今、占領下の治安情報史料を検討する意義とは何か


川 島 高 峰
2000年4月15日



 
 二一世紀とは冷戦後責任の思想を模索する時代である。冷戦崩壊から一〇年、地域紛争は増加の一途をたどり、国際社会はいよいよその混迷を深めてきた。冷戦はイデオロギー対立を最優先事項とすることで、その下部構造に数々の争点を、冷戦秩序の下に押さえ込んできた。

 北朝鮮をめぐる東アジア情勢は緊張の度合いを極度に高めた。核開発疑惑、テポドン発射による日本領空の無通告通過、不審船に対する海上警備行動の発令など、これら日本の「周辺」で現実化した「事態」に対し、ややもすると力学ばかりに頼る論調が安全保障や危機管理の名の下、横溢する傾向にある。

 しかし、三八度線とは地表に残された冷戦の最後の痕跡であることを忘れてはならない。そして、今日の国際社会の混迷は、米ソ間の力の均衡の喪失が国際秩序の崩壊となった点を想起すべきである。何故ならば、この失われた力の均衡を再び力学により補完しようなどということが、そもそも時代錯誤だからである。

 東アジアの緊張を高めた北朝鮮による一連の行為とは、この失われた力学の補填を自力で行おうとした結果に他ならない。その代償は北朝鮮の民衆の飢餓によって払われているのである。我々は、冷戦思考に取って代わるべきもう一つの選択肢を模索すべき時に来ている。

 先ず冷戦とは何だったのかを回顧し、冷戦の責任について内省すべき時ではないだろうか。

 この冷戦責任の原点は国際冷戦が占領・被占領の関係を通じ国内冷戦を形成した占領期に求められる。わけても朝鮮戦争前後の歴史とは、かつて現実に生じた「周辺事態」において日本がいかに戦争体制へと組み込まれたのか、「有事」において国内では何が起きたのか、国内の冷戦対立は国際冷戦の対立にいかに対応し、呼応したのかを、示す真の「ガイドライン」である。

 これらの時代から改めて冷戦責任とは何かを検証する必要がある。
 それは第一に、冷戦対立の当事者として当時の諸勢力が国内冷戦は勿論のこと、国際冷戦に加担し、「熱戦」に参戦した責任である。
 第二には、冷戦に「参戦」した諸勢力がいずれもこの冷戦責任を半世紀に渡り不問とし続けた責任である。

 占領下の治安情報史料の検討とはこの不問に付された問題への取り組みであり、当時のいかなる立場の政治勢力にとっても自己批判を伴わざるを得ない性格を持つ。しかし、このような深い内省に立脚した思考であればこそ、初めて冷戦後の国際社会に強力な批判力を構築し得る。ここに冷戦後責任の思想が始まるのである。