節  任天堂主導のゲーム流通
 1990年11月21日発売の家庭用ゲーム・マシン、「スーパーファミコン」が、「ファミリー・コンピュータ」に続いて大ヒットを収め、テレビゲーム市場はフォーマット・ホルダー の任天堂が支配していた。多数のゲームソフト・メーカーが参加し、多彩なソフトを製作して消費者の需要に応えた点が大ヒットの一つの要因であったが、このとき、将来のソフトの混戦を予想した任天堂は、ソフトの過剰流通を防ぐために、ライセンス制度 を導入した。この制度は、ゲームソフト・メーカーが開発して商品化するROMカセットの発注はすべて任天堂を通して家電・半導体メーカーに製造委託し、完成したROMカセットは再度任天堂を通し、ゲームソフト・メーカーに納品する、といった複雑なものであった。またその際にかかるコストは手数料も含め、ゲームソフト・メーカーは全額前金で任天堂に支払わなければならなかった。さらに、任天堂の自社ソフトも含め、完成したROMカセットはすべて任天堂の玩具ルート以来の問屋組織である初心会 に買い取らせ、各小売店に流通させる。その際のROMカセットの返品は全く受け付けない、という流通形態が従来の商慣行として任天堂が築き上げてきたビジネス・スタイルであった。
 しかし、他分野の商品に比べ、ゲームソフトは販売のピークが異常なまでに発売日に集中するので 、一瞬にしてビジネスの決着がついてしまう。さらに、欠品に対して、その時点でROMカセットを発注しても、納品されるのは早くて数ヵ月後となるので、結果として一発売り切りとなる。創業したばかりのゲームソフト・メーカーに、独自のマーケティング・システムがあるはずも無かったが、実質的には、市場の潜在購買力を自ら推し量ることで、不良資産である在庫量を調節し、自己防衛せざるを得なかったのである。
 このゲームソフト販売の特質に、さらに上記の任天堂主導の「前金買取り」「返品不可」という条件が加わった結果、任天堂やゲームソフト・メーカーは、一度問屋に商品を卸してしまえば利益を上げることができ、その商品の販売状況は直接影響を受けないという、製造者側にのみ都合の良いシステムが構築されてしまったのである。

第2節 旧流通形態の業界ダメージ
 以上のような任天堂主導の流通システムは、テレビゲーム業界全体に対する大きな負担となった。まず、「ファイナルファンタジー」で知られるスクウェアや、「ドラゴンクエスト」で知られるエニックス等のゲームソフト・メーカーは、現在では店頭公開する業界最大手として君臨しているが、当時は年商数十億円の弱小企業に過ぎなかったため、前金を捻出するキャッシュ・フローの余力はまだ無かった。しかし、任天堂側としても、弱小企業を相手とする以上、製造委託料を全額前金で徴収しておかなければ、あまりにリスクの高いビジネスになってしまうため、この点は必然的に行なわれた。
 最もダメージを受けていたのは、小売業者であった。ゲームソフトの場合、任天堂やゲームソフト・メーカーへの返品が不可能であったため、厳密に需給バランスを見極めなければならなかった。供給が需要を上回ると、在庫があふれ、すぐに値崩れを起こす。中には、発売日に希望小売価格5000円の商品が、半年後には中古店 で1000円となり、一年後には300円となるソフトもあった。それでも売れ残ったソフトはゲームハードとのセット販売でただ同然に処分された。ROMカセットは一度データを書き込んでしまうと、ほかに転用が利かないシリコンのごみと化す。逆に需要が供給を上回ると、市場では欠品となる。また消費者は、次の新品の購入機会が数ヵ月後となるのが分かっている ので、使い終えた新作が流れる中古店へ足を運ぶことになる。小売店にとっては機会損失となり、任天堂やゲームソフト・メーカーにとってもビジネス・チャンスのロスとして間接的なダメージとなっていた。
 さらに、先に述べた任天堂主導の一次問屋、初心会がタイトル数の増加に伴い十分に機能を果たせなくなっていた。年商7000億円に近づくこの市場に、巨利を求めて次々と新規参入者が割り込んできたのだが、中には、商品も見ずに電話一本で商売ができることから、商圏を無視して初心会と小売店の間に入って、商品の横流しや無理な押し込みを横行させた悪徳業者もいた。これら二次問屋、三次問屋がさらに流通を複雑化させ、小売店を圧迫した。そうなると、ゲーム業界の誰もが危険を冒してまでリスクを負いたくないため、発注するのは大手メーカーが製作し、かつ大ヒットが狙えそうなゲームソフトに集中せざるを得なかった。「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」が数百万本も売れたのは、ただ人気があっただけでなく、流通機構の矛盾も関与していたと考えられる。このことがゲーム業界を画一化させ、産業をシュリンクさせるという悪循環を生み出していた。
 以上の点から、従来の任天堂主導の流通機構を変え、シンプルかつ安全な代替システム構築が、テレビゲーム業界全体の課題となったのである。

