ワタミフードサービスに見る
外食産業の経営戦略
はじめに
わが国に本格的なチェーンレストランが登場して、ほぼ30年が経過しようとしている。外食産業はこの間に大きく発展した。消費者のフードサービスの利用と期待もどんどんと膨らみ、消費者はフードサービスにおいしさ、安さ、心地よさ、便利さ、楽しさなど多様なニーズを求めるようになった。
しかし、1990年代にいたると外食産業の市場は成熟段階を迎え、コンビニエンスストア(以下CVS)などの「中食」市場拡大による新たな競合が出現し、店舗・企業間の競争も激化の一途をたどっている。
日経流通新聞が実施した第26回飲食業調査(1999年度)[i]によると、上位100社の売上高は2.3%増しているが、各項目について有効解答があった企業のうち、既存店ベースの売上高が「増えた」のは全体の13.5%、逆に「減った」と回答した企業は61.9%に達した。42.9%の企業が過去1年で「値下げしたメニューがある」と答え、この結果、既存店の客単価は51.8%の企業で「下がった」。厳しい環境が続く中、売り上げを大きく伸ばしたのは中堅チェーンで、伸び率トップは「ワタミフードサービス梶vで40・4%だった。このように売り上げを伸ばしている企業と低迷している企業との明暗がいっそう鮮明になってきている。
「ワタミフードサービス(株)」[ii]は全店合計で売上高前年比37.8%増、既存店の売上高同102%以上を維持し、客単価が1.6%ダウンしながらも、客数は4%も伸びており、増収増益の急成長を続けている[iii]。つぼ八のフランチャイジーから始まり、92年に居食屋「和民」を立ち上げて以来,おいしく、安く、安心・安全な料理を、タイミングよく、礼儀正しい店員のサービスで提供する。若者から家族連れまで幅広い客層に支持され、首都圏を中心に急速に店舗を増やしている。現在、郊外立地型の新業態ファミリーコミュニティーレストラン「和み亭」、米国「カールソン・レストラン・ワールドワイド」社との共同のカジュアルレストラン「T・G・Iフライデーズ」を含め約160店を展開し、96年には株式店頭公開、98年に東証2部上場、そして2000年3月には独立系外食産業の中で最速の設立16年目で東証一部に上場した。本稿はこの急成長を遂げているワタミを通してこれからの外食産業のあり方と経営戦略について述べていきたいと思う。なお本稿では主要参照文献、各統計、記事、とともに数店舗の立ち寄り調査に依拠していきたい。
1章「食の外部化」と「中食」市場
1節外食市場の拡大
本章では現代の消費者の動向に焦点を当て、外食依存度の高まりとその背景について述べる。また外部で作られた弁当、おにぎり、サンドイッチなどを購入して食事を済ますことを「中食(ちゅうしょく)」[iv]というが、この「中食」市場の拡大についても触れていく。「中食」は外食とともに家庭内の調理機能を代位するもので、外食と「中食」が拡大することをともに「食の外部化」と呼ぶ。
まずは消費者の食生活が戦後から現在まで、いかに外食に依存する度合いを強めてきたかを「エンゲル係数」、「外食比率」、「一般外食比率」、「調理食品比率」の推移(表1)をもとに確認していきたい。
「エンゲル係数」とは家計の消費支出に占める食料の割合のことである。「エンゲル係数」は原則として、経済発展とともにその値は小さくなるとされる。これは経済の発展につれて所得が向上すると、消費支出が食事以外の衣服や住居、交通、教育、娯楽などの分野への支出にも振り分けられる割合が大きくなり、相対的に食費の割合が小さくなるからである。
実際、表1で確認できるように「エンゲル係数」は戦後まもなくの60%台という高い値からほぼ一貫して低下を続けてきた。しかし、1980年代後半に同値が30%を切る頃になると、もはや同値の低下が注視されることはなくなってきた。豊かな社会はすでに所与のものとなったということであろう。
豊かな社会の内実としては、食生活場面で外食生活を楽しむようになるということが含まれていた。食生活における外食の広がりを実証するためには、食費に占める外食支出割合の増加が指摘されなければならない。この割合が「外食比率」である。1953年の「外食比率」は3.6%、「一般外食比率」[v]は2.7%である。表1によれば、「外食比率」「一般外食比率」は以後若干年の例外はあるが、ほぼ一貫して増大していることが言える。「外食比率は」1971年に10%、1985年に15%、1990年代は17%に近い数値で推移している。このように「外食比率」の増大によって、人々の食生活は確実に外食への依存度を高めてきた。「調理食品率」とは、食料支出のうち、「調理食品」[vi]を購入した金額の割合をいう。「調理食品」は調理済みの食品のことであり1963年の「調理食品比率」は3.0%と少ない。これが1970年代に入ると着実に上昇していき、1994年の時点で8.5%であった。「調理食品比率」の上昇は、家庭の調理を省略して出来合いの食を買って済ますこと(中食)が広がっていることを示し、「外食比率」の上昇とともに「食の外部化」が広がっていることを示す。
