リンゴ国の寓話

by 夏井高人


 

 むかしむかし,あるところにリンゴ国というなまえのとても小さな国がありました。

 「どうしてそんな名前なの?」ですって?

 それは,リンゴの神様が作った国だから。

 リンゴ国は,とても平和な国で,ひとびとは毎日楽しく暮らしていました。そして,そんな平和な国を作ってくれたリンゴの神様をとっても深く信仰していました。

 さて,リンゴ国のひとたちは,戦争もなく争いもなかったので,絵画とか小説とか彫刻とか,とにかく文化的なことに一生懸命に取り組みました。何年も何百年もそうしているうちに,学者や先生も増え,「法律」というものを作ることになりました。でも,法律と言っても,たった一つの条文しかなかったんです。

 それは,「リンゴの神様を馬鹿にした者は,死刑にする。」という条文でした。

 法律を作ったひとたちだけではなく,リンゴ国のひとびとは,みんなリンゴの神様を深く信仰していたので,この法律が使われるだろうなんてことはだれひとりとして考えてもいませんでした。ただ,だれかが「となりのメロン国で法律というものを作ったそうだ」といううわさを耳にして,それではリンゴ国でもつくりましょうということになって作ってみただけだったんです。それに,「死刑にする」と決めたのはいいけれど,じつは,だれも「死刑」ってなんのことなのか知りませんでした。「なにか,とてもこわいおしおきを受けるのかな?」って,それくらいしか考えていなかったんです。だって,この法律を作ったときには,法学者がたったの一人しかいなかったんですから。その法学者は,「死刑」の意味を知っていましたが,「ひとびとがこわがって法律を作るのをやめようなんて言い出すといけないし,たぶん,この法律が使われることはなかろう・・・」と思って,その意味について質問されても,長くのばした髭をひねりながら,「それはな,まあ〜,なんというか,おまじないのようなものじゃよ。わっはっは・・・」と笑ってごまかして,だれにもそのほんとうの意味を教えませんでした。そういうわけで,何年かたつうちに,ひとびとは,「法律学者というのは魔法使いみたいになにか秘密の呪文を知っているんだ」と信じるようになりましたから,いつのころからか,リンゴ国で一番えらい法律学者が裁判大臣に選ばれるようになりました。

 そうして,さらに何年も何百年もたちました。

 あるとき,天才的な彫刻家がお城の礼拝所に飾ってもらおうと思い,何日もかかって,それこそ心血をそそいで赤茶色の大きな岩と取り組み,やっとのことでみごとなリンゴの彫刻を作りあげました。ひとびとは,それを一目見て,「さすが〜」とため息をもらしました。その彫刻家は,そこらじゅうから「天才だ」という声を受けて,ますます意気揚々としていました。この評判は,そのうちリンゴ国の王様の耳にも入りました。でも,王様は,この評判を聞いて,口では何も言いませんでしたが内心では「こりゃまずい」と思いました。何故なら,その王様は,どういうわけかとても評判の悪い王様だったからです。「このままでは,彫刻家に王座を奪われてしまうかもしれない・・・」王様は,そう思いました。

 王様は,くる日もくる日もどうしようかとさんざん考えました。でも,よい知恵がちっともわいてきません。そこで,王様は,赤いじゅうたんの階段をのしのしと下りていって「えへん」と大きく咳払いをしてから,裁判大臣に言いました。

 「リンゴの神様の彫刻を作って,自分が天才だと吹聴しているけしからん彫刻家がいるようだ。リンゴの神様を自分の都合で利用しておきながら,ますます評判をあげているようだ。どうしたら良いものか?」

 紫色のローブをまとった裁判大臣は,ちょっと考えてから,難しそうな顔をしました。それを見た王様は,ほんの少しだけ不安になって「なんじゃ?」とたずねてみました。裁判大臣は,ますます困ったような顔をして何も答えようとしません。でも,何かを言うべきか言うべきでないか,困っているような様子です。王様は,腹を立てて大きな声で怒鳴りました。「言いたいことがあれば言え!これは命令じゃ!」

