青梅信金オンライン詐欺事件第一審判決


東京地裁八王子支部昭和63年(わ)第1015号,昭和64年(わ)第2号,平成元年(わ)第143号,第162号,第197号,第314号,第345号,第348号,第371号,第423号電子計算機使用詐欺,背任被告事件


判        決

<被告人氏名省略:以下,被告人及び関係者氏名は仮名>

主        文

被告人Aを懲役10年に、被告人Sを懲役5年に処する。

未決勾留日数中,被告人Aに対しては370日を,被告人Sに対しては400日をそれぞれの刑に算入する。

理        由

(罪となるべき事実)

 被告人Sは,昭和50年に高等学校卒業後,東京都青梅市勝沼3丁目65番地所在の青梅信用金庫に入り,同金庫本部経理為替係に配属され,昭和54年ころの組織変更に伴い同本部事務集中部事務集中課為替係として勤務し,入庫以来当初から引き続き内国為替業務等の事務を処理していたもの,被告人Aは,昭和60年3月ころ被告人Sの実弟Bを介して同被告人と知り合い,これと規密な関係にあったものであるが,被告人両名は,共謀のうえ,

第1 被告人Sが内国為替事務を処理するに当たっては,誠実にその職務を執行しなけれはならない任務があるのに,自己の利益を図り,かつ,同金庫に損害を加える目的をもって,別紙一覧表(一)記載のとおり,昭和60年6月12日から昭和62年4月23日まで,前後16回の機会にわたリ,いずれも前記事務集中部において,被告人Sがその任務に背き,同金庫オンラインシステムの端末機をほしいままに操作し,実際には振込依頼を受けた事実がないのにもかかわらず,被告人Aが東京都港区六本木3丁目15番20号所在の株式会社住友銀行赤坂支店六本木出張所ほか2行に設けていたBほか4名名義の各普通預金口座に対し,同表加害金額欄中の日付別合計額欄記載の各金額の振込があった旨の通知を2回ないし10回に分けて発信又は予約発信し,同表記帳年月日欄記載の日に,これを受信した全国信用金庫連合会等が運営する全国信用金庫データ通信システム並びに社団法人東京銀行協会が運営する全国銀行データ通信システムを介し,右各普通預金口座の元帳に同表加害金額欄中の各振込金額欄記載の各金額を入金記帳させて財産上不法の利益を得,同表決済年月日欄記載の日に,同金庫が為替決済取引契約を締結している右全国信用金庫連合会東京営業部に設けている同金庫の為替決済預け金口座から,為替賃借決済金として同表加害金額欄中の日付別合計額欄記載の各金額を引き落とさせて決済させ,もって同金庫に同額の財産上の損害をそれぞれ加え,

第2 被告人Sにおいて,別紙一覧表(二)記載のとおり,昭和62年12月14日から昭和63年11月10日まで,前後5回にわたり(ただし,その1回目は,順次4回に分け操作),いずれも前記青梅信用金庫事務集中部において,同金庫オンラインシステムの瑞末機を操作して,同金庫本部電算部に設置され同金庫の預金残高管理,受入れ,払戻し,為替電文の発・受信等の事務処理に使用されている電子計算機に対し,実際には振込依頼を受けた事実がないのにもかかわらず,被告人Aが株式会社三菱銀行六本木支店ほか1行に設けていたCほか3名名義の各普通預金口座に同表振込金額(利得額)欄記載の各金額の振込があったとする虚偽の情報を与え,東京都港区港南1丁目9番1号所在の信金東京共同事務センター事業組合に設置されている全国信用金庫データ通信システムの電子計算機,これに接続されている東京都千代田区大手町2丁目2番2号所在の全国信用金庫データ通信センターに設置されている同システム及び全国銀行データ通信システムの電子計算機,これに接続されている同所所在の全国銀行データ通信センター東京センター又は大阪府太阪市北区堂島3丁目1番21号所在の全国銀行データ通信センター大阪センターに設置されている同システムの電子計算機,更にこれに接続されている同表記憶装置の設置場所欄に記載の場所に設置されている電子計算機に接続されている記憶装置の磁気ディスクに記憶された右各普通預金口座の預金残高を同表犯行後の預金残高欄記載の金額として財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作り,よって,同表振込金額(利得額)欄記載の金額相当の財産上不法の利益を得

たものである。

(証拠の標目)

<省略>

(弁護人の主張に対する判断等)

