はじめに

ラジオやテレビドラマ、コマーシャルはもちろん、外出先の店内やコンビニエンスストア、喫茶店など、どこからでも音楽が聴こえてくる現在、もはや音楽は日常生活に密着したものになっていると言っても過言ではない。こういった様々なメディアや試聴機などで、自分の気に入った曲があればCD店に行き、すぐに目当ての曲を買い、聴くことが出来るのは普通のことなのである。

レコード会社が製作した音楽ソフトをユーザー(注1)に提供する媒介となっているのが、一般にCD店、レコード店と呼ばれる音楽ソフト小売店である。音楽ソフト小売店(以下CD小売店)は、主にCDを中心にレコードやカセットテープ、その他のアクセサリを販売する小売店を言う。現在、日本国内に既存するCD小売店の数は6000店以上(注2)にもなる。これらのCD小売店の全ては、同じ商品を販売しているため、そこには自然に競争が生じるのは言うまでもない。

しかし、そのような音楽ソフト小売市場に多大なる影響を与え、目立った活動をしてきたのはHMV(株)(注3)やタワーレコード(株)などの外資系大型CD店である。

本稿では、従来の音楽ソフト小売店のありかたを変えた外資系大型CD店の中でも、無駄のない活動、新たな試みを行い続けているHMVを対象とし、その研究を通じて外資の勝因を明確にすると共に、CDの売上低下という問題へのHMVの対応について考察を進めていくものとする。

尚、本稿は、諸参考文献、新聞・雑誌記事やインターネットと共に六本木のYAMADAビル、HMV本社3Fにて行った独自のインタビュー(200095日、10時〜12時人事課の村山氏)とアンケート(2000923日、新宿にて男女100人を対象に行った)に主に依拠していく。

 

第1章      外資系大型CD店の時代

 

第1節 外資系大型CD店の登場

外資系大型CD店の日本進出は、1980年頃から始まった。当時の日本は、アメリカに次ぐCD(レコード)売上第2(注4)の音楽大国だった為マーケットが大きく、世界の外資はこの日本の潜在的マーケット資本に目をつけたのである。まず、1980年にタワーレコード1号店が札幌にオープンしたのを初めに、1981年にヴァージンメガストアが新宿にオープン、その3ヶ月後にタワーレコード2号店が渋谷にオープンした。そして、1990年にイギリスでトップを極めたHMVが渋谷にオープンしたことにより、日本は外資系大型CD店時代へと突入することとなった。

 これらの外資系大型CD店が日本に進出する以前にも、もちろん日本には(株)新星堂を初めとする国内CD店は存在していた。しかし、外資系大型CD店の派手な拡販活動により、国内既存の小売企業だけが音楽ソフト販売の媒介者ではなくなった。これにより、日本のユーザーは自分たちのニーズのより多くに答えてくれる外資系大型CD店へと流れ、国内CD店は押されつつある(図1参照)。

 そもそも、外資がこれほど日本に浸透できたのは従来の日本の音楽市場になんらかの隙があったからであり、拾いきれなかったニーズにうまく対応することにより日本での成功を収めるに至ったのである。では、その日本の音楽市場の隙とはなんだったのか。即ち既存の国内CD店では達成できなかった顧客満足たる外資の勝因について考えてみよう。

 

第2節    外資系大型CD店の勝因1 店舗規模・大量在庫

 その原因の一つとして、店舗規模がまず挙げられる。これは、外資系大型CD店と当時の国内CD店の決定的な違いであった。というのは、外資系大型CD店登場以前の日本のCD小売店は、30坪で中型店、50坪で大型店とされていた。そこに登場した外資勢は、例えばHMV渋谷1号店は411坪、タワーレコード渋谷2号店は1500坪というようにいずれも単位は100坪で、ケタ1つ異なっていた。これは、外資系大型CD店1店舗あたりが、国内大型CD店の712店分に相当することになり、規模の違いは明らかに一目瞭然であった。

