著者に聞く ピーター・ウエッツラーさん 『昭和天皇と戦争』〈森山尚美訳、原書房・2800円〉
『産経新聞』2002年12月1日
指針となった“皇統の持続”

 「私はハーバート・ビックス氏(『昭和天皇』の著者)のような、戦前の天皇はつねに陰にあってマリオネット(人形)を操るように軍部を動かした“戦う大元帥”で、戦後の平和主義者のイメージは偽り、という説には賛成しません」

 そうした“解釈”を論証抜きで語るビックス氏と異なり、ウエッツラーさんは、作戦を含む戦前の意思決定プロセスを防衛研究所資料などを用いて克明に跡付け、そこでの天皇の役割を浮き彫りにする。

 「確かに昭和天皇は、軍部の上奏する作戦計画を裁可するだけではなく、それを事前に知り不満があれば直させるという形で意思決定プロセスにかかわっております。しかしそれは一人の責任で決定するのではなく、自然に合意が形成されていくという日本に特有なプロセスです」

 そのことをウエッツラーさんは以前、ドイツで対日関係のビジネスコンサルタントをしていた時分に、稟議(りんぎ)制など日本企業に特有な意思決定を目の当たりにして、ヒントを得たという。

 本書では、天皇の人格形成に果たした東宮御学問所での杉浦重剛や白鳥庫吉らの教育の影響、性格が異なるとされた東條英機との意外な親近、リベラル派・西園寺公望や牧野伸顕らの政治観の実像…など“時代の中の昭和天皇”が重層的・多面的にとらえられていく。

 「杉浦らに教えられたのは、日本にあって皇統の持続の絶対的な大切さです。皇室が尊いのは、それが歴史以前から続いてきたからだ、と。その上で、時代ごとの要請と折り合いをつけていく」

 富国強兵が国家目標になった明治期以降、それは古来の伝統と西洋の文化・技術とを相即させた上で、国家の発展を目指すことだった。昭和天皇がしばしば口にされた「立憲君主制」も、西洋との対決をへた一つの折り合いだったに違いない。

 「昭和天皇にとって本当に大事だったのは、子供のときから教え込まれた皇統の持続だったと思います。軍部が勢力をもった戦前期、マッカーサーの占領時代、その後の豊かな経済時代で、天皇の態度が変わったという人がいますが、私は皇統の持続という点でつねに一貫しておられ、誠実だったと思います」(稲垣真澄)

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 Peter Wetzler 歴史学者。日本近代史専攻。ドイツ・ルドヴィヒスハフェン州立大学教授・同東アジアセンター日本学科長。1943年アメリカ生まれ。東北大学で日本思想史を学ぶ。

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