第2章 デジキューブの新流通システム
 第1章で述べたように、商品流通の合理化が進む現代において、ゲームソフトの流通は依然として非合理でハイリスクであった。しかし90年代後半の流通ベンチャー企業であるデジキューブの創立によって、この問題の多かったソフト流通システムは根本的に改善された。本章ではケーススタディとして、デジキューブ が生み出した新たな流通の形とその合理性、特徴を見ていきたい。

第1節  デジキューブの新流通の概要
 デジキューブが行なったことは大きく分けて3つある。まず1つめは、コンビニエンスストアが全国規模で成長してきたことを背景として、過剰在庫や欠品の出ない形でのゲームソフト流通を実現するために、コンビニでのソフト販売部門を受け持ったことである。これには返品リスクをすべて背負うという条件のもとで、コンビニのPOS データが使用される。2つめは、販売するソフトの選択をデジキューブが受け持ち、メーカーからの一括して仕入れた商品をデジキューブが行なって店舗ごとに適量を卸すシステムを構築したことである。そして3つめは、CATV を使ったゲームソフトの紹介番組をコンビニ各店で放送することで専門的な販売促進機能をコンビニに設置したことである。
 ゲームソフトの流通システムが病巣を抱えていると、ハード、ソフトの各メーカーや小売店を含めたゲーム業界全体が崩壊してしまう恐れがある。デジキューブの親会社であるスクウェア は、「ファイナルファンタジー」シリーズで知られる大手のゲームソフト・メーカーであり、もちろんその例外ではない。しかし、製造コストの高いROMカセット主流のソフトの形状そのものが改変され、低コストソフトが主流となった場合は流通システム全体に根本的な改善の余地が生まれる。すなわちスクウェアの子会社であるデジキューブの試みは、前述したような、透明性を欠き非合理的な商慣行に縛られたゲーム流通を変える必要性から始まったのである。