 この店舗規模は店内在庫量に比例するものであり極めて重要となる。即ち、外資系大型CD店は初期在庫(注5)にしろ、入荷枚数にしろ国内CD店の何倍という大量な在庫量を抱えることが可能となるのである。その為、品切れはほとんど無く、ジャンルごとの品揃えの豊富さに、国内CD店はかなうはずも無かった。これは、数年前までCDの総生産枚数が好調だった理由の一つとして、外資系大型CD店の出店功勢が関わっていたことが分かる。

 また、地価の下落や大店法の規制緩和により、大規模な出店に伴うデメリットはもはや無く、国内CD店は既にこの時点で外資の後を追う形となった。

 

第3節       外資系大型CD店の勝因2 品揃え

 外資系大型CD店の日本進出以前、国内CD店のメインは邦楽であった。当時の日本では1982年にCDが登場し、その後85年におニャン子クラブ(注6)がヒット、86年にカラオケボックスが流行した。そして、89年にはTBS系の「いかすバンド天国」(注7)の盛り上がりでバンドブームがピークを迎えたこともあり、邦楽CD売上は好調であった。その一方で、日本には、1966年にビートルズが来日以来、71年はピンクフロイドやレッド・ツェッペリン、87年はマイケル・ジャクソン、マドンナ、そして89年にはローリング・ストーンズといったように次々と海外大物アーティストが来日し、84年にはTBS系で洋楽専門チャンネルの「MTV」が放送され、洋楽は日本にどんどん浸透してゆくと共に、洋楽CDへの需要も高まっていった。ところが、前述のように国内CD店は在庫量も希薄で主に邦楽を扱っていた為、少しマイナーな洋楽になると商品が無かったり、品切れが発生したりしていた。そこに登場した外資系大型CD店は、輸入盤や洋楽国内盤をメインに取り扱い、持ち前の広い売り場面積による大量在庫で、今までにない圧倒的な量と品揃えで販売し始めたのである。(注8)そのことに加え、当時は円高の影響から輸入盤は国内盤CDよりも1000円以上安く買えたため、外資系大型CD店の立地状況から主要なユーザーである若年層に対してのメリットもあった。これらのことは、ユーザーのあらゆる種類のCDをより安く、取り寄せなくてもすぐに買って帰りたいというニーズに完全に一致した。これにより洋楽CDの売上は急速に伸び、一気に身近なものとなり、ユーザーは次々に外資系大型CD店へと足を運んだ。その後、外資系大型CD店が邦楽も豊富に置くようになると、客足は一層外資へと流れた。

 このように、外資系大型CD店が、国内CD店をよそに日本のユーザーを引きつけ、一気に浸透した要因は、以上のような店舗規模やそれに伴う大量在庫・品揃えの充実さに見受けられる。これは、従来の邦楽CDソフトを取り扱っていた国内CD店に、CDを大量に輸入するノウハウがなかったことが大きく関わっている。(注9)

 

第4節 外資の勝因3 販売促進物

 しかし、外資系大型CD店の勝因は以上のことだけに留まらなかった。大型外資には国内CD店には無かった新たな販売促進アイテムを持っていたのである。 

その1つとして挙げられるのが試聴機である。外資系大型CD店が日本に進出する以前、国内CD店に試聴機は置かれていなかった。それゆえ消費者はFMラジオやテレビ音楽番組で聴いてチェックした曲を買うというパターンが多く、聴いたことの無いCDを買うのはコアなユーザーだけであった。当時の国内CD店が試聴機導入に積極的でなかったのは、「試聴機で聴かれたら買われなくなってしまう」という発想があったからだと考えられる。その当時、日本には既に試食の制度は行われていたので、国内CD店はそういった食品とCDとは異なった商品性質だと考えていたに違いない。こういった、聴いてみて気に入れば買うというある意味当然の消費行動が理解できず、いつまでもCDに特別な商品価値を置いているという凝り固まった発想が、外資系大型CD店にリードを許す決め手となった。