2節「食の外部化」が進む要因
ではなぜ、このような消費者の「食の外部化」が進行するのであろうか。「食の外部化」を推し進めるところとなった社会背景は大きく分けて2つある。まず一つ目は家族形態が変化し、世帯規模が大幅に縮小してきたことないし小規模世帯が急増してきたことである。世帯規模の縮小、小規模世帯の急増による少ない人員での家庭内食の営みは経済的にも作業的にも不効率であるため、家庭内食をますます萎縮させた。
二つ目は女性の就労が拡大したことである。女性が社会参加することによって女性の家事労働の萎縮につながり、家庭での調理の機会が少なくなった。また、社会参加した女性自身が得た給与取得者として消費生活の実践者となり、自らが積極的に外食を体験する機会が増えた。そして、独身のサラリーマンやOLなど単身者の食生活は、以前は「賄い」という形式が多かったが、その後「外食」依存割合が圧倒的に多くなり、やがて「飲食料品」の購入(中食)で済ませるスタイルが優勢となってきた。このような要因が「食の外部化」の需要を作り出した。[vii]
3節「中食」市場の拡大
消費者の生活習慣が変化するとともにファーストフード(以下FF)のテイクアウト、宅配のピザやすし、CVSの弁当やサンドイッチなどの「中食」市場が拡大した。この中でもCVSチェーンは現在最大の中食供給者となっている。
CVSチェーンが最大の供給者になった理由は、CVSの「中食商品」が1日1回の配送から1日3回の配送する三便体制を採用したことにより製造してから販売までの想定時間(リードタイム)が短くなり、それまで制約のあった食材や調理法、味付けなどの自由度が増し、その結果、品質が飛躍的に向上したことによる。さらにCVSの店舗数の多さや長時間営業によって享受される便宜性、価格の相対的安価という魅力に支えられ、消費者に受け入れられその売り上げは拡大傾向を持続している。このCVSの中食商品の魅力は「中食」自体の魅力ともいえる。「セブンイレブン」のカテゴリー別の1999年2月期の年間販売数[viii]を見てみるとおにぎり7億3千万個・弁当3億個・サンドイッチ2億1千万個などとなっているのに対し、ファーストフードの「マクドナルド」ハンバーガーが6億7千万個でありFFの売り上げbPは「セブンイレブン」といっても過言ではない。このようにCVSなどの「中食」市場が拡大したことにより外食産業に新たな競争が生まれている。
4節外食の魅力
中食に対して外食産業は[ix]、消費者に食事を提供し、消費者からその対価を得て成り立つ事業である。消費者は提供される「料理」に対して対価を支払うとともに、「料理を食するという時間体験」にも対価を支払っている。その対価の支払いに納得するかどうかは、そのときの体験の満足度による。顧客満足は店が提供する顧客価値つまりその店の魅力と正比例し、顧客の支払い価格と逆比例する関係が成立する。消費者が外食体験に満足するかどうかは、料理の質・量・適切な人的サービス・その場の雰囲気などの総合体感である。これが外食の魅力を構成する要素だが、これら各要素の外食の魅力度への貢献は足し算としてではなく掛け算として機能する。いくら料理がおいしく、店の雰囲気がよくても、適切なサービスが行われなければ、全体の魅力度もゼロとなってしまうのである。このように外食産業の基本は、店舗が他にはない魅力を消費者に訴えて顧客満足度を高めていくということである。
2章チェーン経営と居酒屋の変遷
1節チェーン経営
和民は外食産業の中でも居酒屋チェーンという業態に位置する。チェーン経営の中でも大きく分けてフランチャイズチェーンシステム(以下FC)と直営店方式があるが、ワタミは独立FC(社員が独立してフランチャイズオーナーになる制度)をのぞくと直営店方式で経営している。チェーン経営の特徴は、同一の店名及び店構え、同一のメニューおよび価格、同一水準のサービスの店舗を多数束ねて運営する経営手法である。このチェーンレストランの経営手法に対して、従来の飲食店経営は個店経営と位置付けられる。個店経営とは当該店舗一店の経営に専念するものであり、その経営内容はその店の経営者または調理責任者の個人的センス・技量によって決定される。またその店固有の立地条件など、個別の事情によっても左右される。