 被告人Aの弁護人は,同被告人は信用金庫の電子計算機処理システム(以下「オンラインシステム」という。)に関する初歩的知識もなく,本件各犯行の謀議をなし得るに必要な基本的知識を欠いていたとして,同被告人に本件各犯行の共同正犯が成立することにつき疑問を提起している。そして,被告人Sの弁護人は,被告人らの本件各犯行は,単一の意思の下に反覆継続してなされた同種の犯行であって,全体が包括的一罪を構成するものであり,平成元年3月3日以降になされた本件各追起訴は,いずれも本起訴と二重起訴の関係となり,その公訴を棄却すべきであり,また,被告人Sは,被告人Aから暴行脅迫を受けてやむなく本件各犯行を実行するに至ったものであり,被告人Sには適法行為の期待可能性が存在しないから,同被告人は無罪であると主張する。そこで,以下,これらの点についての当裁判所の判断を示すこととする。

一 まず,被告人Aの共同正犯の成否については,関係各証拠によれは,同被告人は,振込先の預金口座を自ら開設しており,オンラインシステムの具体的操作方法や仕組みについての正確な知識まではなかったにせよ,被告人Sが信用金庫のオンラインシステムの不正操作をして本件各振込をするという認識は有していたことが認められ,本件の背任罪はもとより電子計算機使用詐欺罪についても,その構成要件的事実の認識としては十分であって,被告人Aには本件各犯行の共同正犯として欠けるところはないというぺきである。

1 次に,本件各犯行の罪数について検討するに,関係各証拠によれば,確かに,被告人両名は,当初の段階で本件犯行につき謀議をなし,各犯行はいずれも基本的にはほぼその当初の謀議どおりの方法によって行っていることが認められる。しかしながら,右証拠によれば,被告人両名は,当初は多くとも数千円程度の不正振込を企図していたもので,最終的に不正振込が9億7000万円もの莫大な額になることまでは被告人両名共予想していなかったものであり,また,本件では各犯行日の直前ころにいつも被告人両名の間で電話等の方法により具体的な振込額等についての謀議がなされていることも認められるのであって,右各事実からは,本件全体が単一の意思の発現として行われたとは到底認められず,したがって,本件全体が包括的一罪を構成するものでないと解するのが相当である。そして,右のとおり,各犯行日毎にその都度,謀議がなされており,更に,右証拠によれば,同一犯行日に振込が数回に分けてなされたのは,同一口座に一度に多額の振込がなされることになるのを防ぐためなど便宜的な理由に過ぎないものと認められることなどから,本件各犯行は,同一犯行日になされた数回の振込をもってそれぞれ包括的一罪を構成し,犯行日が異なれば別罪を構成するというべきである。

2 次に,被告人Sの適法行為の期待可能性の有無について検討するに,被告人Sは当公判廷において,被告人Aが本件犯行に先立ち,昭和60年5月26日ころ,被告人Sに対し自動車内で怒鳴りつけ顔面を殴打したり,頭髪をつかんで揺さぶるなどし,「警察に行きたければ,行ってもよい。警察は一生お前のことは面倒みてくれない。俺は刑務所に入ったって,刑期が終わって出てくれば,お前だけでなく親兄弟,親戚すべてを地獄に送ってやる。今ここに硫酸を持っている。これをお前にかければ俺の気は済む」などと申し向けた後,同被告人をいわゆるモーテルに連れ込み,全裸にして写真を撮ったうえ,後日,同被告人が被告人Aの意に背けば,この写真を他に公開すると申し向けたり,同月31日ころには,モーテルにおいて,全裸の被告人Sの頭髪をつかんで引き回し,多数回蹴りつけるなどした後,更に,被告人Aの居室において,被告人Sの弟Bの面前で,同被告人に包丁を突き付け「殺してやる」などと怒号するなど,数多くの暴行脅迫を加えられた旨供述しており,この供述は大筋において信用できると考えられるところ,これらの暴行脅迫が,被告人Sをして本件各犯行を実行せしめるについて,影響を及ぼしていることは否定できない。しかしながら,被告人Sは,当時,青梅市内の自宅で両親と生活を共にしながら,勤務先の判示青梅信用金庫本部に通っていたもので,常時,被告人Aの監視下にあったわけではなく,被告人Sの供述するような右暴行脅迫の態様からみても,これがために,被告人Sにおいて,本件につき適法行為にでることが期待できない状況にあったとは考えられず,他方,この暴行脅迫から長期間経追した後も被告人Sは犯行を継続しており,その犯行動機は右暴行脅迫のみによっては説明し尽くすことはできないのであって,むしろ十分に自らの判断に基づき,その行動を選択し得る立場にあったものというべきであるから,被告人Sには,当時,適法行為にでることの期待可能性があり,その刑事責任を認め得るものと考える。

 以上の次第であって,弁護人の各主張はいずれも採用しない。

(被告人Aの累犯前科)