実際に、試聴機に入れたアルバムは途端に売れ行きがグンと伸びだしたのである。今まで全く売れていなかったものが、試聴機に入れると2週間で在庫の全てを売り尽くすこともあり、試聴機に入っていない状態と比較すると、売上が最大で15(注10)ほど伸びるといわれているほど購入に及ぼす影響が大きいのである。内容の分からないアルバムを賭けで購入していた人や、TVやラジオで音楽をチェックする余裕の無い音楽ファンにも試聴機がこの点をクリアーした。そして、これが小沢健二やスガシカオといった渋谷系のヒットと結びつく。当時の渋谷系はマイナーであった為、レンタルショップでは発注されず、チェックするには渋谷のCD店にある試聴機が一番手近だった。

次に、フリーペーパーが挙げられる。フリーペーパーとは、POPS、ROCKを中心に新譜情報やアーティスト情報、ミュージシャンのエッセイなどが掲載されている販促のための頒布用無料雑誌のことである。外資系大型CD店の発行するフリーペーパーは、今や音楽誌をはるかにしのぐ部数のメディアへと成長した。例えばタワーレコードのフリーペーパーである「bounce」が25万部(注11)、HMVジャパンの「THE MUSIC MASTER」は35万部注12)と広告媒体としてもかなり有効なものであった。インタビュー、特集ページなどは音楽誌の編集者やライター、評論家などが起用されていることもあるが、記事の大部分は社員のバイヤーによって書かれている。メーカーの広告出稿やタイアップも関係してくるが、基本的にはバイヤーの厳しい批評眼が入るため、音楽誌よりもユーザーサイドに立った記事となっている。また、音楽誌との1番の違いは、音楽誌よりも取り上げるアーティスト・CD量が多く、幅も広いことである。その上、外資系大型CD店のバイヤーならでわのチェック力でまだ日本ではマイナーなアーティストを紹介することもある。部数の多いフリーペーパーはアーティストの認知度を高めたり、また、新しい流行を起こすだけの力を持っていた。いまや、国内の大型CD店のいくつかもフリーペーパーを発行しているが、情報量・発行部数共に外資系大型CD店には到底及んでいない。

そして、最後にキャプションが挙げられる。キャプションとはCDアルバムに店員が推薦文を添えたPOP(注13)のことである。外資系大型CD店は立地場所も渋谷や新宿など流行に敏感な場所にあることが多く、トレンドに敏感なユーザーはキャプションのついたCDをいち早くチェックし、そこから火がつき急激に売上を伸ばすアーティストも現れた。外資系大型CD店はこのように町の性格に合わせて独自のカラーを創り出し、前述の渋谷系の流行もここから生まれた。

以上のように、外資系大型CD店は、ゆったりと広く、見やすい店内、豊富な在庫、店のディスプレイや外装、広告もおしゃれで、試聴機やフリーペーパー、店員のPOPなどを参考にでき、選び・買う楽しみを提供し、日本進出から2年ほどで若者を筆頭に世間的にもすっかり認知され、特に若者たちにとっては単なるCD店ではなく、それ以上の付加価値(注14)を持つ場所となったのである。

そして、フリーペーパーやキャプションにも見られるように、外資系大型店は自身での情報発信を意識しており、音楽ムーブメントが外資系大型CD店から起こることが多いのは、販促ツールとして有効なメディアをもっていたからなのである。

次に、このようなメディアを有効に活用した外資系大型CD店の中でも、最も積極的に活動しているHMVジャパンについての考察を進める。

 

第2章  HMVジャパン

 

第1節  HMVとHMVジャパン

HMVは、1921720日、レコード会社EMI(株)(注15)を傘下にもつEMIグループのCD小売店として、ロンドンに第1号店をオープンしたのが始まりである。その後、60年代における音楽文化の隆盛を受けてイギリス国内での活発な店舗展開を行い、69年までにはロンドン市内だけで15店舗をオープンさせるまでに至った。そして現在のところ、イギリス国内におけるHMVのシェアは約26(注16)で、実質的にはほぼ独占状態にある。また、今でこそ当たり前となっている試聴機を初めて導入したのもHMVであった。