これに対して、チェーンレストランは多数の店舗が同質の営業内容で運営されなければならないので、多数店舗に共通する、また基準となる営業内容があらかじめ開発されなければならない。この営業内容を開発し、維持し、改良していくチェーン機構を本部といい、直接の営業現場である店舗とは区別される。つまり、チェーンレストランの経営組織の特徴は本部機構と店舗とが分離していることである。チェーンでは、店名が同じであれば、メニューもサービスも価格も同一かもしくはほとんど同じであることが原則である。また、店構えも同様の外装を施し、ロゴマークや商標で第三者の目に同一チェーンだとわかるように意匠する。消費者は行く先々でそのチェーン店を見ることになり、チェーンの存在に気付く機会が多い。そして、あるチェーン店を一度利用して店の様子を承知すれば、次回からは同じチェーンの別の店もすでに知っている店として利用することができる。
これに対し、個店経営の店は、たとえ他の店と似たよう名店構えであっても、実際に体験してみないと分からない事が多い。特にメニューの味は、利用者がその店を利用するかどうかを決めるときの最も重要な要素があるにもかかわらず、食べてみるまでは分からないということになる。その店、チェーンであれば、多少の差異があってもあらかじめ自分が承知している範囲とそう大差ないという安心感がある。
このようにチェーン店においては、消費者の認知度と集客効果において個店経営に店には及びつかないメリットがある。この他のチェーン経営のメリットとして多店舗経営におけるスケールメリットがあげられる。これにより食材をはじめとする仕入れ、店舗の建設や厨房機器の購入、マニュアルの整備、従業員の教育、情報の共有化という面で多くのメリットがある。
逆にデメリットとしては、チェーン店のある店で発生したトラブルや期待はずれの商品や接客サービスなどで消費者の信頼を損なうようなことがあるとチェーン全体への不信感となる可能性がある。
2節居酒屋チェーンの変遷
居酒屋チェーンの先駆けは「養老乃瀧」であった。1961年に設立し、その後「テンアライド」(天狗)が69年、「大庄」(庄屋、やる気茶屋)が71年、「つぼ八」が73年、「村さ来」が76年と続いた。この中でも特に、若者をターゲットにした「つぼ八」、「村さ来」が1980年代中盤の居酒屋ブームの火付け役となった。焼酎ブームとイッキ、イッキの掛け声はこのとき生まれたものである。
この第一次居酒屋ブームは、それまでの会社の帰りによって上司の悪口を言いながら一杯飲むというようなイメージを一新し、若者をターゲットに絞ったコンセプトで大胆に作り替えたことで生じた。
これに対して、現下の第二次居酒屋ブーム[x]は、居酒屋がコミュニケーションと憩いの場として認知され、女性の社会進出にともない若い女性同士が気軽に利用できるようになった。最近ではカジュアルレストラン的な利用の仕方が主流となってきており、店舗の雰囲気や居住性などに気を使うようになってきた。そして、ワインブームに代表するアルコールの多様化や、女性が日常的にアルコールを楽しみ始めたことなどにより、居酒屋のメニューも5年前に比べて大きく変化した。ビール、ウイスキー、日本酒中心に考えられていた焼き鳥などの料理から、メニューにイタリアンのカテゴリーが加わり、女性客に好まれるサラダやマリネなどが増え、ワインといっしょに楽しむための料理も増加した。このように居酒屋チェーンはその時代に適応し変遷を遂げてきた。
そして、現在居酒屋チェーンの中で最も急成長を遂げているのが、ワタミフードサービスである。株価と上場株式数をかけた時価総額[xi]は、トップの「鰍キかいらーく」(店舗数1千5百)が、約3千億円で1店舗あたり2億円である。これに対しワタミは業界3位の約1千5百30億円で、店舗数約160店舗なので一店舗あたり約10億円の価値に相当する。1店舗あたり出店するのに約1億円かかるので、ワタミの店舗は株式市場から10倍もの評価を受けていることになる。株式判断指標の1つである株式収益率(PER)は百倍を超え、将来の大きな期待が投資家を引きつけて止まない。日経新聞がまとめた2000年度「優れた企業」ランキングでは、上場企業など約1千百社のなかで87位の評価を受けた。[xii]
3節経営分析 他企業との比較
なぜワタミは、これほど評価を受けているのか。実際の財務を外食産業の中で同じく東証一部に上場しており、直営店方式で居酒屋チェーンを展開する「竃kの家族」と比較してみたいと思う。
