情報教育を通じた地域(静岡県水窪(みさくぼ)町)活性化への学生参画

ネットワークによるNPO型シンクタンクの試み

 

(かわ) (しま)  (たか) ()

明治大学情報科学センター

takane@isc.meiji.ac.jp

 本報告は、過疎化が進行する静岡県水窪町の地域活性化の具体策について学生にインターネットを活用し考案させ、そのプレゼンテーションを課題として行なった教育・研究についての報告である。実施時期は本年、前期開講の授業である。その際、以下のことに留意した。

 第一は、大学の人文・社会科学における情報教育全般に共通する方法論の提示。第二に、学生に対する動機付けの方法。第三は、複数授業の統合(1)、大学の教育・研究と学外との提携による新しい大学のあり方の模索である。次に各項について述べてゆきたいと思う。

 

1 履修学生の状況

 報告者が明治大学で担当している情報基礎論Tは理工学部を除く全学部共通の科目である。履修上の位置付けは各学部により異なる。履修年次は一・二年生であり、報告者の場合、火曜二時限が農学部の学生68名、金曜一時限・二時限が法学・商学・政経・文学・経営の各学部39名の計108名である。

 さらにこれに加えて和光大学経済学部で担当している講座「行政のシステムと運用」の受講者約50名が前期末から参加した。和光の学生は行政学について一定の知識を有するので、先行した明治の基礎論については授業用Webの閲覧により、従前の展開を理解させ、前期の末に簡単な課題を行なわせた。そして、夏期休暇により高度な課題を与え、後期より本格的な参加を予定している。

 なお、明治の学生の成績は下記の通りである。

 

点 数

人 数

90点以上

21

80点以上

29

70点以上

36

60点以上

 3

19

合  計

108

 

前期1315回の授業時数で各ソフトの操作を取得し、問題意識をもって課題作成に取り組むのは「基礎」論としては明らかに内容的に高度である。しかし、今後、

高等学校までの情報教育が充実することを鑑みると、基本リテラシーは取得済みとなった学生に対する教育を想定することが必要であろう。

 

2 情報の組織化

 大学における情報教育の基本理念とは、少なくともコンピュータ使うことではなく、コンピューター何かをすることでなければならない。つまり、情報技術の高度化そのものは、本来の目的ではない。

 典型的な弊害は目的意識が伴わないままに行なわれる言語・プログラミング教育である。現在、これについては様々な教育手法が考案されているが、文系に限ってみると、事実上、情報教育の「第二外国語化」となる嫌いがある。そこで、文系の情報教育をスキルの高度化ではなく「情報の組織化」という観点から考え直す必要がある。

 

情報の組織化

段 階

テーマ

教育内容

レベルT

情報収集

情報検索

レベルU

情報分析

エクセル・ワード等

レベルV

情報発信

情報倫理、HP作成

レベルW

応答性ある発信

(情報社会への参加)

プレゼンと相互評価

レベルX

実社会への参画

学外との接点の構築

 

 「情報の組織化」とは情報教育の理念を「価値形成から意思決定に至る手段として情報のテクノロジーを教授すること」と位置付け、その過程を情報の収集、分析、発信、応答性ある発信、実社会への参画の発展段階として定義したものである。

 

3 教育・研究・学外の三者提携

 教育・研究の提携については、一般に“学生との対話が研究への刺激になる”という曖昧で感覚的なことが言われるにすぎず、教育・研究に具体性ある連携を構築しようとする傾向は余り見られなかった(図T参)。また、学生意識調査といったタイプの研究でも、調査結果の授業へのフィードバック、さらにその結果に対する学生による議論といった双方向的な試みは少ない。調査後の展開を講義に反映させることは、情報化を前提にしないと授業運営は困難である。

 また、この種の報告は、しばしば、学生アンケートの結果を報告しているだけといった批判が向けられ、学術的には過少に評価される傾向がある。それは学生調査報告の類が多様な主体間での連携に欠け、言わば「手前味噌」の印象が拭えないからである。この従来型の「閉ざされた」教育の最大の問題は、学生のモラルが上がらない点にある。

 

〔図T 従来型の閉ざされた教育

 

 

 これに対し、開かれた教育は実社会への参画の糸口を授業の中に構築する。ネットワークの世界の所謂バーチャル・リアリティ(仮想現実性)は、この構築の敷居を低くしたと言える。今日、図Uに想定した各主体(学生、教育、研究者、研究対象、学外組織)は、いずれもネットワークで容易に相互通信が可能であり、教員が適切なしかけを用意すれば、可能性は著しく拡大すると言える。

 

