改正選挙法三悪

 今回、我国で初めて実施される小選挙区比例代表並立制に疑問を持つ人は多いのではないだろうか。イタリアでも同様の小選挙区比例代表制が導入されたとき、その最初の選挙でいずれの政党も同選挙制度の廃止を主張した。真っ当な政党なら選挙制度改正こそ公約の第一に掲げるべきである。しかし、共産党を除いてこれを公約に掲げている政 党はない。

 各報道機関が新選挙制度の仕組みを分かりやすく説明することに腐心する一 方で、選挙戦で選挙制度改革は争点にすらあがらなくなっている。それどころか、これ まで同一選挙区内で競合してきた保守系候補者間では小選挙区・比例区の住み分けがな され、呆れたことに次回の総選挙まで視野にいれた住み分けの協定(コスタリカ協約?!) が行われているという。このぶんでゆけば来世紀もこの制度で選挙を行うつもりでいる らしい。しかし、今回の選挙制度施行には、三悪ともいうべき致命的欠陥があり、違憲 状態を生み出す可能性が濃厚である。

 三悪とは、まず、第一にわかりにくい。今回の選挙制度を10分程の立ち話でわかり やすく説明しようとすることは至難である。重複、惜敗率などは、図表で架空の選挙区を想定しながらでなくては上手く説明することができない。投票率の低さが7%のデモクラシーなどといった言葉を生み出してきた昨今のアパシーを考えると、制度の難解さは、ますます、無関心を助長するのではないかと心配である。私が住んでいる埼玉県では県の選挙管理委員会が新しい制度を説明するビラを新聞に織り込んでいる。しかし、なんとそこで説明されている事項は次の3点だけである。一つは、新しい選挙区(比例 区・小選挙区)の区割りであり、有権者がどの選挙区に入っているのかを説明するもの。 そして、小選挙区はクリーム色の投票用紙に候補者氏名を書くということ、もう一つは比例代表は水色の投票用紙に政党名を書くということ。驚いたことにここでは重複も、惜敗率も説明されていない。どうやら、選管は無効票を減らし、少しでも円滑に票の集計ができるようになることばかりを考えているようである。これだけ制度が大きく変わ ったにもかかわわらず、行政の側にはその内容を周知徹底させるための努力とか姿勢と いうものが余りといえば見られない。民間の報道に委せっきりと言っても差し支えある まい。わかりにくく、しかも解らせようとする努力に欠ける。これ三悪の第一である。

 第二に、重複立候補は有権者にとっても、候補者にとっても不公平な制度である。例えば、ある小選挙区で候補者全員が比例区にも重複立候補しており、しかも、その全員が比例区の名簿で高い順位にいる場合には、その選挙区からは複数の候補者を国政に送 り出す可能性が高くなる。現に無風区となった東京2区では2名の代議士を国会に送り出せることが投票前から確定的となった。300の小選挙区に対して200名の比例代表がいるのだから、単純計算をしても選挙区の三分の二は結果論として複数の地域代表を持 つことになる。しかし、逆に見れば残りの100の小選挙区では1人の代表しか送れな いということになるのである。このように重複立候補や並立制は一票の格差を必然的に 生みだし、しかも、その格差は2対1を上回る可能性が極めて高い。この有権者にとっ ての不公平は、候補者にとっての不公平でもある。比例代表の名簿の上位にいる者の全てが各党の有力者によって占められているからである。こうなると与党の有力議員は前政権の失政によりいかなる非難を国民から浴びようとも、名簿で上位にさえ位置づけられていれば落選することはまずない。かつて小選挙区は政権の選択を可能とすると言わ れたが、並立制により失政の免責を可能としてしまったのである。選挙とは人の入れ替 えであり、新人を通すということと共に前職を落とすという点にこそ、その機能が求め られるべきである。しかし、現行の制度は新人には明らかに不利であり各政党のベテラ ン議員に有利なのである。

 第三に問題なのが惜敗率である。これは重複立候補に加え比例区名簿で複数の候補に同じ順位を認めたがために生じた苦肉の策である。また、名簿順位を惜敗率という予測困難な数値に託すことにより、順位決定という困難な作業から責任逃れしているのであ る。激戦区であればあるほど、次点の候補者の惜敗率は高くなり、比例区で有利となる わけである。しかし、例えば、同じ惜敗率80%でもそれが何万票の有権者の支持によ っているのかは選挙区によって異なってくる。本来、比例代表は一議席あたりの得票数が等しくなるようになっているものである。ところが、並立制では各比例ブロックの定数配分の算出方法と、各政党の候補者の名簿順位を決定するための算出方法とが、異な るのである。しかも、それぞれが異なった性格による有権者からの得票に依拠している。 これは投票する側にしてみると、いかにも釈然としないものがある。つまり、小選挙区で託した一票とは同じ選挙区内での他の政党の候補者からの比較検討から投じられたものであり、決して、名簿上同順位の同じ政党の他の候補者と比較検討した結果、投じら れたものではない。ある特定の候補者を支持するのであるならば、小選挙区に出ようが、比例区に出ようが、その候補者を支持することに変わりはあるまい。しかし、比例区では政党に投票するのに、名簿上同順位ということになると、同じ政党の候補者同士を小選挙区での惜敗率で競わせる結果となるのである。こうなってくると、一体、一票に何を託せばいいのかが曖昧になる。本選挙制度の仕組みを理解した上で、いや、良く理解 したからこそ、改めて、やはり、わかりにくいのである。これ、改正選挙法三悪の第三である。

 以上述べてきたように、この制度はわかりにくく、行政は国民の理解に努めようとはせず、しかも、解れば解るほど不可解な仕組みであり、おまけに、最悪というよりは違 憲ですらある。この妥協の産物を二一世紀にまで持ち越すような醜態は絶対に避けるべ きであり、選挙制度の改革を是非とも行わなければならない。ねがわくば総選挙後の国会で本選挙制度が議員立法により改正されることを祈るばかりである。

 以上の文章は投票前(10月17日)に書いたものです。友人の勧めによりメーリン グリストに投稿することにしました。当然、異論・反論もあろうかと思いますので皆さ んのご批判・ご意見をお願いいたします。                             川島高峰  1996年10月21日