特集 特攻の思想(第五回)

 

 

日本政治思想史

臨時代講 川島高峰

2002.11.14

全体の見取り図

「神風」の歴史

文化史的、精神史的背景

検証『特攻の思想』と『神なき神風』

敗戦に見る忠誠と反逆

911テロとKAMIKAZE 

 

1. 「大西批判をどう思うか」について 

資料@ 大西批判をどう思うか 小レポート集約

 私も読んで色々考えました「答え」を出す授業ではありませんが。

 

l         「大西」だけを批判することの意味と限界

←第一講:軍事史としての「神風への道」

←第二講:戦争の文化史としてとらえることの意味を参考

l         改めて「統率の外道」の意味を考える

人間・大西瀧治郎とは。「非人間的」もまた「人間的」。

上官に徹したのも「人間的」。いかなる思想であれ自己完結の徹底性は人を魅了する。

大西的なのか、人間的なのか…..となると、やはり人格論に入る。となると、天皇の人柄は?

l         子を持つ親として

l         批判の資格 ← そのうち講義で扱います。歴史認識の日本特有?のねじれ 

l         一億総懺悔 命によって死に、命によって生きる

 

 

2. 三村の批判はなぜ激しいのか わが青春のウルトラ・ナショナリズムへの鎮魂

資料A三村文男「一戦中派右翼学生の戦後から」

出典;『歴史評論』春秋社、1965.8

 

3. 911テロとKMIKAZE 視点の整理が限度というのが私の現状

l         形式的相違と形式的類似

相違:カウンター・フォース、ミリタリー/ノン・ミリタリー、テロと正規軍、主権国家…..

l         精神的な相違と類似 相違 天皇とアッラーか

自己犠牲の正当化に文化的なレトリックの相違以上の何かを見出しがたい。特攻は文明的と言いたいのか

しかし、偶像崇拝の否定は、天皇/天皇制への忠誠の矛盾、組織への忠誠か、観念への忠誠かといった矛盾は起きにくい、ということは言えるかもしれない。

  通常兵器化した特攻/「神に」選ばれたテロリスト

l         戦略的な相違

勝たないまでも負けない(大西の中でも変化したことに留意)911テロ:「危機のパリティ」