イギリス国内での成長の後は積極的に世界へも進出していき、90年代に入るとアジア地区への進出も本格化した。1990228日にはアメリカに次いでパッケージソフト(注17)市場の大きい日本に、EMIグループによる100%資本、資本金25000万円(注18)で、HMVジャパンが設立された。そして同年11月には主要購買層である若者の集まる街、渋谷に第1号店をオープンさせたのである。その後HMVジャパンは1991年、横浜・仙台に出店したのを皮切りに、近郊都市・地方都市への出店も開始した。

また、1995年にはHMVによって、「広く、モダンで、明るい店内、見やすい商品レイアウト」をコンセプトとした、インターナショナル・ストア・デザイン・コンセプトが確立され、現在、全世界のショップで採用されている。

20009月現在、HMVは日本を含め、世界で270店舗以上を展開し(注19)、今後はアジアにおいては台湾への進出も本格化するとされており、新規市場への参入にも積極的である。

一方、本年2000年に10周年を迎えたHMVジャパン(以下HMV)は、20009月現在、国内29店舗を展開している。店内にあるイベントスペースでは、店舗自体の楽しみを高め、ユーザーの購買意欲を喚起することを目的としたインストア・イベントとして、ライヴやサイン会、握手会などが随時催される。そしてCDにはバッジやステッカー、ポスター等をつけるなどして付加価値をつけることが多く、また、各種値下げキャンペーンも随時行っている。その他、HMVメンバーズカードとしてポイントサービス(注20)も行っているが、このような販売促進活動はタワーレコード等、他の外資系大型CD店も行っており、その類似は否めない。街頭でのアンケートによると(アンケート結果1・2参照)、HMVにもタワーレコードにも特に固執せずに店を選んでいるという人、そしてCD小売店を選ぶ際には、駅や家から近いことを第一条件とする人が多かった。このことは、同じような活動を展開している外資系大型CD店にあまり大差はなく、ほとんどの人が立地利便性で店を選んでいることを示唆しているといえる。即ち、現在のCD小売店の店舗展開において要となっているのはロケーションであるということが分かる。

 

第2節  出店・ロケーション

CD1枚当りのマージン率は、国内盤でいうと25(注21)である。一般に、小売業者のマージン率(注22)2040%程度とされており(注23)25%という数字の低さを物語っている。「このような低マージンのもと、いかにバックマージン(注24)を高くとり、コストを押さえ、最終的な利益を出すかがCD小売店にとって重要な課題である。」と村山氏は語る。また、HMVは、先行投資(注25)ではなく、そこから生まれた利益によって新たな出店を行っているのであり、利益なくしては出店も行わないのである。HMVは現在、先にも述べたように国内で29店舗を展開している。これは、新星堂レコード店約240店舗、タワーレコードの46店舗と比較すると少ない。しかし2000年内に4店舗、更に年明けには首都圏に1店舗をオープンさせる予定であり、このように続々と出店を行うということは、それだけHMVは利益を出しているということであろう。そしてその出店を行う際、HMVにはコストやリスクを最小限にしようとする思惑があるようだ。

新しく店舗を出店する際には、家賃(注26)や備品、初期在庫の用意等、一定のコストがかかるものである。それに加え、その前にはコストを伴う市場調査が不可欠であり、これを行うことによって、その地域でどれだけの利益が見込めるか等、将来の経営状況を見極めるための判断基準としている。しかしそれによって得られた情報は絶対的なものではなく、たとえコストをかけて出店しても、予期していた通りにはならないこともある。即ち、出店にはコストだけでなく、リスクも伴うのである。