「北の家族」[xiii]は資本金18億3千万、売上高は、前期比14・7%増の119億6千万円、経常利益は同258%増の5億3千万円、当期純利益は同272%増の2億4千万円、ROE(自己資本利益率)は3.99%となっている。これに対し、ワタミ[xiv]は資本金43億7千万円、自己資本比率82.5%で現在、無借金経営の企業である。2000年3月期の売上高は、前期比40.7%増の241億6千万円、経常利益は同47.7%増の28億2千万円、当期純利益は同73.2%増の17億1千万円となっている。また、ROEは18.3%を超え高い収益率を誇っている。このROEの高さは、自己資本を充実させながら、売り上げを伸ばし、徹底したコストダウンにより利益率を落とさないシステムを作り上げているからである。
3章ワタミフードサービスの経営戦略
1節マーケット分析
このようにワタミが急成長を遂げ、高い収益率を誇っている理由をワタミフードサービス社長渡邉美樹氏は「攻めるマーケットに対するビジョン、方向性が明確だから」と言い切る。日本の外食産業のマーケットは年間売り上げ約29兆円といわれる。個人経営店を含め約20万社がひしめいており、外食産業のうち個人経営店をのぞくテーブルサービス・チェーン店の市場は、1兆6千万円である。それをファミリーレストランが上位24社6千店で1兆円、居酒屋が上位26社6千店で6千億円をそれぞれ分け合っている[xv]。
和民はこれまでの飲酒中心の居酒屋とは違い、売り上げに占めるアルコール比率を居酒屋は40%前後、ファミリーレストランは5%以下であったのをその中間の20%台に下げ、食事に比重を移し、ファミリーレストランと居酒屋の中間業態「居食屋和民」を開発した。これは、酒もフードも原価率は変わらず、酒の売り上げが落ちても利益率は下がらないという緻密な分析に基づいたものであった。既存の居酒屋と差別化を図るには提供する商品の創意工夫が必要不可欠である。そこで和民は「豊かで楽しいもうひとつの家庭の食卓」というコンセプトのもとに品数が多く、手作りで、季節感があり、食材は冷凍食品を一切使わず、低農薬、保存料・添加物のない安全で健康に配慮したものを使い、しかも低価格で提供する方針を打ち出した。
2節ローコスト経営
同社は客単価平均2200円という低価格を実現している。この安さが和民の強さのひとつになっているのだが、この低価格を実現するためにどのようなことが行われているのだろうか。
まず、和民の出店立地の条件は、乗降人数1万5千人以上のある駅前、もしくは半径2km以内に2万5千人ほどの人口があり、6歳未満の子供がいる世帯比率が12%以上の地域としている。和民は客層が家族連れからお年より間で客層が広く、同じお客の来店頻度も高いため狭い商圏で出店が可能である。狭い商圏が成立すれば一等地に出店する必要なく2等地、3等地でも商売ができる。このためどの店舗の保証金も坪当たり20万円を超えることなく、98年には店舗施設管理会社「ピー・エム・エス」を設立し、店舗の施工やメンテナンスなどの業務を移管し、低コスト(通常の7割)で店舗施工、管理ができる体制を整えた。
また、同社は冷凍食品をつかわない「手作り」で商品を提供するので食材のロスが多くなりがちであった。そこで、独自のPOS(販売時点情報管理システム)を配備し、売れ筋商品が正確に把握され、適切な仕入れと効率的な配送が可能にした。100人の客が来たら、どの商品が何品出るか、独自のノウハウで小数点第二位まで抑え、その日仕入れたものはその日に使い切る体制を整え、全店舗平均のロス率は0.9%とコストダウンに成功している。
99年には外食産業としてはじめて環境管理の国際規格「ISO14001」の認証を取得した。水使用量や洗剤使用量の削減に取り組み、運用によるコスト削減見込みは1999年度でISO取得費用2500万円を上回る6100万円となっている。
3節セントラルキッチンの特徴と問題点
今までの外食産業は主に二つの方法によってコストダウンに取り組み、売り上げを伸ばしてきた。ひとつは冷凍食品を開発、導入する方法、もうひとつは「セントラルキッチン」(以下CK)である。このCKは食材の下処理と併せ、調理をある程度進めていったん中断し、これを凍結するなどして店舗へ届け、店舗ではこの半調理品から調理に取り掛かることで、
@ 料理の均一化、安定化をはかる
A 調理済みの商品を冷凍保存しておくことで、生鮮食品を使った場合に生じる、売れ残りによる仕入れの無駄を無くすことができる
