EC成功の鍵?
by 夏井高人
インターネット上での取引は,electronic commerce あるいは electronic transaction と呼ばれ,このうち electronic commerce は,「電子取引」または「電子商取引」と訳されるのが通例である。どちらの訳を使っても某省庁間の空虚な争いに巻き込まれてしまうので,ここでは,electronic commerce の略語であるECという用語を用いることにしよう(electronic transaction の略語は,ETとなるのだろうか?)。
さて,インターネット上でのECが持つ潜在的な可能性については肯定的な見解もありそうでない見方もあるが,事実の問題としては,情報化社会の一種のシンボル的存在として,様々な企業が続々とECに取り組み,そして,次々と消滅していった。とりわけ,ショッピング・モール形式によるEC実験の成果は,惨憺たるものだった。無論,成功例もないわけではなく,「日経マルチメディア」誌の1998年4月号には,成功例の特集記事が掲載されてもいる。
どうしてそのようなことになったのか?
私自身が幾つかのサイトで電子ショッピングをしてみて感じることは,ECと言っても,伝統的に存在する店舗販売や取り次ぎ等とほとんど変わらないか,場合によっては,より劣悪なサービスしか提供していないところが非常に多かった。これが原因の一つ(しかも,主要な)ではないか,という仮説を立てることが可能ではないかと思われる。
伝統的な店舗販売や人間による取り次ぎ業務では,(電話を使用している場合でさえ)まさに対面取引であるがゆえに,通常の人間対人間のコミュニケーションが介在し,これが商品それ自体の持つ内容またはサービスに附加された隠れたサービスとなってきた。ところが,インターネット上でのサービスの提供は,文字列または画像等によってなされ,しかも,それらによってのみなされるのであるから,コンテンツとして存在しているサービスに附加されるカレントのサービスというものが存在しない。たとえば,商品情報について不明な点や曖昧な点が存在するような場合,直接の対面取引では営業マンに説明を求めたりすることも可能だが,インターネット上では,ブラウザに表示されているものがすべてである。したがって,これまでやってきた直接の対面取引を前提に,これまで作ってきたカタログやマニュアルの記載程度の情報提供だけでは,明らかに不十分である。この問題は,伝統的な情報提供のスタイルしか考えられない企業は,ECにおいては失敗する可能性が少なくないということを示している。
他方,ECを担当する従業員等の情報リテラシの低さにも目に余るものがあった。私が実体験したある例では,某サイトである商品を注文したのだが,そのサイトでは,注文の確認のために電子メールが届くことになっていた。しかし,実際に届けられたのは,電子メールではなく,電話であった。電話口の従業員の釈明によると,電子メールを使うことができないということであった。これでは,その会社の(物的及び人的な)電子取引システムに対する信用が失われてしまうのは当然である。私は,その会社の商品それ自体には定評があったので,担当従業員に対して電子メールの使い方をアドバイスした上で,きちんと(電話で)契約し,その商品を購入し,丁寧に梱包されて宅配便で送られてきたその商品を愛用し,現在に至っている。とても良い買い物をしたとも思っている。しかし,その会社の電子ショッピング・サイトには2度と行かないだろう。この実例は,2つの教訓を残していると思われる。1つは,その会社は,確かに商品在庫情報の提供とい点では,インターネットを活用していることになる。その情報が存在しなければ,私がその商品を購入することはなかったのだから。2つ目は,従業員に対する高度な情報教育や情報化に対応した徹底的な組織改革がなされていなければ,せっかくつかんだ顧客も逃げてしまうということである。このように見てくると,ネットワーク・ビジネスに成功するためには,幾つかのポイントがあるように思われる。箇条書きにしてみよう。
1) 伝統的な取引形態において,現場の人間が実際に担当していたきめ細かな仕事をきちんと評価し,それをECシステムに取り込むこと
2) 契約締結の確認や決済のシステム等を担当する者の情報リテラシは,かなり高度なものでなければならないこと
3) 通常のカタログやダイレクト・メール等では得られない稀少で価値のある商品情報を軽視せず,こまめに情報提供すること
4) 何かトラブルが生じた場合の対処を誠意をもってきちんと実行できる体制をシステム化しておくことほかにもあるだろう。たとえば,サーバのパフォーマンスが低ければ,いつまでも接続が確立されず,誰もアクセスしなくなるだろう。それを改善するためには,強力なサーバの導入とか回線の増強などのための投資も必要となる。
だが,意外と上記のような簡単な基本的なことをしっかりとやることがEC成功の秘訣ではないかと思われる。普通のユーザは,内容が非常に良いのでれば,技術的な困難があってもどうにかアクセスしてみようと頑張ってみるものであるし,実際に納得できる内容であれば,取引してみようという気にもなるものである。そして,その逆もまたしかりである。ただし,これも程度の問題であるから,今後も世界規模でのインフラ整備が強力に推し進められなければならないが,それは,ECを実行しようとする個々の企業の責任領域に属する問題ではないだろうと思われる。世間では,アニメーションとか音楽のようなアトラクティブなモジュールを組み込んだホームページを作成すれば,それだけで顧客が寄ってくるかのような幻想が充満している。だが,これは幻想である。そのようなサイトに寄りつくユーザは,ブラウズを楽しむだけであり,そのサイトで契約できる商品を購入することが直接の目的であるわけではない。とりわけ,当該サイトが雑誌その他のメディアで「おもしろいサイト」として紹介されたりすると,そのような傾向がより顕著となるだろうと推測することができるし,そのような実例も幾つか知っている。皮肉なことである。
要するに,EC成功の秘訣は,そのサービスの実質的な内容の充実と足まわりの確保ということに尽きるかもしれない(おそらく,大学教育におけるインターネットの活用に関しても同じことが言えるのであろう。)。
Copyright (C) 1998 Takato Natsui, All rights reserved.
Last modified :Mar/14/1998