第2節  CD?ROMとコンビニPOS
 デジキューブが具体的に今のようなコンビニでのソフト販売に乗り出したきっかけは大きく分けると2つある。そのひとつが1994年12月3日に発売したソニーのプレイステーションに代表されるCD?ROM を媒体としたゲーム機の普及 である。
 もちろん、CD?ROMソフトにも、ソフトからハードにデータを転送する速度が遅いなどの欠点はある。これは、オーディオ信号を前提に規格化されたためである。しかし、CD?ROMという媒体の利点は多く、まず製造コストが安く、製造工程はプレス加工のため必要量が短時間で生産できる。また、わずかな量だけ生産しても、大量生産した場合と一枚当たりの生産費は変わらない。そのためこのCD?ROMによって、まず、ゲームソフトの価格を大幅に引き下げることができる。これはメーカーにも消費者にもメリットのあることである。しかもROMカセットの約150倍のデータ容量を持ち、グラフィックや音楽の面で、それまで不可能だった表現が可能になった。多種多様なゲームソフトが作られる可能性があり、ゲームソフトの開発に携わるクリエイターの活性化も期待できる。
 そして最も重要なことが、「リピート生産」が可能になるということである。リピート生産とは、断続的に生産、供給体制を作ることであり、数ヶ月を要したROMカセットに対し、CD?ROMは平均三日で発注から納品を済ますことができる。 これによってソフトの読み違いによる大量の在庫と、欠品によるビジネスチャンスロスは大幅に解消できる。
 また、リピート生産によって、「ロングセラー商品」という、ROMカセット時代にはできなかった売り方がゲームソフトにおいても可能になる。ゲーム業界は現在、ゲームユーザー人口の伸び悩み(図2-1)に対してライトユーザーの獲得に力を入れている。新しくゲームをやるようになった人にとって過去の名作は体験してみたいものであり、リピート生産はそのような消費者の希望にもこたえられる。
 これらCD?ROMソフトのメリットは昔から議論されていたことであったが実現されていなかった。しかし、半導体技術の進歩によって低価格でCD?ROMソフトを扱うことができるハードを製造できるようになった。そこでセガとソニーがこれを実現させたのである。そのハードの普及率は著しかった。
 2つめが、各店舗への商品補充の無駄を省く、成熟したコンビニのPOSシステムである。まず、前日のPOSデータが、翌日早朝に各コンビニエンス・ストア・チェーン本部からデジキューブの電算センターに送られる。そのデータに基づき各店舖ごとの販売状況、在庫状況を把握し、商品補充数が自動計算され、出荷指示が出される。翌日中には拠点となる物流倉庫や共同配送センターから商品を出荷、深夜の24時以降にコンビニエンス・ストア各店舖に納品される。コンビニエンス・ストア各店舗への物流は週に2回だけ配送される雑貨便ではなく、毎日定時に配送される食品配送ルートのチルド便を使い、多頻度少量仕入れによる商品補充を実現している。また、売れ行きの良くない店舖から良い店舖への商品移動を行い、売れ残り在庫のリスクを軽減している。
 1枚の製造単価が安く、滅却損失が小さい上に、「ファミリーコンピュータ」に代表されるようなROMカセットに比べて各段に製造にかかる時間が短いCD?ROMソフトが登場し、正確なPOSデータさえあれば適量在庫を三日で揃えることができる。CD?ROMソフトの普及とコンビニPOSシステムはゲームソフト流通の革新にとって相乗効果をもたらしたのである。

第3節  デジキューブ独自のスキーム
 だがPOSシステムで過剰在庫と欠品を減らし、機会損失の最小化に努めるだけではこれまでとまったく違う流通システムを有効に稼動させるためには不充分である。1年で約1000タイトルも出版されるソフトの中から、適切なタイトルをあらかじめ選択し、さらにそれをプロモーションするシステムが卸流通段階で必要となる。デジキューブは独自のモニタリングシステム により大量にリリースされるソフトの中から取り扱うべきソフトを選別することと、ゲームの販売におけるプロモーション機能を持たない各コンビニ店舗に専用チャンネルを用いたCATVを設置したことで、これを解決したのである。
デジキューブ設立の数年前に、コンビニが自力で行なった音楽CD販売はあえなく失敗に終わった。これは、当時コンビニでのCDの売り方において、どのソフトをどれだけ仕入れるべきか、どの小売店舗にどれだけ卸すべきかという二点が無視されていたためである。それにより返品が多く出て、特別損失が膨らんでしまった。またプロモーションは自社では全く行なわなかったため、店頭で購買力を刺激する力を持っていなかったことも原因である。
デジキューブではその二つの点に最も力を傾注した。さきほど挙げたモニタリングシステムを有効に活用させ、プロモーションのためには各店舗に設置したテレビ画面に、CATVの放送を流すことを行なっている。これには、年間わずか300万円のコストを要するのみであるという。