そこでHMVは、タワーレコードが出店し、なおかつ成功している地域に自らも出店を行っている。これにより市場調査に伴うコストが削減できるだけでなく、地域性や売上状況等の実際情報を、タワーレコードを通じて得ることができ、故に、リスクを最小限に食い止めることができるのである。なおかつその際、店舗をより駅近辺に配置することで、立地利便性によってCD小売店を選んでいるユーザーを獲得することが可能となるのである。

また、売上高を比較してみると、98年度においてHMVは約260億円、タワーレコードは約360億円となっており、100億円程の差がある(注27)。しかし、この時の店舗数はHMVが21店舗、タワーレコードが38店舗となっており、17店舗もの大きな差があったのである。1店舗当りの売上高を目安として出してみると、HMVが約12億円、タワーレコードが約95千万円となり、HMVの方が多い。以上のことにより、HMVは一つ一つの店舗が大きな売上を出しており、今後さらに出店を進めていけば、総売上高においてもタワーレコードを追い抜くことが出来るのではないかと予測できる。

 

第3節              ドミナント的出店方法

HMVの出店に関する戦略として挙げられるもう一つの方法に、ドミナント的出店がある。これは、同一エリア内に複数出店を行う方法で、「エリアでのナンバーワンをめざす」という方針に基づいている。この方法が採用されているエリアとして銀座や池袋などが挙げられるが、特に銀座において、その有効性が発揮されている。

銀座には、HMV銀座とHMV数寄屋橋の2店舗があるが、両店舗は道を挟んでほぼ向かい側に位置する。本来ならば、これは互いの売上に支障をきたすことになり、利益の伸びは余り期待できない。しかし銀座に集まる人々の多様性と店舗のロケーションとが合わさり、そのような状況に陥ることはなかった。HMV銀座は駅から1分の場所にあるため、主なユーザーは会社帰りのビジネスマン等であり、HMV数寄屋橋は阪急百貨店の中にあるため、昼間に立ち寄る買物客等が多い。このように、同一エリア内でも両店舗のピーク時間・客層は異なり、ドミナント的出店効果がここに見られる。

 

第3章  問題点と今後の展開

 

第1節  CD売上の伸び悩みとその対応

 ここ数年、CD全体の売上が伸び悩んでいる。(図2参照)「これは、不景気であると同時に、CDの主要購買層である若者達が、お金を携帯電話やPHSといったコミュニケーションツール(注28)の使用料金に使ってしまい、CDにあまり使わなくなってしまったからである。」と村山氏は語る。そのような状況の中でHMVは売上を伸ばすために店舗販売とは別に、異なった流通チャンネル(注29)であるオンライン販売に目を向け、力を入れている。オンライン販売とは、インターネットなどのネットワーク上にヴァーチャル店舗(仮想店舗)を設置し、ユーザーに好きな商品をEメールなどで発注してもらい、受注した商品を発送するものである。HMVは原則として在庫を持たず、ユーザーから受注したCDは直接輸入業者や、卸売業者に発注し、発送は運送業者に委託して商品を届けている。

HMVがオープンしたオンラインショッピングサイト(注30)は、国内盤、輸入盤を含め、67万タイトルものCDを扱っており、新星堂(20万曲)(注31)、タワーレコード(11万曲)(注32)などに比べてもそのデータベースの大きさは豊富で、オンラインCDショップの中でも最大級である。更に今年中に12万タイトル(注33)を追加する予定である。