B 調理にほとんどトレーニングが必要とせず素人がつくっても同一の味、品質、盛り付けができるため人件費を削減できる
C 食材を大量購入することで原料コストの削減を図る
D 短時間で調理でき、サービスの迅速化がはかれ、客席の回転率もアップする
E 食材のした処理から調理する場合と比べて店舗の厨房面積を縮小する分客席が多く取れる
といった効用を推し進める施設で、特定の企業のために設けられる食品工場のことである。
このCKの大きな特徴は、サービス生産に不可避な不可分性を解消したことである。これは、一店舗ごと独立の飲食店であったら、板前が変わると同じ店であっても料理の内容が変わるが、CKは、ある意味で工場生産なので、誰が作っているのかということとの関連性が非常に薄くなる。いつも安定したものがでてくるということにより変動性も少なくなり、このことは利用者の立場からみると、チェーン店というのは安心という意識に結びつく。金額もある程度予測でき、品質もほぼ予測可能である。この結果、安心感、安定感を消費者、利用者に与えることになる。ところが、このこととは逆に、利用するにあたっての新鮮さや驚きというもがない。いつ行っても同じ物しか出てこないということになり、臨機応変がないということになる。即時対応性がないため、食事をその時の利用者の体調や好みにより味を変えるというような要望に答えることができない。また、CKは手作業で作り上げた味を工業技術化し、科学的に工程化するのだが、料理を大量生産の工程にのせるとき手作りの微妙な味をだすのは難しい。どうしても工業的に作ると味がかわってしまう。それに工場生産をしているので作り手の気持ちというものがはいっていない。これでは本当の家庭料理の味が出せない。普段、CVSなど「中食」市場の大量生産された商品や冷凍食品を食べている人々にとって、CKで作られる商品には格別魅力を感じないだろう。
4章ワタミ独自の戦略
1節家庭の食事の代行
「限られたピーク時に対応するため、食材に冷凍・レトルト食品を使い、セントラルキッチンを導入することは、いわば業界の常識である。しかし和民は、あえてこうした戦力はとらない。低価格・手作り感・多い品数・安全・安心というこれまでになかったポジションに挑戦することが和民の最大のテーマであり、これを実現することがチェーン店の弱点を解消し、21世紀の外食産業の新たな業態を創造することになると確認した。」と、渡邉氏は言っている。和民は「家庭の食事の代行」をコンセプトのもとに定番だけで68品目、季節の特選品を加えると84品目にもなる多品種メニューを手作りで提供する。そのためには料理技術の向上と作業手順の徹底が不可欠である。そこで和民は本社近くにテストトレーニングキッチンを設置し、毎月定期的に店長らが集め、調理技術研修や講習会を頻繁に行い、原価計算にもとづき作業マニュアルを作成した。また作業の効率化を図るために、調理技術の開発にも力を注ぎ、調理時間を短縮するためハード技術開発に加え、作業手順の簡略化を可能にする道具の変更も行った。さらに、作業する時の人間の動きを人間工学の見地から分析し、移動のために歩数を一歩でも少なくし、作業の流れに無駄がないよう機器の配置転換も行った。
また、料理は納豆オムレツやほかほかのコロッケなど、どこの家庭の食卓にも普通に並ぶ手料理の味が基本である。より家庭の味に近づけるため、創業時より主婦パートによる全商品インストア調理を徹底している。40代、50代の主婦パートを一店あたり約4名、午後の4時間だけ商品を仕込むために雇っている。若いパート・アルバイトを使うよりも調理の好きな主婦の方が食材管理や技術の訓練がスムーズに行え、トレーニングもより効果的である。そして、主婦にとっても午後の4時間なら外出しやすく苦にならない労働ということでパートの定着率はすこぶる良く、商品の標準化につながっている。
素材については旬の生鮮品を使用することを基本とし、低農薬、保存料・添加物のない健康に配慮した安全性のあるものを追求している。これは「中食」などの利用増加による食生活そのものの歪みによって生じたニーズだといえる。同社は、生産者の顔が見える食材にこだわり、野菜は契約農家や契約農協から仕入れる。北海道の十勝平野には帯広大正農協と契約した農場があり、低農薬、有機野菜を栽培している。98年には東京の農水産物商社「大禄」と提携し仕入れルートを強化した。「安全な野菜といっても、栽培途中でどんな農薬をつかっているか、生産者に任せきりでは分からない。求めるものを手に入れるには、買い手が現地で対話を重ね、信頼関係を築き上げて初めて可能になる」と「大禄」社長・小林良広氏は述べている。
