大陽系第3惑星デラの伝説
by 夏井高人
ウルトラマンが生まれるずっと前,ウルトラの父と母が生まれるはるか以前,ウルトラの祖父と祖母がいたかどうかは分からない。そんなはるか昔のこと,大いなる銀河系の片隅に大陽という恒星を中心にした大陽系という名のちっぽけな宇宙空間があった。その第3惑星は,「デラ」と呼ばれていた。デラは,大陽系でも最も美しく,生命あふれる水の惑星だった。
ところが,デラの人々は,どういうわけか,長い間戦争ばかり繰り返していた。
人々は,最初のころは棍棒や石などで闘っていた。そのうち,金属の利用を覚え,取っ手の先に金属の刃物をくくりつけたいろんなタイプの武器を開発し始めた。時代が進むと,弾丸を発射する機械とか自分で飛んでいく槍とか,とても奇妙なものも発明して戦争に使った。新しい武器が開発されるたびに,その攻撃力も増し,戦争のたびに失われる人命の数もどんどん増えていった。そのうち,人々は,土や石の中,あるいは,毒虫や毒花の中から,不気味な薬物を創りだし,これを袋につめて投げ合ったり,機械仕掛けの鳥に詰め込んで放ったりするようになった。やがて,国中の秀才が頭脳を絞って考え出したおかげで,この種の薬物の威力が急激に,かつ,異常に進歩した。そして,たった1キロくらいの重さの薬物で,なんと1000万人もの人命を奪い,建物という建物を破壊し尽くすような恐ろしい薬物を発明するまでに至った。人々は,この薬物を「原子ポンプ atomic pump」と名付けた。原子ポンプは,それまでの薬物と全然違っていた。種になる薬物を原子的に作用させて,無限に近いエネルギーを一瞬のうちに汲み出し,それをそれまであったどの毒薬よりもひどい毒薬と共に空気中に大放出してしまうのである。このエネルギーは,本当に恐ろしい破壊力を持っていた。しかも,エネルギーの汲み上げと同時にまき散らされる毒物の威力は,その直接の効果だけではなく,残存する影響においても比較するものがなかった。最初の一撃からからくも落命を免れた者も,徐々に肉体を腐らせ,もがき苦しみながら死んでいくのである。しかし,原子ポンプを持つ者は,自分が相手より先に使えるはずだと信じていたので,まさか,自分に地獄の業火さえ消し去ってしまうような畏るべき災禍が及ぶとは思ってもいなかった。
ところが,あるとき,デラの中で1番目の大国と張り合っていた第2番目の大国にある原子ポンプ製造工場で,作業員のちょっとしたミスから大事故が起きてしまった。一瞬のうちに工場施設は跡形もなく吹き飛び,周囲100キロ四方が大きなクレーターのようになってしまっただけではなく,放出されたエネルギーと共に大気中にまき散らされた毒物がジェット気流に乗って世界中に拡散してしまったのである。そして,その後1年の間に,デラに住む人々のうち,約5分の1が死亡し,生き残った者のうち約3分の1が自分一人では生きていけないようなからだになってしまった。ああ,何とむごい・・・,神はいないのか・・・
ここにきて,デラの人々もやっと目覚めた。「すべての原子ポンプとその製造施設を廃棄しよう!」「あらゆる種類の毒物の貯蔵もやめよう!」世界中の人々がそう叫んだ。そして,そのとおりに実行された。デラにも,やっと平和の時代が訪れたかのようだった。たしかに,刃物を使った原始的で小規模な戦争は,その後も散発的に続いていた。だが,戦争によって失われる人命の数は,それ以前と比較すれば著しく減少した。とてもそれが戦争であるとは,誰も感じてはいなかった。原子ポンプも,毒薬も,弾丸を破裂させる薬物も,もうこの世の中には存在しない・・・。
そして,さらに何十年かが過ぎた。
あるとき,天文学者がいつものように大きな望遠鏡を操って美しい天空を見つめていると,いつもと何かが違うということに気付いた。天文学者には,それが何であるかがすぐに分かった。それは,デラ星人が繁栄する何千万年も前にデラの支配者として君臨していた巨大な爬虫類たちを絶滅させたという小惑星の接近であった。天文学者は,直ちに,政府にそのことを知らせた。天文学者の計算によると,あと1年で,その小惑星がデラに衝突するかもしれない。このニュースは,あっという間に世界中に知れ渡った。
それまで戦争を続けていた国々も含めて,すべての国の代表者があわてて一同に会し,議論を始めた。どうしたらいいのか?
そして得られた結論は,自分で飛んでいく機械を全部集め,一緒に飛ばして小惑星にぶつけてしまおうということだった。「小惑星の軌道を変更するのには,それだけのエネルギーで十分だ。」と科学者たちは主張した。科学者たちの考えは,何度計算しても正しかったし,実際,正しいものだった。それで,各国の代表者たちも,科学者たちの意見に従うことにしたのだ。
やがて,某国の砂漠に大きな発射台が作られ,世界中から自分で飛ぶ機械が寄せ集められ,全部まとめてくくり合わされた。徹夜の準備が幾日も続いたあと,世界中の人々がかたずを飲んでいる中,司令官が発射スイッチを入れると,ものすごい轟音と地響きともうもうたる煙ともに,その機械は,遠い宇宙をめがけて飛んでいってしまった。それからあとは,普通の人々には見えない世界のできごととなる。だが,天文学者たちは,自分の望遠鏡をかついで各国の高い山々の頂に陣取っていた。科学者の計算通りだとすると,約1か月で小惑星にぶちあたるはずだ。
発射からデラ時間で29日と3時間15分6秒が経過した。科学者たちの計算によれば,小惑星の表面にちょっとした爆発が起こるだけで,そのあとは,かすかに軌道がずれるだけのはずだった。そのわずかな変化を記録しようと,天文学者たちは必死になって望遠鏡を操作していた。
ところが,発射からデラ時間で29日と3時間15分9秒が経過した瞬間,小惑星は,まばゆい閃光とともにこなごなに砕け散った。その爆発の光景は,デラの地上から夜空を肉眼で見上げていた人々にもはっきりと見て取ることができた。それくらいすさまじい爆発だった。
たちまち,世界中の人々は,交戦中の敵国兵とでさえ,互いに手に手をとって喜び合った。「これで危機は去った!」
しかし,その一方で,世界連邦の会議場に参集していた各国の代表者たちは,直ちにお互いをののしり合い始めた。「おまえの国は,原子ポンプを隠し持っていたのだな!それを自分で飛ぶ機械に組み込んで置いたのだろう!」「いやいや,そういうおまえの国こそ,そうなんだろう!」「何をぬかすか!」「馬鹿野郎!!」
喜びもつかの間,世界は,あちこちで戦争状態となってしまった。ただし,どの国も,隠し持っていた原子ポンプの全部と弾丸発射用の薬物のほぼ全部を宇宙めがけて発射してしまっていたので,戦争と言っても,かなり原始的な様相を示すものだった。棍棒で殴り合ったり,刃物で斬りつけ合ったり・・・
ただひとり,高山に陣取っていた天文学者たちだけが,世俗の争いとは関係なしに浮き世離れの生活を送っていた。すなわち,望遠鏡をかかえて山頂に登り,相変わらず夜空を眺め続けていたのである。そして,発射から49日目が経過したころ,一人の若い天文学者がある重大なことに気付いた。
爆発によって粉々になった小惑星の破片と原子ポンプの爆発によって発生した毒物の真っ黒な雲のかたまりが,デラめがけてまっすぐに降り注ぎつつあることに・・・
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Last modified :Jun/01/1998