 被告人Aは,昭和52年10月4日盛岡地方裁判所水沢支部で詐欺罪により懲役4年に処せられ,昭和56年7月29日右刑の執行を受け終わったものであって,右事実は検察事務官作成の昭和63年11月16日付前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

 被告人両名の判示第一の各所為は別紙一覧表(一)の番号毎にいずれも刑法60条,247条,罰金等臨時措置法3条1項1号(被告人Aについては更に刑法65条1項)に,判示第二の各所為は別紙一覧表(二)の番号毎にいずれも刑法60条,246条の2にそれぞれ該当するところ,被告人両名につき判示第一の各罪について各所定刑中いずれも慾役刑をそれぞれ選択し,被告人Aには前記の前科があるのでいずれも同法56条1項,57条により同被告人の判示第一別紙一覧表(一)番号1ないし13の各罪の刑にそれぞれ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,被告人両名についていずれも同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第二別紙一覧表(二)番号1の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした各刑期の範囲内で被告人Aを懲役10年に,被告人Sを懲役5年にそれぞれ処し,いずれも同法21条を適用して各未決勾留日数中,被告人Aに対しては370日を,被告人Sに対しては400日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用は,いずれも刑事訴訟法181条1項ただし書をそれぞれ適用して被告人両名に負担させないこととする。

(量刑の理由)

一 本件は,判示のとおり,青梅信用金庫に勤務していた被告人Sとこれと親密な関係にあった被告人Aとが共謀し,同信用金庫から,約3年5か月の問に,延べ73回にわたり合計9憶7000万円もの巨額を被告人Aの設けた銀行口座に不正に振り込ませて,同信用金庫に損書を与え,自己らが利益を得たという事案である。
 その犯行の手口は,具体的方法については多少の変遷があるが,基本的には,振込手続に他人の手が全く介在しないというオンラインによる電信為替送金のシステムを悪用し,不正の振込発信をした後,その発信に見合う種々の架空の伝票類を擅に作成し,これに役席者の検印を盗捺するなどして不正の発覚を免れるという綿密かつ巧妙に計画されたものであり,その結果,9憶7000万円という金融史上ほとんど類を見ない程の巨額の財産的損害を青梅信用金庫に与えただけでなく,本件が報道されたことにより,同信用金庫の信用が著しく失墜したほか,金融機関等が採用するオンラインシステムの信用性それ自体についても民衆に不信感を抱かせるなど社会全体に及ぼした影響も大きく,また,同信用金庫の内部では,被告人Sの直属の上司が,その監督責任を取らされ事実上の解雇処分となり,長年築き上げてきた信用金庫職員の地位をも奪われるなど本件は内外に限りないほどの有形無形の損害を及ぼしているのであって,犯情は極めて悪質である。

 なお,本件犯行は,振込手続に他人の手の介在を全く必要としないオンラインシステムに内在する弱点を巧みに衝いて行われたものであるが,本件不正振込が,約3年5か月の長期間にわたり,合計21回の機会に延べ73回にわたり多数回累行され,その損害額が前記の巨額に上った理由としては,犯行が巧妙であったことのほかに,為替係の経験が豊富な被告人Sを安易に信頼し過ぎた信用金庫側の監査体制や人事件制に甘さがあったことは否めない事実であり,例えば為替精査票の個別チェックや100万円以上の高額振込の際に必要な役席者キーの管理などについて信用金庫側が規定どおりの監査を行っていれは容易に発見できたものと考えられ,その損害が拡大した一因は被害者の信用金庫側にもあったというべきであり,その意味で被害者側に落ち度が認められるが,被告人両名はこの被害者側の体制を逆手に取って不正を行い現実に巨額の利益を得ているのであって,この被害者側の落ち度が被告人両名の刑事責任に及ぼす影響については,これを過大に評価すべきてはないというべきである。そして,本件では,不正振込がなされた9
億7000万円のうち,9憶1000万円が現実に口座から引き出されて,その大部分が費消され,現存していたのは,被告人Aが仮名口座等に入れていた1700万円足らずと,不正振込金で購入した自動車程度であり,被害弁償としては,ロ座から引さ出されなかった6000万円と仮名口座等の1700万円足らずのほか,右自動車を売却した代金1500万円の含計9200万円足らずが信用金庫に返還され若しくは返還の申出がなされたのみであり,これらを合わせ考えると被告人両名の本件刑事責任は誠に重大であるというほかはない。

