横井勝彦『国際武器移転の社会経済史』
(日本経済評論社、2022年3月刊)

  • 目 次
    序 章 国際武器移転の社会経済史
    第Ⅰ部 帝国主義期の軍拡と武器移転

    第1章 イギリス海軍と帝国防衛体制の変遷 -帝国防衛と武器移転の同時展開-

    第2章 帝国主義期イギリス社会と海軍 -英独建艦競争の舞台裏-
    第Ⅱ部 両大戦間期「軍縮下の軍拡」と武器移転

    第3章 日英間の武器移転-センピル航空使節団の日本招聘を中心に-

    第4章 軍縮期の欧米航空機産業と武器移転

    第5章 再軍備期イギリスの「死の商人」

    第Ⅲ部 冷戦期の国際援助と独立インドの自立化

    第6章 インド財閥のめざした自立化の取り組み-シーパワーとエアパワー-

    第7章 米ソの戦略的武器移転とインド航空機産業

    第8章 冷戦期の国際援助とインド工科大学の創設

    文献リスト
    あとがき
    索引

    概 要
     本書は、武器移転の世界展開を経済史の視点より解明することをテーマとしている。武器の拡散・膨張は現代世界が直面している深刻な問題である。にもかかわらず、その実態はほとんどが我々の認識や監視の圏外にある。武器貿易の拡大とその地球規模での生産拠点の拡散はなぜ起きるのか。本書は、このような問題意識に基づいて、武器移転の国際連鎖を経済史の視点より追究している。
     武器移転とは、完成兵器以外にもライセンス供与や技術者の受入・派遣・養成と軍事要員の訓練、武器の運用・修理・製造能力の移転、共同開発による兵器技術の所有権の移転、さらには密輸までの広範な内容を含み、武器の輸出入国の政府・軍・兵器企業、さらには非国家主体などの戦略や相互関係を総合的に捉えるための概念である。それは武器貿易のような用語よりもはるかに多くの内容を含んでいる。
     本書では、「武器移転の国際連鎖の100年」を三期に分けて考察している。
     第Ⅰ部では、第一次大戦以前の帝国主義時代の特徴として、次の二点を指摘した。一点目は、諸列強の軍備拡張(建艦競争)を支える総合的民間兵器産業の誕生である。二点目は、この時代には武器取引や軍備管理に対する包括的な規制が整備されていなかったという事実である。以上の点を踏まえて、第1章では、兵器企業が「自由に」展開した国際武器移転がイギリスの帝国防衛政策をも大きく規定した事実に注目し、第2章では、「世界経済の相互依存関係の深化によって戦争は非現実的なものになりつつある」と主張するノーマン・エンジェルの経済主義的国際平和論と軍備拡張(建艦競争)を支持する英独の圧力団体やプロパガンダ組織の主張との絶望的な議論の乖離を紹介している。
     第Ⅱ部では、両大戦間期、とりわけワシントン・ロンドン海軍軍縮以降を対象に、航空機分野での日英・日独間の武器移転、ヴェルサイユ体制下でのドイツの秘密再軍備、軍用機生産拠点の新興欧州諸国への拡散などに論及し、この時代を「軍縮下の軍拡」と位置づける。第3章では、特に日英関係の変化に注目した。航空分野の国際競争が激化する中で、イギリスはその地位を低下させていったが、一方の日本は軍事的自立化を追求して武器移転のチャネルを多極化していった。第4章では、戦後の欧米航空機産業が財政逼迫と軍需の消滅によって大幅な縮小を余儀なくされる中で、欧米各国政府の支援による武器移転が1930代後半の再軍備の条件をどのように準備していったかを考察している。続く第5章では、第二次大戦前夜のイギリスを舞台とした「死の商人」論(兵器産業批判)の顛末を紹介している。当時のイギリス政府の最重要課題は、ナチス政権の再軍備に対抗してイギリス政府が再軍備計画を滞りなく推進すること、より端的に言えば、壊滅的状態にあった民間兵器製造基盤を武器輸出によって再建することにあった。だが、「死の商人」論自体は問題の本質に到達する前に、再軍備と戦争勃発によって消え去り、次の議論は1960年代アメリカの「軍産複合体」論まで持ち越される。
     第Ⅲ部では、冷戦期を対象として、軍事援助を背景とした米ソの戦略的武器移転と、それを巧みに利用して軍事的自立化を目指したインドとの関係に注目した。第6章では、インド政府の国有化政策に先立ってインドの汽船海運と民間航空の自立化を強力に推進した財閥の存在に注目した。だが、第7章で指摘したように、インドは1960年代から軍事援助と武器移転の両面でソ連への依存を強め、冷戦後も兵器国産化は達成できずに、今日まで世界有数の武器輸入国であり続けてきている。
     冷戦期米ソの戦略的武器移転は、決して対象国の軍事的自立化を手助けするものではなかった。それは文字通り「戦略的」であって、ソ連もインドを自国陣営に取り込むことを一義的な目的としていた。では、自立的工業化と軍事的自立化を担う高技能人材は、援助の受益国インドにおいてどの程度確保されたのか。第8章ではこの点を英米独ソ4カ国の援助によって設立されたインド工科大学5校に注目して考察したが、結局、インドは軍事的にはソ連への依存を強めつつ、高技能人材に関しては、ネールの期待に反して、アメリカへの頭脳流出を拡大していくこととなった。
     19世紀西ヨーロッパに端を発する工業化の世界史において、技術移転が果した役割については多言を要しないが、ほぼ同時期に始まった世界の軍事化と武器移転が引き起こした「負の連鎖」との関連については、これまで経済史は何も語ってこなかった。今日、ロシアのウクライナ侵略という戦後の国際秩序を破壊する暴挙を目の当たりにして、冷戦後の武器貿易の拡大と背後にある兵器生産拠点の拡散、さらには巨大兵器企業に流れ込む膨大な利益がどのようにして齎されてきたのか、そうした議論を除外することは最早許されない。本書が有効な視座を提供できれば幸いである。