 第4節 デジキューブの生んだ新流通の特性
 デジキューブはこのような流れで現在のコンビニでのエンターテインメント・ソフト販売を確立してきた。そしてその中で自然発生的に次のような要素を生み出した。
 まず既存の消費者とはまったく違った消費者層へのアプローチ である。ゲーム専門店に足を運んでゲームを購入していた層は狙わず、ライト・ユーザーと呼ばれる、それまでゲームをやったことがない層に働きかけることで、ニッチをねらって既存の流通との共存を図った。そのため必然的に、デジキューブの取り扱いソフト選別基準として、初心者にわかりやすく、難易度が高くないものを選ぶという点が重視される。
 POSデータの数値によれば、コンビニでのゲーム購入層で最も多いのは20から30才の男性であるが、購入者の男女比は、コンビニでは8:2なのが専門店では9:1なので、ゲームでは女性ユーザーが増えているということがわかる。これは、これまでのゲーム流通市場が手をつけていない消費者を引き付けたことを示す 。同時にこれは、純粋にゲームのユーザーの絶対数を増やしているということでもあり、ユーザーの裾野を広げたことはひとつの業界内において高く評価できる。
 そして、ゲーム流通にコンビニの特性の強さが加えられた。まず24時間営業体制は、前述の新規ユーザーの中でも夜間しか時間のない社会人の、ゲームの購入を容易にした。また、その全国展開した店舗数の多さもユーザーの裾野を広げるのに一役買っている。現在日本国内のコンビニ総数は約4万1千店舗であり、そのうちデジキューブが現在カバーしている店舗数は全国で1万8千店舗である。(図2-2)具体的にはセブンイレブン・ジャパン、ファミリーマート、サークルケイ・ジャパン、サンクス・アンド・アソシエイツ、四国スパーの5社が契約コンビニであり、デジキューブ側はもう店舗カバー数は充分だとしている。大手コンビニであるローソンと提携できなかったことに関しては、デジキューブ社長室の立川泰志氏(public relation、広報担当)は次のように述べている。「ローソンと組めなかったことで鳥取・島根の二県には提携コンビニが少ないけれど、それぞれ人口が100万人に達しておらず、平均年齢も高いのでその点では問題がない。たしかに関西圏は提携コンビニ数が少なくて関西圏に強いローソンが必要だったのだが、今ではわが社の提携コンビニもどんどん進出してきている。」(デジキューブ本社での聞き取り調査より)
 もともとスクウェア内で、各ゲーム小売店とスクウェア本社をオンラインで結び売上情報を把握して効率的な流通をするアイデアはあったのだが、これだけの販売網と成熟したPOSシステムを自力で構築しようとすれば、莫大なコストがかかる。コンビニの特性を生かしたアウトソーシングの成功例と言えよう。
安定したゲーム流通の新しい形を作る目的で始まったデジキューブだが、他にも以下のような業務内容がある。

・ コンビニでの一般音楽・ビデオソフト、PCソフトの販売
・ ゲーム関連書籍の制作・販売
・ ゲーム音楽CDの制作・販売
・ ゲーム関連二次的著作物の企画・制作・販売
・ 委託放送業務(CS 放送)

 デジキューブは、一般音楽ソフト・映像ソフトの販売などによって、ゲームソフト販売のみに集中していた利益構造の平準化を図り、企業として経営基盤の強化を目指している。(図2-3,図2-4)それでもやはりデジキューブでは、企業活動のメインはゲーム販売だと述べている。独自のスキームをもっとも有効に活用できる分野である、POSデータを使ってのゲーム販売は、たしかにデジキューブの業務の中で柱となるものであることは、商品のポートフォリオ分析からも明らかである。(図2-5)しかしグラフの中で、成長率が高いのはゲームソフト販売以外の分野であることも読み取れる。これは、第三章で述べるデジキューブの成長モデルに関わってくるポイントである。

 第3章 デジキューブの成長モデルと今後の展開
 第一章では、前金買取や、返品不可などのシステムがゲーム流通の不適量性を生みだすという、任天堂主導のゲーム流通の問題点について述べた。そして第二章では、デジキューブがこういった問題点を解消するために新しいシステムを構築したこととその概要を述べた。コンビニ特性を生かしたユーザー開拓を行い、ゲーム流通に革命を起こしたデジキューブの特徴を踏まえ、この第三章では、デジキューブの目指す「便利さ 」はどのような方向へ進んでいくのかということと、デジキューブの流通形態の今後の不安要素について述べていきたい。
 
 第1節 デジキューブの新分野開拓のタイミング
 ソフトというものは水物である 、という考えから、デジキューブは常に新しい分野を開拓して、そのときに売れるものを売るという方法をとっている。新しい分野を開拓に着手するタイミングは、市場の動きを把握し、ある程度の地位を確立した時期である。さらに、「キラー・コンテンツ」で新商品の売り場への定着を図る。「キラー・コンテンツ」とは、強い商品力があり、確実に売上の見込めるソフトである。具体的に見てみると以下の通りである。
   ?CD?ROMゲーム「ファイナルファンタジー?」:1997年1月31日
   ?音楽CD B’z「Pleasure」:1998年5月20日
   ?ビデオソフト 「もののけ姫」:1998年6月26日
           「タイタニック」:1998年11月20日
   ?DVDソフト 「アルマゲドン」:1999年7月30日