 裁判大臣は,黒い羊の皮の表紙でできた古い法律書を右手でなでながら,しぶしぶ答えました。「実は,リンゴ国には,たった一つだけ法律というありがたいものがございます。」

 「ふむふむ,法律とな。それならわしも知っているぞ。それで?」王様は,裁判大臣の灰色の目をのぞき込みました。すると,裁判大臣は,王様の茶色の目をじっと見返しながら,でも押し殺したようなちょっとすごみのある声でこう言いました。「リンゴの神様を冒涜した者は,つかまえて死刑にしなければなりません・・・ただし,この法律は,これまで使われたことがございません。なぜなら,リンゴ国には,リンゴの神様を冒涜する者など,これまでだれひとりとしていなかったからでございます。」

 「死刑? な〜るほど〜」王様は,裁判大臣の目をみつめたままで大げさにうなずきました。でも,ほんとうは「死刑」っていうものが何のことなのか,王様は全然知らなかったんです。

 王様は,ちょっとだけ息を止めて,むずかしい顔で考えるふりをして,それから,ぴんと背筋をまっすぐにすると,きっぱりとした口調で命令しました。「リンゴの彫刻を作るなどというのは,リンゴの神様を冒涜するふるまいじゃ!彫刻家を死刑にせよ!」

 そうして,彫刻家は,わけも分からないうちにお城に連行されてしまいました。そして,その日の夜のうちに死刑にされてしまいました。

 翌朝,裁判大臣から報告を受けた王様は,ひとりでにんまりとしながら,お城の礼拝堂の前に立っている金のモールでかざられたりっぱなリンゴの木をながめながら,「これでよい。これでよい。」とつぶやいていました。

 ところが,リンゴ国のひとびとは,どうして人気絶頂の彫刻家がいきなり死刑になってしまったのかぜんぜん分かりませんでした。まさか王様が間違ったことをするなんてことは,全然考えつかなかったんです。とはいっても,やはり不安は不安です。「どうしてなんだろう?」ひとびとは,だんだんこわくなってきて,その理由を知りたいと思うようになりました。日を追うにつれて,町のあちこちで「ひそひそ」と噂する人や,お酒を飲みながら議論する人なんかが目につくようになりました。だんだんそれがひどくなって,誰も仕事が手につかなくなってしまいました。朝から晩まで,鍛冶屋も靴屋もパン屋もみんな仕事そっちのけで,町のいたるところで議論をしています。

 それを見た市長は,「これは困ったことだ」と考えました。そして,考え抜いたすえに,学者とか,学校の先生とか,とにかく偉いひとたち全員を町の集会場に集めて会議をすることにしました。

 市長の命令で集められた偉いひとたちは,さっそく朝から会議を始めました。でも,お昼になっても日が暮れても議論が続いています。それでも,ひとびとは,どんな結論になるのかと思って,みんな集会場の周りに集まり,息を殺してじっと中の様子をうかがっていました。夜中になってもなかなか結論がでません。そして,やっと次の日の夜明けころになって,お城から裁判大臣のお使いが集会場に到着しました。だれが呼んだのかは分かりませんが,とにかくお城からお使いがきたんです。すると,まもなく集会場の中で,「なるほど〜」という歓声が上がりました。

 ひとびとは,それを聞いて「どうしたんだろう?」と思いました。そして,かたずを飲んで見守っていると,はればれとした顔をした市長がドアの中から元気よく出てきて,きっぱりと言いました。「リンゴの形を作ったりすれば,リンゴの神様がお怒りになる。だから,法律というありがたいもので彫刻家にお仕置きをしたんです。あたりまえのことですね。」ひとびとは,口々に「そうか〜」と言い,納得してそれぞれの家に帰りました。