オンライン販売には、3つの利点がある。まず1つ目として、採算が取れないという理由から店舗に置かないCDを販売できることが挙げられる。限りある店舗スペースの中では、ユーザーのニーズが少ない旧譜やマイナーレーベル(注34)などのCDを店舗に置くことはできない。しかしオンライン販売を行う事によって、販売見込の少ないCDを店舗に置かなくても、ユーザーから注文があった時にだけCDを発注し、販売することができるようになる。ユーザーにとっても店舗に置いていないCDが、自宅で好きな時に購入できるようになるのは利点である。2つ目に、新たな客層を取り込める可能性を持っている事が挙げられる。現在、CD小売店に足を運ぶのは流行に敏感な特定の購買層(1020代の若年層)が中心となっている。それはCD小売店が確実に売れる見込みのあるCDを優先的に大量に売り出そうとする傾向にあるからである。それに対し、3040代の中高年は欲しいCDが置いていない、落ち着いてCDを選べない、忙しくて店舗に足を運ぶ時間が無いといった理由から、CD小売店離れが起きている。オンライン販売は、そのような中高年層が自宅で安心して、自分の欲しいCDを買える事ができ、今までCD店に行きたくてもいけなかった購買層にCDを購入してもらうことが可能となる。3つ目に、新しいプロモーション経路ができる事が挙げられる。今までは、店頭のフリーペーパーなどが主な広告手段だったのだが、インターネットからも情報を発信する事ができ、ユーザーにとっても、CD小売店に足を運ばなくても自宅で情報を見ることができるようになった。現在、「CDの販売売上は、予想通りの伸びを見せている」と村山氏は語る。

また、HMVは、オンラインショップを単独のヴァーチャル店舗としていちづけるのではなく、むしろ、店頭販売とオンラインショッピングが相乗効果で成長していくものとして見ている。HMVは今まで、ロケーションが良く、CDの商品レンジ(注35)が広ければユーザーは自然に足を運んでくるだろうという考え方から(注36)、ユーザーの管理をしていなかった。しかし、CDの売上が伸び悩んでいる現在、HMVは個々のユーザーに対して直接プロモーションをかける必要が出てきた。そこでオンライン販売を行う事によって、ネット上でCDを購入してくれたユーザーのデータ管理をし、例えば新譜の情報をダイレクトメールで流して店舗誘致する等のプロモーションをかけていく事が可能になった。と同時に、店舗に来てくれたユーザーには、オンライン販売のプロモーションを実施したりと、店舗とネットを組み合わせることで店舗の来客数の増加や、一人当たりのCD購買単価の増加などの効果が出ると見ている。

 

第2節    デジタル配信普及とその対応

 インターネットなどのネットワークを使ってCDを販売するオンライン販売に対し、インターネットなどのネットワーク上から音楽データそのものを有料で配信するデジタル配信の出現により、音楽市場が大きく変容しようとしている。これまでCDは、パッケージメディア(注37)に代表されるモノとして、レコード会社から卸売業者、そしてCD小売店へと、一定の物流ルートを経由し、ユーザーに渡っていた。しかしデジタル配信はモノを介さず、音楽情報の形で音楽をやり取りすることができ、レコード会社からインターネットを通じてユーザーに渡るといった、今までとは違う流通ルートで楽曲を売買できるようになる。ユーザーの立場から見ても、従来は、CDを買う場所はほとんどCD小売店に限られていたが、デジタル配信によってユーザーは自宅でいつでも好きな時に好きな楽曲をダウンロードし、パソコンのハードディスクなどに保存して音楽を聞く事ができるという魅力を持っている。現在これだけCDが普及し、歌詞カードやパッケージへの愛着、ハードウエア(注38)の充実があり、加えて、デジタル配信は未だ解決できてない様々な問題(注39)を持っている事から考えると、今すぐCDの需要が急激に落ちるといった事は考えにくい。しかし、最近の急速なインターネット環境の整備から考えると、このような問題は数年先には解決されてしまうだろう。今後こうしたインターネット環境の向上でデジタル配信が音楽市場でシェアを伸ばしていくと、パッケージを主に販売するCD小売店にとっては大きな問題となる。