 では、商品としてのソフトを選定する際は、どのようにしているのであろうか。ゲームの場合は、モニター・システムを導入している。これは、第二章で述べている通りである。音楽CDは、その曲のプロモーションによって売上が決まる。つまり、CMに取り上げられた曲、ドラマ・番組で使われた曲、すでに有名な歌手の曲などは売れるのである。よって、デジキューブのデータ収集はゲームソフトに比較して安易に行なわれている。例えば、東京地区、大阪地区、中部地区などにどれだけCMを放映していくかを広告代理店から仕入れるといったような情報収集をするのである。また、ビデオソフトやDVDソフトの場合は、選別は音楽CDよりも単純になっている。なぜなら映画の興行収入がそのままビデオの売上に反映されることとなるからである。これらのことから、「キラー・コンテンツ」とはこれらの事例が際立ったものであるということが出来る。
 デジキューブ社長室の立川氏は、次のように述べる。「エンターテイメント・ソフトの売上を決めているのは、販売力ではなく商品力である。コンビニの販売力で売っているのではない。いくらよいスキームを持っていたとしても、扱う商品が良くなければ経営は成り立たない。これはデジキューブも同様である。だから、新しい分野を始めるときには必ずキラー・コンテンツでなければならなくて、そうでなければ売り場として定着しない。しかも、コンビニは厳しいところで、コンビニに商品を陳列することができれば一流企業と言われるほどである。そういった売り場の中で商品同士が熾烈な競争をしているのである。我々が売り出しているソフトは、コンテンツがすべてなので、こういった環境に合わせていかなければならないのであり、いくら現段階でシェアを10%、20%占めているとしても徐々に伸ばしていくような、長期的なスタンスを取っていたら他の商品に売り場が取られてしまう。特にコンビニでは、そのために商品力のあるキラー・コンテンツで一気に売上を決めてしまって、売り場を確保したいのである。」(デジキューブ本社での聞き取り調査より)

 デジキューブという企業の成長コンセプトのキーは、新デジタル・エンターテイメント・カテゴリーをコンビニに順次投入することであるだけに、新カテゴリーに着手すると必ず結果が出るという他の企業ではあまり見られない特殊な成長を見せている。詳しく見ていくと、トレンドに合わせて新しいカテゴリーを開拓していくことで、カテゴリーごとが幾層にも重なって山のような形を見せている。(図3-1)例えば、CD?ROMゲームソフトの上に音楽CD,その上にビデオソフトといった具合にである。そのカテゴリーでもっとも売れるコンテンツから売り始めても、全体として売上の成長を見せるのは、新カテゴリーの商品が順次投入されるからこそである。図3-1の各カテゴリーの売上を加えてグラフにすると、新カテゴリーの商品売上が、それまでのカテゴリーの商品の売上を補完しているのがわかるだろう。(図3-2)
 ところで、国際収支の弾力性アプローチにおいて、Jカーブ効果 のもとで自国の為替レートが上がりつづけた場合、経常収支の黒字が逆に結果的に増えていくという現象が起こりうるとも言われているが、ここにデジキューブの成長モデルをあてはめると、まさに為替レートが上がりつづける状態を自ら作り出していくような伸び方をしているといえる。そして、いま、デジキューブは、最後のカーブの上位にさらにもう一段の成長カーブを付加する段階にある。デジタル・ソフト流通企業体としての究極の目標である、オン・デマンド配信を通じた「無在庫販売」に乗り出そうとしているのである。

 第2節 無在庫販売とデジキューブの不安要素
「無在庫販売」は今年(1999年)の11月中旬から実験販売が行われることが決定している。この実験販売では、都内で40店舗の販売を予定しているが、2000年には全国で数千店舗を前提としており、さらに2001年には本格的な大規模展開を想定している。これは、衛星を利用してデジタル・コンテンツを配信するというシステムを取っている。このシステムは、衛星配信方式kiosk端末「デジタル・コンテンツ・ターミナル」(D.C.T) である。大きく四つの特長が挙げられる。それは以下の通りである。

? デジタルエンターテイメントコンテンツの総合販売
? コンビニに適した迅速なオペレーションでストレスがない
? 衛星によるリモートコントロール、メンテナンスフリーの最新技術
? 徹底したセキュリティーシステム
(デジキューブIRページより)