 翌日,だれかから「小説家が,黄色いリンゴと赤いリンゴのどちらが美しいか・・・なんてことを書いているよ。ほかのところでは,腐ったリンゴは落ちる・・・なんてことも書いているよ。さらにほかのところでは,リンゴもメロンもどちらも同じようなものだ・・・とも書いているよ。」という密告状が裁判大臣のところへ寄せられました。裁判大臣は,王様も「リンゴの神様をあげつらう者はけしからん」とお考えになるだろうと思い,さっそく,その小説家もつかまえて死刑にしました。

 その翌日,だれかから「画家がリンゴの神様の絵を描いています。でも,背中には鳥の羽のようなものがついているし,頭の上には丸い輪のようなものが描いてあって,まるでリンゴの神様のようじゃないです。」という密告状が寄せられました。裁判大臣は,何のためらいもなく,やはり死刑にしました。

 さらにその翌日には,「となりの家の女の子は,ぼくがプレゼントしたリンゴのかたちのペンダントを川に捨ててしまった。こんなに恋してるぼくを無視するやつなんか死んでしまったほうがいい。」とか「丸い顔をしたやつは,勝手にリンゴの神様をまねしているのと同じことだ」とかいうような密告状や手紙なんかが山ほども裁判大臣に届けられました。裁判大臣は,「いそがしい,いそがしい・・・」とつぶやきながら,それを全部読みました。そして・・・・

 それからしばらくたったある日のこと,王様は,白い馬に乗り,銀のふちどりのある青いマントをなびかせながら久しぶりにお城から散歩に出てみました。お城の城門の外はすぐに大きな広場があり,いつものように商人や芸人や金持ちや貧乏人や若いむすめや子供達や金貸しや税金役人や占い師や職人やそのほかいろんなひとたちでさんざんにぎわっているはずでした。

 ところが,広場をず〜っと見渡してもだれひとり見当たりません。広場のまん中には,いつもなら美しいきものを着た踊り子がくるくると踊ったりしているはずの木の台がぽつんと置いてあるだけです。王様は,なにか変だなあと思いながらも,そのまま馬を進ませました。でも,行けども行けども,家に住む人はなく,まるで町中が墓場になってしまったかのようです。いるものと言えば,せわしく飛びまわる小鳥とか道ばたにころがったワイン樽の上で昼寝をしているのらネコとか,そんなのばかりです。

 王様は,たまりかねて,お供の者たちにむかって「市長はどうした!」とたずねました。すると,お供をしていた裁判大臣が言いました。「おそれながら,リンゴの神様をないがしろにした罪で4日前に死刑になりました。」

 「そうか・・・では,ほかに誰か市民はおらんのか?」王様がたずねると,裁判大臣が言いました。「おそれながら,市民の半分は,同じ罪で死刑になりました。」

 「なんということだ。そんなに多くの者がリンゴの神様に失礼なことをしていたのか・・・で,あとの半分はどうした?」王様がすこし不安になって聞くと,裁判大臣は,「おそれながら,リンゴ国を逃げ出しまして・・・となりのメロン国に逃げ込んだのですが・・・一つだけ,メロン国には「メロンの神様を冒涜する者は処罰する」という法律がありまして・・・」

 そこまで聞くと,王様は,いきなり怒りだし,「メロンの神様を馬鹿にしたというので,死刑になったというのだな?いったい,逃げ込んだ連中がなにをしたというのだ?」と言いました。

 「はい・・・」裁判大臣は,少し縮みあがりながら声をふるわせて答えました。「みんな,メロン国の神様を信仰していないとメロン国の法律で死刑になってしまうと思い,めいめい緑色のメロンの絵を描いたハンカチを持って,それを振りかざしながら逃げ込んだようでございます。ところが,それがメロンの神様を馬鹿にする行為になるかどうかということがメロン国の役人たちの間で議論になったようでございます。そして,わがリンゴ国の考え方が判例法というものだということになりまして,この判例法と申しますのは,簡単にご説明いたしますと・・・」