 この問題に対し、HMVは音楽配信を脅威ではなくチャンスと見ている。現在、日本ではアーティストの楽曲の原盤権をレコード会社や所属プロダクションが持っているという理由から、レコード会社主導でデジタル配信が始まっている。HMVは、権利がレコード会社に所属していない独立系やインディーズ(注40)のデジタル配信を始めているが、近い将来、権利がオープン市場に移行するマーケットの時代がくると見ており、そうなったときに専属アーティストにとらわれず、全ての楽曲をカバーできるCD小売店のほうが有利と考えている。なぜなら、ユーザーはレーベル(注41)で曲を選んでいるのではなく、アーティストやジャンルという尺度で選んでいるからである。HMVとしては、今は新しい市場が出てきたときにスムーズに移行できる様にオンライン販売でそのノウハウをつみ、いずれは配信ビジネスのリーダーになりたいと考えている。

 

おわりに

 以上、HMVは外資系大型CD店として日本に登場して以来、国内CD店のあり方に多大なる影響を与え、外資系大型CD店の特徴である店舗規模・大量在庫・新たな販売促進物を武器にユーザーのニーズにしっかりと応えた。そしてその結果、ユーザーの支持を瞬く間に確保し、国内CD店を追い抜き、急成長を遂げてきたのである。

しかし、CD全体の売上の伸び悩みという、全てのCD小売店に降りかかる大きな問題が発生した。これを解決すべく新たなユーザー獲得に向け、HMVは、既に述べたように店舗販売の他にオンライン販売やデジタル配信にも目を向け、業界の中でも迅速な対応を遂げたのである。このように音楽を提供する為の流通チャンネルを幅広く持つことにより、店舗へ行く時間がない、等の問題を抱えるユーザーを含め、「音楽を聴きたい」と思う、より多くの人々に応えることが可能となったのである。

また、オンライン販売やデジタル配信を契機として来店したユーザーや、立地利便性だけを理由に来店したユーザーを取り込み、固定客化へと繋げる為には、他のCD小売店と大差ない販売促進活動を行うだけではなく、店舗内容をより充実させ、更なるユーザーのニーズに応える必要がある。そうすることは店舗の独自性、即ちブランド性を確立することとなり、ユーザーの獲得に大きく関わってくるのである。例えば、元々試聴機に入っていたCDだけでなく、自分の聴きたいCDも試聴できるようにする等、音楽をより楽しむことの出来る空間を提供することで店舗のアミューズメント性が高まり、このことがHMVブランドとなるのではないだろうか。

 

 

<参考資料>

 ■アンケート分析結果

    10代〜30代を中心とした男女100名に行った、新宿でのアンケート結果である。

(1)HMVとタワーレコード、どちらの店に行きますか。


 


(2)どういった理由で音楽ソフト店を選びますか。


 

 

 

 

 

 

 


■図1

   

■図2

    

 

<参考文献>

■文献

 梅田勝司著『最前線 音楽業界知りたいことがスグわかる!!』こう書房、2000

 三野明洋著『最新 業界の常識 よくわかる音楽業界』(株)日本実業出社、        2000

 小之内正著『インターネットで変わる音楽業界』株式会社アスキー、  2000

 小野郁夫著『一目で分かる外資系企業の系列と勢力地図』       (株)日本実業出版社、1992

 村田昭治著『マーケティング用語辞典』日本経済新聞社、1987

 HMV内部資料(FW時配布)

 

■ 新聞記事

 日経流通新聞 2000819

 日経流通新聞 1999112

 日経産業新聞 19991013

 日経産業新聞 1999921

 

■ インターネット 

 HMV『http://www.hmv.co.jp

 TOWER RECORDS『http://www.towerrecords.co.jp

 新星堂『http://www.shinseido.co.jp

 日本レコード協会『http://riaj.japan-music.or.jp



(注1) 音楽ソフトを買う人。

(注2) 日本レコード協会資料より。

(注3) HMVとは、「HIS MASTER VOICE」の略。直訳は、「彼の主人の声」となり、蓄音機に耳を傾けている犬のニッパーのエピソードを象徴している。日本では、(株)ビクターがニッパーの使用権を持っているが、イギリスではHMVが使用権を持っている。HMVジャパンでも今後使用権の取得を望んでいる。