2節接客サービスとマーケットイン
和民のもう1つの特徴として、「お客さまに対して、奴隷になったつもりで誠心誠意接する」というほどのきめ細やかな接客サービスがある。接客サービスでお客様をもてなす。おしぼりは、ひざをついて必ず開いて渡す。オーダーを取るときは、お客をしたから見上げるようにする。灰皿は吸殻3本で交換をする。食べ終わった食器はすぐに下げる。挨拶ひとつとっても、さわやかで、真心がこもっている。このような今までの機械的、事務的、習慣的であり礼儀作法や言葉使いが悪いといった居酒屋の接客のイメージを一新した接客態度が、サービスの差別化を生み、集客に直結した。
ここで、1章で述べた外食の魅力を構成する要素の1つである「適切なサービス」はどういうものであるべきか述べてみたいと思う。[xvii]「適切なサービス」とは、具体的には顧客が望むことが顧客の指示を待たずに満たされる接客のことである。サービスというと一般にはサービスする人(従業員)の立ち振る舞いや礼儀作法、言葉遣いというように説明されるが、これらは適切なサービスをするための手段であって、サービスそのものではない。接客する目的は、顧客に顧客然として振舞ってもらうことである。したがって、サービスとはそのように振舞うために仕向ける従業員のしぐさであったり、言葉であったりするわけである。
ワタミフードサービスは2010年に、1千店舗展開、2000年にはグループ50社で売上高1兆円企業を目指している。このような目標を実現させるためにも、人材の確保、育成が必要になってくる。そこでワタミは優秀な社員やアルバイトの採用と教育を主な業務として、てがける会社「キャリアビジョン」を設立した。各店舗地域ごとのマーケティングを行い、採用募集に使う媒体や募集時期の選定、時給の決定などや学生を集めて会社説明会をしたりしている。店舗数が増加するにつれ、創業者のサービスについての考え方を従業員に浸透させるのが難しくなり、店舗によってのサービスの格差も生まれてくる。人材教育に力を入れなくてはならないのは、サービスを提供する人の人間性が、サービスの質を左右してしまうからである。心がこもっていないサービスはすぐに見抜かれるし、お客に不快感を与える。逆に、心のこもったサービスなら、多少の不備があってもお客様に好印象を与えることができる。そこで、ディズニーランドのサービスを手がけた「ウィルソン・ラーニングワールドワイド梶vの協力を得てサービスマニュアルの内容の強化に取り組んだ。また、サービス強化の策として「T・G・Iフライデーズ」[xviii]と提携を結んだ。フライデーズの「オーダー提供後、3分以内にお客様の満足を確認する。汚れた灰皿や使い終えたナプキンはすばやく片付ける。ドリンクの量をチェックしながら、あらゆるニーズに察知するよう気を付ける。」というような接客姿勢は「店はお客のためのもの、常にアンテナを立てて動向に注意を払う」というワタミのサービス精神に共通する。また、フライデーズはできるだけお客の顔と名前を覚え、知っているお客には挨拶をするというような教育をしている。これは「お客一人一人を個としてとらえ接客しようという考え方」であり、誰もが自分の事を知っていてもらいたいという人間心理からきたものである。このような接客方法は元来、個人経営の飲食店が行ってきた。この接客を行っている店は常連客が絶えないところが多い。和民の場合、ひざつき接客等のサービスの「手段」は徹底しているといえるが、現在、個人経営の居酒屋もしくはカジュアルレストランでならまだしも、居酒屋チェーンでこのような接客を行えるとしたら他社に大きなアドバンテージを得ることができる。もし和民が更なる接客サービスの差別化をはかるのなら、こういったサービスを取り入れなければならない。
また、ワタミは各店舗のレジカウンターにアンケートはがきを設置し、お客様の声を吸い上げる。このお客様アンケートの集計内容は毎週火曜日早朝に開かれるワタミフードサービスの業務改革会議で、多くの時間を割いて検討される。アンケートなどを置き、客の声を最優先にするのは、飲食業にとって当然だが、ワタミではさらに一歩進める。寄せられるアンケートは週平均400枚、月間ざっと1500枚に達する。1日の利用客数から割り出して、1枚のはがきに300人の客の声が反映されているとみる。料理の味、早さ、値段、サービス、清潔さの具体的な5項目で客の満足度をチェックする。そのうえで「もう1度ぜひ利用したい」解答が80%以上になることを目標に掲げ、「利用したくない」客ゼロを目指す。意見・要望欄に書き込まれた内容も細かくチェックする。重大なクレームは、プリント回覧され、ケースごとに具体的な改善点が示される。「店はお客様のもの」「お客様の立場になって行動する(マーケットイン)」という考え方を徹底している点が、ワタミの強みの1つといえよう。[xix]