 これら四つの特長を持つシステムにより、デジキューブはデジタルコンテンツの流通事業の無在庫化を推し進める。セキュリティーについては、暗号化、電子透かしを施しており、衛星電波の無断受信によっての海賊版製造に対処した。なお、当面は音楽や画像だけの配信にとどまるが、本稿ではデジキューブのアナウンスにしたがい、今後はゲームを含めたさまざまなメディアを扱うことを前提にする。
この無在庫販売には大きな意義が二つある。その一つが、「財務体質強化のための無在庫販売」という点である。現在POSデータの分析により行なっていた在庫の適正化という第一の課題は、無在庫化によって、よりスマートに解消される。また流通コストの大幅な軽減も図られ、経営体にとって、最重要課題の一つである変動費圧縮という目標を達成することになる。
そしてもう一つが「コンビニ販売の弱点の克服」である。つまり、かつてのコンビニ販売には、限られたスペースに限られた商品を陳列するしかない、という問題点があった。陳列品の数がコンビニの物理的なスペースの制約により制限されていたのである。つまり、豊富な商品ディスプレーは、かつてのコンビニへのソフト配送システムを使う限り、「物理的に」不可能であった。ところが、実際の店舗には、デジタルコンテンツのカタログを置くだけで、発注と同時に店舗でMDソフトに書き写す以上の方式を使えば、その有限陳列スペースにほぼ無限大の商品陳列を行うことが可能になるのだ。消費者はコンビニ各店舗において、売れ線のソフトだけではなく、自分の好きなものを数多くのソフトから選んで楽しむことができるようになる。またこのことは、モニタリングによる商品選別の手間とコストを軽減させる。これも財務体質の強化につながることになる。
とはいえ、この「無在庫販売」にも、デジタル・コンテンツ流通の一形態として捉えた場合、まだ弱点がある。たとえ衛星配信によってソフトを販売するといっても、今のところエンドユーザーは、コンビニに足を運び、それで従来どおりソフトを購入するという手間を強制される。これが、「家にいながら、ソフトが購入できる」というのとは大きく異なる点である。将来の流通事業は、家にいながらさまざまなショッピング、バンキング、医療、警備、福祉、教育活動が可能になるために革新されていくはずである。つまり、各家庭のパソコンでこれを行なうシステムを考えれば、まだ不充分であるということである。
さらに、ハードのメーカーもまたデジタルコンテンツを扱うという新分野を開拓し始めている。具体的に挙げれば、2000年3月4日に発売予定である、ソニーコンピュータエンタテインメント(以下SCE)の「プレイステーション2」が先鞭をつけようとしている。これは、「総合エンターテイメントプレーヤー」をコンセプトとしており、ゲームソフトを各地域に整備されているCATVのケーブル網を介して取り込めるなど、情報端末としての機能を備えているということが発表された。しかも、ゲームソフトを「プレイステーション2」本体に有料配信できるシステムを構築し、ケーブル接続用の付属品を製品化する。これは2001年から開始することになる。将来は、映画・音楽も配信するとしている。同様のことをセガ・エンタープライズも考えている 。こちらの場合は、ユーザーが音楽・ゲームなどのデジタルコンテンツにアクセスするための暗号をインターネットを通じて配信するシステムをとっている。こちらは、2000年から事業化する予定だ。
 このようにデジタル・コンテンツが家庭へと配信されるようになれば、消費者はわざわざコンビニへ行かなくても、家にいながらにしてソフトを手に入れ、気軽にそれを楽しむことができるようになる。そのため、上記のハードメーカーによるデジタルコンテンツの配信事業は、デジキューブのシェアを縮めてしまうことになる。このことにより、今までデジキューブが行なってきた事業、消費者にオンタイムに売れ線のソフトを提供していくという強みは、失われてしまう恐れもある。
 しかし、デジタル・コンテンツ配信を可能にするためには、きわめて厳重に保護された消費者情報、アイデンティティーの暗号化など多くの技術的改良が必要である。その方式による電子取引が完全に実用化されるまでには、未だ多くの時間を要している。上記のコンビニでの配信システムは、消費動態の大きな転換点にある今、そのタイム・ラグを埋める方策としての最善なものと考えられよう。