〔レベルXの教育〕

 

 そのためには、そもそも、このしかけを教員が全て首尾よく準備しなければいけないという発想から脱却する必要がある。一般に文系教員には大教室での講義が教授法のイメージとして強く定着している。しかし、完璧な講義ノートを事前に準備するという発想では、却って学生の意欲を削いでしまう部分がある。

 この実社会への参画方法として、報告者が最低限に事前に用意したのは、静岡県水窪町の関係者、並びに地域活性化問題に関係する学外の団体として戦略経営研究会(2)、この二つとの関係の構築、並びに、教育・研究への協力要請である。

 協力要請に際し単に教育への協力であれば、相手方に殆どモチベーションはない。ポイントは高齢・過疎の地域社会が、地域外の若者から見た時、どのように見えるのかという点にある。

 この他にも、学生・若者の視点にニーズを持つ主体を見出すことができるはずであり、そのような領域に情報教育の新たな可能性があるだろう。

4 学生への動機付け 「水窪ってどんなとこ?」

 学生の殆どが水窪町のことを知らない、というのは好都合である。最初の課題はインターネット上における水窪に関する情報収集(URLコレクション)である。その提出課題を教員がまとめて、水窪リンク集を作成し、その公開と同時に「水窪について考えるページ」を作成した。これにはその後の重要な仕掛けとなる掲示板を設け、さらに水窪町関係者、戦略経営研究会、報告者の間でメーリングリストを設定した。参考に掲示板でのやり取りの件数を下記に示しておく。

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 第二の課題は、町の財政についてである。そもそもも、多様な学部の履修生からなる受講者に地方財政に関する共通認識を求めることはできない。そこで「財政力指数」、「公債費比率」の用語の意味をネットサーフで調べさせ課題で提出という方法をとった。報告者は座学スタイルの行政学の講座も教えているが、明らかに講義スタイルで教えるよりも、ネットで主体的に調べさせた方が学生の理解は深かった。勿論、誤った情報による理解もあるので講義でフォローすることが必要である。

 理解の深度の手助けとして、教員のHP(3)に日本の約3200の地方自治体について100項目に関する数値データ(エクセル・ファイル)を用意し、これをダウンロードできるようにしておいた。かくして、第三の課題として、水窪の財政の特徴を他の市町村と比較して定義させることにした。この際、エクセルの並び替え、オートフィル等について事前に教授しておくことが必要である。

 私見に従うと、動機付けとは「主体的な定義への取り組み」のことである(4)。自己の欲求を主体的に説明できること、つまりは自己規定である。

 課題に対する動機付けの仕上げとして、水窪町の「キャッチコピー」を考えさせ、その標語と理由(定義)を課題として与えた。つまり、学生各自による主体的な水窪の定義である。

 この標語を掲示板に公開し(学生名は出さない)、戦略経営研究会、水窪関係者に感想を書いてもらうことで、最終課題作成へのモチベーションとした。この掲示は学生にとって他人の発想を知る機会でもあり、モチベーションの向上にも益する。

 キャッチは大きく四つのカテゴリーに分けることが出来た。やはり、最多が「自然編」であり、自然、緑、森をキーワードとする。第二位が「ふるさと伝統編」であり、「いやし」、「やさしい」をキーワードとし、あきらかに都会人が里山に期待するイメージを想定している。第三は、「財政・高齢編」であり、前二者とは反対に否定的評価であり、「未来の危うい町」、「高齢化進み この先どうする」などかなり厳しいものであった。第四は他の何れのカテゴリーにも入らない「個性編」である。国体の山岳競技開催地、山岳競技で町おこしを、といった具体性ある提案も見られた。

 

5 水窪町の現状と小規模自治体の地域活性化 

 ここで静岡県水窪町の簡単な紹介を行っておく。同町は静岡県最北端の長野県南信濃村との県境に位置する。東京からのアクセスはかなり悪く、新幹線で浜松まで2時間、遠州鉄道に乗り換え西鹿島まで40分、そこから車で2時間弱である。しかし、自然は豊かであり、地名の通り水資源に恵まれ、2000m級の山々に囲まれた町内の標高差は1000m以上に達する。町内に生息するカモシカは推計で2000頭前後とされている。

 人口は1955年の10,947人をピークに、2000年度には3723人となり、近年、年間100人のペースで減少している。2000年の高齢者率(65才以上)35.2%、十年後には50%に迫る。過疎化・少子化・高齢化の進行が著しく、人口密度は13.72人である。

