黄昏のコロシアム

by 夏井高人


これは,週刊エコノミスト誌2001年3月13日号77頁に掲載された「テーマパークは黄昏のコロシアムか」のオリジナル原稿を,同誌の同意を得て転載するものです。雑誌掲載の文章と一部異なっています。


 その昔,横暴と贅沢の限りを尽くしたネロ帝は,ローマの市街地に放火し焼き払って作った土地に豪奢な黄金宮殿を建築した。ネロ帝の自殺後に帝位についたウェスパシアヌス帝は,荒廃しきったローマの再建のため,黄金宮殿に付属していた人工池を埋め立ててコロシアムを築造した。コロシアムでは剣闘士の闘技等が盛んに行われた。コロシアムは,パンとサーカスを求めるローマ市民のアミューズメント施設としては,カラカラ帝の大浴場と並んで,いわばシンボル的な存在と言っても良いだろう。ローマ帝国の崩壊後,コロシアムは,ブリューゲルの「バベルの塔」のモデルになってしまうまでに,あわれに崩れてしまった。それでもなお,ローマのコロシアムは,歴史的遺物そして観光資源としての価値だけは維持し続けている。

 その昔,権力と財力の限りを尽くした人々は,ハゼやキスが群れ,夏には潮干狩りでにぎわった静かな渚や干潟を埋め立てて造成した区画に,巨大なリゾート施設やアミューズメント施設等を次々と建築した。

 現在,ディズニーランドは,日本で最もメジャーな娯楽施設のひとつである。しかし,東京以外の地域に存在する同種施設では,経営破綻に陥ってしまっているところも少なくない。ユニバーサルスタジオが成功するかどうかは全く未知数である。コロシアムとの比較で考えた場合,共通点がいくつか存在する。すなわち,巨大施設を維持するには,それだけで巨額のランニング・コストがかかるということ。そして,そのコストをまかないつつ収益をあげるためには,常に刺激的なイベントを企画・実行し,剣闘士のスターのような人気キャラクターを誕生させ,ファンを確保し増加させ続けなければならないということだ。ファンを飽きさせないために,その刺激は,常に強化され続ける必要がある。だが,刺激の肥大化は,社会倫理そのものを崩壊させてしまうことがある。パンとサーカスにあけくれた人々は,自分達がコントロールできない大きな変化に対応することができなくなり,そして,ローマは滅びた。

 アミューズメントが産業として成立するためには,料金を支払ってくれる勤勉な労働者が非常にたくさん存在する必要がある。にもかかわらず,皮肉なことに,アミューズメントは勤勉さに対する毒ともなり得るのである。未来社会では,人間は労働する必要がなくなっているかもしれないが,そこには退廃と滅びしか残らないだろう。人間は,ホモ・ルーデンスかもしれないが,それだけの存在ではないからだ。

 黄昏のコロシアムは,このことを語りかけているように感じられてならない。


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Published on the Web May/28/2001

Error corrected : Jul/23/2001

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