 結論
 デジキューブは既存のゲーム流通を大きく変化させ、コンビニの流通網を利用して新しい流通形態を構築した。「ゲーム買うならコンビニで」をコンセプトに24時間どこでも気軽に消費者がゲームを購入することが出来るようになった。さらに、ゲームソフトだけではなく、音楽CDやビデオソフト、DVDソフトなど次々とデジタルコンテンツを消費者に提供してきた。デジタルコンテンツがコンビニで購入できるという便利さは、瞬く間に定着し、デジキューブは急成長を遂げた。同時に、次々と新分野を開拓していく成長モデルもまた出来上がっていったと言える。
 デジキューブの立川氏は次のようにも述べていた。「1つの分野がある程度のシェアを持つようになったら、また新分野を開拓しなければいけない。次々と新分野を開拓していかなければわれわれは成長できない。これはもう宿命だと思っている。」(デジキューブ本社での聞き取り調査より)
 ここでデジキューブの流通形態が直面することになった大きな問題は、「ユーザーがコンビニまで行かなければソフトを購入できないという手間」である。しかし、当面、デジタル配信に対する高度なセキュリティーシステムが開発されるまでの期間は、コンビニでの配信システムは有効であろうし、さらに、買い回り品、食料品、日常品の購買においてわれわれの生活に欠かせないものとなったコンビニに消費者が足を運ばなくなるとは考えにくい。今や日本人のライフスタイルにおいて、コンビニは、居間や台所の延長線上にあるとよく言われる。店でものを手に取り、現金で購入するというショッピングの楽しみを望む消費者は少なくない。また、セキュリティの面においても、各家庭に置かれた端末からのコンテンツ流出を管理することは難しいが、店舗に設置した限られた数の端末を管理するだけならば徹底することができるであろう。これはゲームメーカーやクリエイター、販売元にとってありがたいことである。ここにデジキューブは今後の進むべき方向を見出していくと考える。すなわち、有店舗でのソフト流通における最高の形態を構築し、将来的な、「有店舗・無店舗販売の共存」を目指すのである。そして他にさきがけてデジキューブが無在庫化に乗り出したこと自体、高く評価できる。たとえ理想の流通モデルとまでいかなくとも、今後の流通業界にとって大きな意味のある変革であったと言えよう。

以上

【参考資料】
●文献
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横井軍平著『横井軍平ゲーム館』アスペクト,1997年
相田洋、赤木昭夫著『ソフトウェア・ビジネス(新電子立国・別巻)』NHK出版,1997年
大下英治著『セガ・ゲームの王国 』講談社,1993年
山名一郎著『ゲーム業界三国志』ダイヤモンド社,1997年
高柳尚『ゲーム戦線超異常 ?任天堂vsソニー?』ライフ社,1996年
市川公士著『コンピューターゲーム』日本経済新聞社,1993年
高橋健二著『任天堂商法の秘密』祥伝社,1986年
馬場宏尚著『ソニーが任天堂に食われる日』エール出版,1993年
逸見啓・大西勝明著『エンタテイメント産業の躍進と大競争 任天堂・セガ』大月出版,1997年
多摩豊著『テレビゲームの神々』光栄,1997年
Bruce. R. Elbert “Introduction to Satellite Communication (Artech House Space Applications Series) ;’Artech House,” ,1999
N.G.マンキュー著 足立英之・地主敏樹他訳『マクロ経済学?、?』東洋経済新報社,1996年
伊藤元重著『ゼミナール国際経済入門』日本経済新聞社,1989年
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『日経会社情報99春号』日本経済新聞社,1999年
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●新聞記事
日本経済新聞 平成11年9月2日
日本経済新聞 平成11年7月14日
日本経済新聞 平成11年2月13日
日経流通新聞 平成11年5月11日
日経金融新聞 平成11年3月26日
日経産業新聞 平成11年2月24日
読売新聞 平成11年9月9日
読売新聞 平成11年7月1日
毎日新聞 平成9年7月15日
●インターネット
デジキューブ「www.digicube.co.jp/」
読売新聞社「www.yomiuri.co.jp/」
日本経済新聞「www.nikkei.co.jp/」
日経ビジネス「www2.nikkeibp.co.jp/」
任天堂「www.nintendo.co.jp」
セブンイレブンジャパン「www.sej.co.jp」