二 次に,各被告人に個別の情状を検討する。

1 まず,被告人Aは,自ら暴力団組織に送り込んだ被告人Sの弟Bをその暴力団組繊から救出するという名目で,弟の行動を憂慮していた被告人Sに近づき,結婚をちらつかせるなどして巧みに同被告人の女心につけ込み,弟救出の資金という名下に同被告人の約340万円の預金等を全部解約させてこれを貢がせたうえ,その預金等も底をつくと,今度は暴行脅迫を用いて同被告人の恐怖心を煽るなど,硬軟様々な方法を取り混ぜて,それまで真面目で有能な信用金庫職員として勤務していた被告人Sを実に巧みに本件犯罪に引き込んだものであり,その犯行動機も,地道な正業により生計を立てることを嫌って犯罪により安易に大金を得ようとしたもので,短絡的かつ自己中心的であって酌量の余地は全くなく,また,被告人Aは,不正振込を受けた口座をすべて掌握し,9憶1000万円を現実に引き出したのも同被告人であり,その費消状況の内訳としては,ギャンブル等の使途不明金約2憶5000万円のほか,裏付けがなされたものは,事業資金として約2憶3000万円,飲食費等として約1憶5000万円,女性との交際費として約7000万円,自動車購入資金として約7000万円,その他の個人的消費として約5000万円ということであるが,このうちの事業資金は,事業といってもほとんどその場の思い付き程度の成算の乏しいものばかりであり,結局は大金を湯水のごとくに使い捨てたに等しいものであり,被告人Sに対しては,不正取得金のうちから約250万円相当の指輪等を購入して贈与したに過ぎず,そのほとんどを被告人Aが1人で費消してその利益を得ているのであって,同被告人は本件犯行において終始主導的役割を果していることが認められ,同被告人は,詐欺罪の累犯前科を含む前科11犯を有し,暴力団構成員と親密な交友関係を有するなどその素行が芳しくないことを考え合わせるとその本件刑事責任はとりわけ重いというべきである。
 したがって,前記の被害者側の落ち度,被害弁償状況や同被告人が当公判廷において反省している旨を供述していることなど同被告人にとって有利に斟酌すべき事情を最大限に考慮しても,刑事責任の重大さに鑑みれは,被告人Aについて主文掲記の量刑はやむを得ないと思料する。

2 次に,被告人Sは,青梅信用金庫において,長年内国為替業務を担当し,部内で最も同業務に精通し,上司や部下からの信頼も厚かったと認められるところ,この信頼を逆手に取り,形骸化していたオンラインシステムの監査制度の盲点を巧みに衝き,本件犯行の手口を思い付き,これを実行し,犯行発覚を防ぐ架空伝票操作等を行っていたもので,本件犯行は同被告人の存在なくしては発生し得ず,本件犯行において同被告人の果した役割は重大である。そして,このような犯罪の遂行が可能な状況に同被告人を置いた同信用金庫の人事体制や形骸化した監査体制が,本件被害の拡大に影響していることは既に指摘したとおりであるが,その点を考慮に入れても,信用金庫や上司の信頼を裏切り長期間継続して本件犯行を行った同被告人の刑事責任は非常に重いというべきである。
 しかし,同被告人は,自らが進んで利益を得ようと本件犯行に及んだものではなく,前記のとおり,硬軟取り混ぜた被告人Aの働き掛けによって,本件犯行を犯すはめに追い込まれたものと認められ,同被告人が被告人Aに利用されたという側面が強く,不正振込金もすべて被告人Aが掌握し,被告人Sが現実に直接手にした現金はほとんどなく,同被告人が本件犯行によって得た利益といえば被告人Aから250万円相当の指輪等の贈与を受けたのみで,他はすべて被告人Aが一人で費消したものであり,これらの事情は被告人Sの本件刑事責任を論じるうえで,被告人Aのそれと対比し考慮すべきものと考えられる。
 その他,被告人Sは,これまで前科前歴が全くなく,真面目に信用金庫職員として稼働してきたこと,同被告人は,本件が発覚するや素直に己の犯行のすべてを認め,責料を提供するなどして事案の解明に協力し,当公判廷においても反省の情を示していること,同被告人の父親がその所有する土地建物を売却して,その中から甚だ僅少ではあるが同被告人の利得分として250万5000円を被害弁償の一部として青梅信用金庫に提供することを申し出ていることなど同被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められる。

 そこで,これらの情状を総合勘案した結果,被告人Sについて主文掲記の量刑をした次第である。

よって,主文のとおり判決する。

裁 判 長  裁 判 官   長  崎   裕  次

       裁 判 官   山  本   武  久

       裁 判 官   成  川   洋  司


<別紙一覧表:いずれも省略>


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Published on the Web : Mar/18/1998

Error Corrected : Mar/13/2001