(注4) 日本レコード協会より。

(注5) 出店の際に準備している在庫。

(注6) 国生さゆりや渡辺真理奈が所属していた人気アイドルグループのこと。

(注7) アマチュアバンドを対象とした音楽番組。

(注8) 不良在庫は一般に、overstockobsolescenceに区別される。Buyingを精確・緻密に行えば、ある程度のoverstock(ヒット商品などの仕入れ過剰)は防ぐことができる。しかし、obsolescence(陳腐化・時間とともに廃れて売れなくなっていくもの)は必ず発生する。これについては、ある一定の予算内で値引き処理を起こして特価セールとして販売するというのが普通である。また、在庫管理のcentralizeが可能になれば、不良在庫の偏在は防げるようになるため、大量在庫だからといって不良在庫が多いとは一概に言えないのである。

(注9) HMV本社でのインタビューより。

(注10) 文献『最前線 音楽業界知りたいことがすぐ分かる!!』より。

(注11) 文献『最前線 音楽業界知りたいことがすぐ分かる!!』より。

(注12) 文献『最前線 音楽業界知りたいことがすぐ分かる!!』より。

(注13) POPとは、販促物の一種。

(注14) 待ち合わせ場所、デートスポットなど。

(注15) EMIとは、「Electrical usical ndustry」の略。

(注16) HMV本社でのインタビューより。

(注17) 形として存在する音楽ソフト。

(注18) HMV『http://www.hmv.co.jp』より。

(注19) 現在、日本のほかにイギリス・アメリカ・カナダ・アイルランド・ドイツ・香港・オーストラリア・シンガポールで展開中。

(注20) 買い上げ額1000円毎に1ポイントがつく。50ポイントで2000円引き、100ポイントで4500円引きとなる。

(注21) HMV本社のインタビューより。

(注22) 売上高に占めるマージン(販売価格から仕入原価を差し引いた差益)の割合。

(注23) 文献『マーケティング用語辞典』より。

(注24) 利益の一部を小売店に払い戻す形の値引きのこと。

(注25)

(注26) HMVはビル内にテナント形式で入ることが多いため、その際には家賃がかかる。

(注27) 文献『最新 業界の常識 よく分かる音楽業界』より。

(注28) 意思の伝達手段の道具

(注29) 流通経路のこと。

(注30) HMV『http://www.hmv.co.jp』より。

(注31) 新星堂『http://www.shinseido.co.jp』より。

(注32) TOWER RECORDS『http://www.towerrecords.co.jp』より。

(注33) 『日本流通新聞』2000年5月30日より。

(注34) 小規模なレコード会社のこと。

(注35) 商品の品揃えのこと。

(注36) 大型店なので,商圏が広すぎるということも一つの要因になっている。

(注37) 店頭や通信販売されるパッケージに収められた市販のソフトウェア。

(注38) ここでは再生機器のこと。

(注39) デジタル配信はまだ始まったばかりなので問題点も数多くある。最も問題とされていることが3つある。1つ目は通信速度が遅いことが挙げられる。アクセスしても現在の電話回線を介したネットでは、20数分かかってしまう。実際、SMEの場合、ホームページへのアクセス数は60万件近くに達しているが、ダウンロードをためらったり、終了が待ちきれずに中断したりして実際に購入するのは約1万人にとどまっているという。2つ目に値段が高いことが挙げられる。現在、音楽配信で楽曲を買う時1曲約350円である。CDのアルバムが約15曲入って3000円であることと比べても値段が高く、しかも曲選びや購入手続きにかかる電話料金やプロバイダへの接続料金を含めるとかなり高くなる。3つ目に配信される楽曲の数が少ないことが挙げられる。まだ参入していないレコード会社があったり、参入しているレコード会社でも全ての楽曲を配信しているわけでもないので、消費者にとっては使い勝手が悪いのである。

(注40) 自主制作版を主として活動している、レコード会社と契約していないフリーアーティストなどの総称

(注41) レコードの製作・販売を行う組織の名称。