3節他企業の参入
「飲む」だけでなく、手ごろな価格で家庭料理を「食べる」ことができるファミリーレストランと居酒屋の中間という新業態を確立した和民だが、1999年春、「モンテローザ」が経営する「笑笑(わらわら)」がこの新業態に参入してきた。「笑笑(わらわら)」は和民と違う商品を探すのが難しい程よく似ているメニューをだし、コンセプトもまったく同じ「居食屋」と完全に模倣していた。このことについて渡邉氏は「メニューは盗み出されても、決して他社には真似のできないものを我々はもっている。お客様を思う心だ。」と述べていた。実際、「笑笑」に立ち入り調査した結果、商品は肉じゃがなどを除きほとんどが手作りではなく、接客サービスも今までの居酒屋と同じレベルであった。これではやはりワタミには勝てない、物まねの品揃えや店作りだけでは、競争が激化する市場で生き残っていくことはできないのである。
結論
本稿ではこれまで「中食」市場拡大し、競争が激化する「外食産業」においてのワタミの経営戦略を述べてきた。既存の居酒屋チェーンにはない経営戦略で競争優位を実現している。
これに対し、「中食」市場拡大に関してワタミは、実は中食を利用するお客に心理的アプローチをしているのではないかと思われる。家庭で中食商品を主に利用する人々は独身のサラリーマンやOLなどの単身者が多い。普段、CVSなどの大量生産された商品や冷凍食品を食べている人々にとってワタミは利用したいと思わせるような武器がある。アレルギーや成人病などの生活習慣病の急増といった食生活そのものの歪みに、問題意識、危機意識を持っている消費者が増えており、普段は気を使っていない食生活も、心の中では健康に気を使わなければいけないという心理がある。だからこそ、ワタミは有機野菜など健康に配慮された安全な食材にこだわる。そして、CVSのように工場で大量生産された商品ではなく、手作りの料理を、安価で食す事が出来る。しかも、主婦の仕込んだ料理であるので単身者にとってはなつかしいともいえる家庭の味が出ている。店内は明るく清潔で飾らない接客でとても居心地がよい。同社がターゲットは「地域に住む家族」としているが、これは逆に家族連れだけではなく、和民が「家庭の食卓」というような雰囲気を出すことによって単身者が安心感やあこがれを心の中に抱き来店することにもつながっているのではないだろうか。このように従来の居酒屋とは差別化された戦略をとることによって居酒屋業態の中ではもはや敵なしというところまできたといえる。
しかし、ファミリーレストランと居酒屋の中間業態を確立したワタミにとっての競合は居酒屋という小さな枠組みではなくファミリーレストラン、さらには外食産業全体に目を向けなければならない。接客サービスに関しても同じことが言える。
渡邉氏は「ファミリーレストランと居酒屋のそれぞれ半分づつがこの潜在市場に集まり、近い将来6千店1兆円の新たな市場が再編される。」とこの新業態のマーケットを分析する。そして「ワタミはその半分の3千店、5千億円を取り、2010年には1千店舗展開、2020年にはグループ50社で売上高1兆円を目指す。」と宣言している。
この壮大な目標を実現するには、出店エリアを首都圏の国道16号線の内側をから全国的に展開する必要性がおのずと出てくる。また、居酒屋やFR以外の業態への多角化にも迫られるだろう。そのためにはワタミの「心」、「ビジョン」を共有できる人材をいかに確保し、優れた人材に育成していくかが大切になってくる。
また、居酒屋の中では差別化を生んだ同社のサービスだが、お客の目にそれが差別化されて写っているかは疑問である。差別化という視点は、競合他社に対して品揃えや価格がどういいか、勝っているのかというものであり、そこにお客は不在である。差別化を叫びながら結局は同質化に陥り、お客から見れば何がどのように違うかわからない同じタイプの店がたくさん出来上がっている状況がある。サービスは提供した側ではなく、される側が感じることであり、そうでなければサービスはサービスでなくなってしまうのである。
そういった点で言えば、実際、数回和民に立ち寄り調査をした際、サービス面や商品に他店との差異がそれほど感じられなかった。
ワタミがサービス、商品の差別化を売りにしていたとしてもお客がそう感じなければ売りにも戦略にもならない。