 「もう分かった!」王様は,吐き捨てるように言いました。そして,裁判大臣に命令しました。「国民全部がこの国から逃げ出してしまうというのでは困る。「死刑」になった者どもをすぐに牢屋から出してやりなさい!」

 裁判大臣は,きょとんとしています。

 王様は,激怒しました。「裁判大臣! 「死刑」というのは,城の牢屋の中にとじこめておくことだろう。違うか?」

 裁判大臣は,目をむいています。

 怒った王様は,さらに続けます。「だったら,すぐに出してやればよいではないか!メロン国の王にも手紙を書いて,牢屋に入れられた者を出してもらうのだ。リンゴ国の王のいうことを聞かないというのなら,いますぐにでもメロン国と戦争開始じゃ!」

 それでも,裁判大臣は黙ったままで,顔色もどんどん青くなっていきます。

 王様は,鼻の穴をめいっぱい大きくして怒りだしました。「なぜ黙っている? 裁判大臣! むむむ,このリンゴ国の国王にさからうとは,リンゴの神様をたてまつり,一日としてリンゴの神様への礼拝を欠かしたことのないこのわしにさからうということだな。つまり,リンゴの神様を冒涜するということと同じではないか。裁判大臣,おまえも死刑にする!」

 すると,裁判大臣の両脇に立っていた刑罰役人が呆然としてつったっている裁判大臣の左右の腕をぐいっとつかまえました。もうこうなったらおしまいです。われにかえってあばれだし,「死刑の意味も知らない大馬鹿者で無知な王様に,なんでリンゴ国王立大学きっての秀才と言われているこのわたしが,そして,いずれ王様になるはずだったこのわたしがどうして死刑にされなければならないのだ。こらっ,はなせ。おまえたちは,わたしの部下ではないか。たかが刑罰役人のぶんざいで,ろくに法律も知らないくせに,このわたしに何をするんだ。無礼者!!」などとわめきちらしたり,わーわー泣いたりしてもむだなこと。さっさとお城の中に連れていってしまいました。

 それを聞いて,王様は,ちょっとだけ冷静な気分になりました。「いずれ王様になるだって?なるほど,あいつはそんな腹黒いやつだったのか・・・」

 やがて,お城の中からなにやら悲鳴のようなものがかすかに聞こえ,そして,またすぐに静かになりました。

 あたりでは,さっきと同じように小鳥たちがおおらかにピーピーと唄をうたいながら飛びまわっています。誰もない居酒屋のドアの陰から年老いたのらイヌがのそのそと出てきました。王様は,それを見ると,にっこり笑い,キジの羽かざりのついたとんがり帽子をとってゆっくりと上品に会釈をしました。そして,「では,この王がじきじきにお城の牢屋の鍵を開けて,中に入れられている者を出してやることにしよう。みな喜ぶぞ。そうすれば,わたしの人気は抜群だ。王座もますます安泰というものよ。だが,あの裁判大臣だけはいかん。ずっととじこめておくことにしよう。」とひそかに考えながら,帽子をきちんとかぶり直し,お城から出るときに乗ってきた白い馬にまたがって,うきうきとお城へ戻っていきました。

 この様子を天から眺めていたリンゴの神様は,ため息をもらしました。「こんな愚鈍な者ばかりの国を作ってしまったのは,わたしの責任だ・・・」

 そうして,大きく息を吸い込んで,ちょっと悲しそうな顔をしてから,ふ〜っと息を吹きかけると,たちまち空には黒雲がわき,地上にはものすごい大嵐が吹き荒れ,川はあふれ山もくずれ,そして,あっという間にリンゴ国はあとかたもなく吹き飛んでしまいました。

 そのあとに残っているのは,えんえんと続く石ころだらけの荒野と,たった1本の枯れかけたリンゴの木だけです。

 


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Last modified :Mar/21/1998

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