 歳入39.4億円のうち地方税が3.4億円、地方交付税が19.7億円を占める。公債費負担比率15.9%、町債35.3億円に上る。かつては林業が基幹産業だったが安価な外材に押され、林業は経営するほど赤字が出る現状である。このため林業不振から間伐が遅れ、治水・治山が悪化するという、全国の山間部過疎地域に共通する問題に直面している。

 日本の約3200ある自治体の約半数が人口一万人未満である。今後、合併で小規模自治体の数が減るとは言え、多くとも数百が減るに過ぎないだろう。それは単に市町村の数が減少するだけであり、高齢・過疎の地域の減少を意味するわけではない。むしろ、そのような地域は今後、いよいよ増加するのである。

 高齢・過疎・財政難の問題に直面し地域活性化を模索している自治体は数多く存在する。本授業のような試みはこのような自治体のニーズに極めて適合すると言える。

 第一に、施策を模索するとしても、そのような手段が行政内では様々な理由から制限させている5。民間シンクタンク等への外部委託も予算が限られ、困難である。そもそも民間の営利団体にとって、弱小自治体は魅力ある営業の対象ではない。

 第二に、そのような地域の殆どが若者の人口流出に直面しており、内部から若い世代の声を拾うことが困難である。また、密接な地域社会では意見表明が困難である。従って、外部からの学生の意見は、極めて刺激的である。無責任であるからこそ言える率直な意見は、貴重ですらある。おそらく、小規模自治体の殆どは若者の外部評価を受けた経験は皆無だろう。

 第三に、学生にとって自分たちの声が「必要とされている」という実感は、確実に意欲をあげる効果を持つ。

 

6 プレゼンテーションの実際 

 前期最終課題は水窪町の地域活性化についてのプレゼンテーションであり、これを以って前期試験とした。スライドは「タイトル、名前」、「テーマの定義、理由」、「具体的な方法宣伝方法」、「長所と短所」、「結語」の5スライドの構成を最低要件とした。

 次に採点方法の特色であるが、発表時に学生にも採点表を配布し、他の学生の発表を聞くだけではなく、採点するという形で評価に参画させた。評価の着眼点は内容の質、調査の量、プレゼンの演出効果(スライドの質、話法)の三点を各5段階評価する。採点の配分は学生相互間の評価〔30%〕+関係者の評価〔30%〕+教員の評価〔40%〕の配分とした。関係者の評価については、戦略経営研究会から茂木正光氏(司法書士)を発表会に招いて採点をしていただいた。

 このような採点方式を事前に周知徹底させておくことは、課題作成に対する意欲を刺激させる点で極めて重要である。

 提案された内容は、知名度をあげる方法、既存の観光資源の改善、グリーンツーリズム、山村留学・フリースクール・林業学校・自然教室等の自然環境の教育事業への利用、特殊な観光政策(映画際、芸術空間演出、民話の里)、既存の特産品の改善、町のキャラクター設定、山岳競技・綱引きの大会開催等々多種多様であった。

 

7 確認された効果と今後の展開 

 ネットサーフは自己選択による情報検索に過ぎない。このためインターネットの「無限」な情報に対し、閲覧している世界の幅は意外と狭いものである。これに対し、水窪の地域活性化という極めて困難な課題に取り組むことで、自己の選択を広げさえすれば、インターネットが思考の道具となり得ることを体得させることができた。日本の各地で地域活性化という困難な問題に取り組んでいる多くの事例を見ることで、何よりもあきらめずに問題解決に取り組むという姿勢(世の中にはかくも色々なことを思いつきなんとか改善に取り組もうとしている事を知るということ)を学んだ点は大きな収穫である。都市空間だけが生活空間ではないのである。

 最短の大都市浜松からさえ約3時間かかる水窪は、地域活性化を考える対象として非常に困難なケースである。簡単に訪問もできない。このことがネットワークを生かした授業実践の意義を増したと言える。学生の多くが課題に取り組むうちに、オンラインで遠隔の地と「つながる」ことの醍醐味を感じた。また、今ひとつ重要な点として、「現地に行きもしないで」論じることの虚偽を実感したことである。

 都会人が「田舎」に求める「いやし」と「里山」のイメージが、いかに独善的で、地域が抱えた困難に目を向けない手前勝手名な欲求かということに気づき、その上で、さらに何か具体的なことを提言するという現実感覚に、初めて責任感が培われるのである。学外との接点を教育に設ける意義はこの一点に尽きると思う。

 当初、パワーポイントのファイルを水窪町関係者に送り、これを見ていただき感想をもらい、さらにこれを後の授業展開へつなげようと考えていた。ところが、水窪町でパワーポイントを見ることができる環境が充分にはないことが判明した。そこで、後期は前期の学生に対し、プレゼンの内容をもとにHPを作成させ、これを水窪関係者に閲覧していただこうと考えている。

