講和問題についての平和問題談話会声明

一九五〇年一月一五日


声  明

 一年前、戦争の原因及び平和の基礎について共通の見解を内外に表明したわれわれは、講和及び講和後の保証に関する最近の問題について再びここに声明を発する。われわれにとって、この問題の重大性は誠に比類なきものであり、その処理の如何は、思うに、日本の運命を最後的に決定するであろう。戦争の開始に当り、われわれが自ら自己の運命を決定する機会を逸したことを改めて返省しつつ、今こそ、われわれは自己の手を以て自己の運命を決定しようと欲した。即ち、われわれは、平和への意志と祖国への愛情とに導かれつつ、講和をめぐる諸問題を慎重に研究し、終に各自の政治的立場を越えて、共通の見解を発表するに到った。連合軍による占領が日本の民主化に重要な刺戟と基礎とを与えたことは、恐らく何人もこれを森認するであろう。併しながら、今後にお ける日本の民主化の一層の発展が日本国民自身の責任と創意との下においてのみ可能であることもまた疑いを容れぬところである。即ちそれは、日本国民が講和の確立を通じて世界の諸国民との問に自由な交通と誠実な協力との関係を樹立することを以て必須の条件とする。今や講和の確立及び占領の終結は一切の日本国民の切迫した必要であり要求である。  けれども講和が真実の意義を有し得るには、形式内容共に完全なものであることを要し、然らざる限り、仮令名目は講和であっても、実質は却って新たに戦争の危枚を増大するものとなろう。この意味に於いて、講和は必然的に全面講和たるべきものである。この全面講和を困難ならしめる世界的対立の存することは明らかであるが、かの国際軍事裁判に発揮せられた如き国際的正義或は国際的道義がなお脈々としてこの対立の底を流れていることは、われわれを限りなく励ますものである。更に日本がポツダム宣言を受諾して全連合国に降服した所以を思えば、われわれが全連合国との間に平和的関係の回復を願うは、蓋し当然の要求と見るべきものである。
 われわれの一般的結論は右の通りである。更にそれに関連して、われわれが真撃なる討論の末に到達した共通の諸点を左に略述するに先立ち、われわれが討論の前提とした二つの公理を指摘する必要を感ずる。即ち、第一は、われわれの憲法に示されている平和的精神に則って世界平和に寄与するという神聖なる義務であり、第二は、日本が一刻も早く経済的自立を達成して、徒らに外国の負担たる地位を脱せんとする願望である。

一、日本の経済的自立は、日本がアジア諸国、特に中国との間に広汎、緊密、自由なる貿易関係を持つことを最も重要な条件とし、言うまでもなく、この条件は全面講和の確立を通じてのみ充たされるであろう。伝えられる如き単独講和は、日本と中国その他の諸国との関連を切断する結果となり、自ら日本の経済を特定国家への依存及び隷属の地位に立たしめざるを得ない。経済的自立が延いて政治的自立の喪失の基藤となることは、論議を要せぬところであり、国民生活の低下は固より、また日本は自ら欲せずして平和への潜在的脅威となるであろう。われわれは、単独講和が約束するかに見える目前の利点よりも、日本の経済的及び政治的独立を重しとするものである。

二、講和に関する種々の論議が二つの世界の存在という事実に由来することは言を侯たない。併しながら、両者の間に一般的調整のための、また対日全面講和のための不断の努力が続けられていることは、両者の平和的共存に対するわれわれの信念を、更に全面講和に対するわれわれの願望を力強く支持するものである。抑々わが憲法の平和的精神を忠実に守る限り、われわれは国際政局の動揺のままに受身の態度を以て講和の問題に当るのでなく進んで二つの世界の調和を図るという積極的態度を以て当ることを要求せられる。われわれは、過去の戦争責任を償う意味からも来るべき講和を通じて両者の接近乃至調整という困難な事業に一歩を進むべき責務を有している。所謂単独講和はわれわれを相対立する二つの陣営の一方に投じ、それとの結合を強める半面、他方との間に、単に依然たる戦争状態を残すにとどまらず、更にこれとの間に不幸なる敵対関係を生み出し、総じて世界的対立を激化せしめるであろう。これ、われわれの到底忍び得ざるところである。

三、講和後の保障については、われわれは飴くまでも中立不可侵を希い、併せて国際連合への加入を欲する。国際連合は、少くともその憲章の示すところについて見れば、人類が遠い昔から積み重ねて釆た平和への努力の現代に於ける結晶であり、平和を祈る世界の一切の人々と共に、われわれもまたこれに多大の信頼と期待とを寄せるものである。第三回国際連合総会によって採択された「世界人権宣言」に見える如く、われわれが、そこに宣言せられた諸権利、特に社会的経済的権利を単に国内のみならず、実に国際的に要求し得るということは、われわれに新たなる勇気を与えるものである。中立不可侵も国際連合への加入も、凡て全面講和を前提とすることは明らかである。単独講和または事実上の単独講和状態に附随して生ずべき特定国家との軍事協定、特定国家のた めの軍事基地の提供の如きは、その名目が何であるにせよ、わが憲法の前文及び第九条に反し、日本及び世界の破滅にカを藉すものであって、われわれは到底これを承諾することは出来ない。日本の運命は、日本が平和の精神に徴しつつ、而も毅然として自主独立の道を進む時のみ開かれる。

 結  語

一、講和問題について、われわれ日本人が希望を述べるとすれば、全面講和以外にない。 二、日本の経済的自立は単独講和によっては達成されない。
三、講和後の保障については、中立不可侵を希い、併せて国際連合への加入を欲する。
四、理由の如何によらず、如何なる国に対しても軍事基地を与えることには、絶対に反対する。


  昭和二十五年一月十五日
  平和問題談話会


(出典)『世界』一九五〇年三月号。


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