たとえば、カジュアルレストランなどで見られるお客一人一人を個としてとらえ接客する手法はワタミにも取り入れるべきである。そして、たとえワタミであっても、接客態度の悪い従業員がいれば魅力が半減する事を忘れてはならない。外食産業は最終的に人と人のつながりあいのビジネスであるのでこのような点からみても人材の育成、確保は重要なのである。
「スカイラーク」や「ロイヤル」(ロイヤルホスト)などのファミリーレストランという業態の枠を超えている大企業やCVSなどの中食市場との競争が激化するなか、ワタミの発展はこれからも続いていくだろう。しかし成功している現状に満足せずに、数ある課題に様々な方向から挑んでいかなくてはいけないと考える。ただの自己満足で終わらないために、更なる顧客満足のために、お客の立場にたって経営することを忘れてはならない。
参考文献
国友隆一著『よくわかる外食産業』日本実業出版,1997年
茂木信太郎編著『フードサービス10の戦略』商業界,1999年
茂木信太郎著『外食産業テキストブック』日経BP出版センター,1996年
株式会社グロービス編著『MBAマネジメントブック』ダイヤモンド社,1995年
おおやかずこ著『おいしさの革新』柴田書店,2000年
多摩大学総合研究所・(社)日本フードサービス協会編『フードサービス経営を考える』実教出版,1993年
高杉良著『青年社長上・下』ダイヤモンド社,1999年
渡邉美樹著『前略・・・。』東洋経済新報社,2000年
根城泰著『この会社をブレイクさせた5つの理由』同文館,2000年
アタッカーズビジネススクール編『大前研一のアタッカーズビジネススクールパート3』プレジデント社,1999年
神奈川新聞社編集委員室編『外食革命』かなしん出版,2000年
『ワタミフードサービスホームページ』
『日経ネット』
『北の家族ホームページ』
『YAHOO FINANCE』
『モンテローザホームページ』
『日本経済新聞』2000年9月16日朝刊
『日経流通新聞』2000年4月20日朝刊
『日経流通新聞』2000年9月26日朝刊
『日経流通新聞』2000年9月28日朝刊
表2
出展:茂木信太郎著「外食産業テキストブック」日経BP出版センター,88−89頁
[i] 『日経流通新聞』2000年4月20日朝刊
[ii] 以下「和民」と表記した場合、『居食屋和民』をさし、「ワタミ」と表記した場合、『ワタミフードサービス』をさす。
[iii] 『ワタミフードサービスホームページ』,「当社の近況について(2000年8月)」
[iv] 茂木信太郎著『外食産業テキストブック』日経BP出版センター,1996年,86−90頁
[v] 「家計調査」の調査項目として、「食料」の中に外食が設けられたのは1951年であり、1953年より、営業施設での消費支出である「一般外食」と「学校給食」の内訳区分が設けられた。表に見る「外食比率」は「学校給食費」分を含んだものであり、「一般外食比率」はこれを除いたものである。
[vi] 「家計調査」の食料支出の内訳項目として「調理食品」が設けられたのは1963年からである。
[vii] 茂木信太郎著,前掲書,91―102頁
[viii] 国友隆一著『よくわかる外食産業』日本実業出版,1997年,20―21頁
[ix] 茂木信太郎編著『フードサービス10の戦略』商業界,1999年,256―257頁
[x] 第二次ブームを担う新興居酒屋チェーンには、ワタミフードサービス(居食屋和民),モンテローザ(白木屋,魚民),コロワイド(甘太郎,三間堂),マルシェ(酔虎伝,八剣伝)などがある。
[xi] 神奈川新聞社編集委員室編『外食革命』かなしん出版,2000年,30頁
[xii] 『日本経済新聞』 2000年9月16日朝刊
[xiii] 『北の家族ホームページ』,『YAHOO FINANCE』より作成
[xiv] 『ワタミフードサービスホームページ』
[xv] 神奈川新聞社編集委員室編,前掲書,30頁
[xvi] 『ワタミフードサービスホームページ』
[xvii] 茂木信太郎,前掲書,256―257頁
[xviii] 「T・G・Iフライデーズ」は世界49カ国にレストランチェーンを展開し、高いレベルのサービスとポピュラープライスを実現している。米国内の店舗では、お客の2割が月4〜5回来店するリピーターで、これが売り上げの66%を占めている。創業以来35年たった現在でも、既存店の売り上げは前年比103%を維持しており、ワタミの目指す方向と合致している。
[xix] 神奈川新聞社編集委員室編,前掲書,47−49頁