 今ひとつの効果は、水窪地域の人々にとってである。外部の若者がとらえた地域の可能性、問題点が提示されたのである。その中で都市住民にとって財産と映る自然環境が、地域住民にとって価値あるものとして認識されていないという認識の格差が判明した。これは後期以降の教育・研究・地域の提携による展開で埋めてゆきたいと考えている。

 

8 NPO型シンクタンクを目指して 

 注目すべきは、他の自治体での施策実例の紹介(その際、水窪での実施の可能性の検討を含めるように指導)が、多かった点である。海外の事例も含まれ、現実に町関係者が視察を検討することになる事例(軽井沢町星の温泉ピッキオ自然教室)もあった。つまり、学生の提案の多くは一定の根拠を伴うのである。

 やってみて解かった当然のことではあるが、百人の学生が検索してくる情報量は一人の研究者を遥かに凌ぐという事実である。研究が一定の蓄積を持つ領域では、代表的な先行研究を抑えることで、当該領域の全般動向を把握できる。しかし、今現在、進行中の事柄であり、しかも、昨今、殆どの自治体・研究機関がWebにより情報発信をしている状況では、必要な情報の収集・検索の労力を、適切な動機付けの下に学生に分散処理させることが、教育・研究の提携として極めて有意義である。

 学生は発表の参考資料としてホームページで公開されていた各種調査報告、法条例・省令・規制等、新聞の切り抜き、他の自治体での実施例や、県庁・省庁等での事業支援策の資料を提出しており、約100名の提出量は相当なボリュームとなる。中には担当部署・問い合わせ電話連絡先まで銘記しており、このようなことは「分散処理」なくしてなし得ないと言える。

 本年末までに学生が提示した百の案を綜合化し、これを水窪町長に提出する予定である。これにより当該地域の活性化がすすむと安易に考えてはいないが、本報告で行った情報教育の手法は、他のテーマに置き換えることで様々な可能性を持つと言えるだろう。教育と研究の融合、大学と社会の融合であり、これは教育研究機関としての大学が地域社会・地域行政に対しNPO型のシンクタンクとして機能する可能性を追求する試みでもある。

 報告者は、昨年度の研究調査を契機にホームページで情報発信を行なっている全国の地方議員約700名と交流をもつことになった(6)。HP上で公開されて行われたこの試みに対し、既に他の市町村からの問い合わせも来ている。このような教育・研究・地域の提携の試みを、今後、地方議員・地方行政機関の政策補佐機関的な位置付けとして、持続していく所存である。

 情報教育において、大学とは、様々な主体と主体を「つなぐ場」である。

 

 

 

 

 

 

註 記

 

[1] 本報告に見られるような授業統合の代表的な先行事例として、岡田昭夫氏の緩和医療をテーマとした授業統合の実践を挙げておく。同氏はこれについて多くの報告を行っているが、最新のものとして「学習支援ネットワークを用いた自立的学習の展開とネットワークの自立的成長 ―医事法学の授業用ネットワークから市民運動へ―」(『平成13年度情報処理教育研究集会論文集』237頁以下)、「プシュケ・ネットの今 ―ネット上に浮遊する学校の「命」教育―」(『第10回情報教育方法研究発表会予稿集』96頁以下)を挙げておく。

[2] 全国規模の異業種交流会の一つであり定期的にオフ・ラインで研究会を開いている。メンバーは行政書士、司法書士、公認会計士、社会保険労務士、税理士等の有資格者が中心であり、経営コンサルタント方面が多い。同会のHPは、

http://www5a.biglobe.ne.jp/~senryaku/home5/

[3] 報告者のホームページのURLは、

http://www.isc.meiji.ac.jp/~takane

[4] 報告者はこれについて、本年7月私立大学情報教育協会において発表を行った。また学生への動機付けとして検索エンジンを活用した自己啓発方法として「インターネットID法」を提唱した。「新しいリテラシー教育の提案 ―検索エンジンを利用した自己啓発の試み―」(『第10回情報教育方法研究発表会予稿集』12頁以下)。

[5] 小規模自治体では、個々の行政官は密接な地域社会の空間から、政策の模索は、「思惑」を誤解されかねないとの配慮から自己規制が強い。また、日本の地方公務員のモラルは概して低い。リスク回避が行動の原則となっているため提言などは出にくい。

[6] 拙稿「インターネットと日本政治の現在」(『明治大学情報科学センター年報 第13号』頁以下)。