ニフティサーブ電子掲示板詐欺事件判決


京都地裁平成8年(わ)第1226号,1312号,同(わ)第111号私文書偽造,同行使,詐欺,私電磁的記録不正作出被告事件


判        決

<被告人住所氏名等省略・以下,関係者名等は仮名>

主        文

被告人を懲役2年に処する。

この裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予し,その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収してある普通預金申込書1通(平成9年押第12号の1)及び普通預金新約申込書1通(同押号の6)の偽造部分を没収する。

理        由

(罪となるべき事実)

被告人は

第1 平成8年1月23日ころ,埼玉県富士見市<番地略>所在のA方において,行使の目的をもって,ほしいままに,かねてから入手していたあさひ銀行の普通預金(兼総合口座)申込書(入金票)のおなまえ欄に「B」と署名するとともに,おところ欄に「東京郡渋谷区<番地略>甲野611−D10」,生年月日欄に「47,5,17」,お勤め欄に「フリーター」,口座開設ご希望店欄に「渋谷」などと記入し,もって,B名義の右申込書一通を偽造した上,同月24日ころ,これを真正に成立したもののように装って,埼玉県浦和市<番地略>所在の同銀行ポストサービス係に郵送し,そのころ,情を知らない同係係員をして,右申込書を東京都渋谷区渋谷2丁目20番2号所在の同銀行渋谷支店に送付させ,同年2月1日ころ,同支店に到着させて行使し,

第2 平成8年2月下旬ころから3月初旬ころまでの間,前記A方において,行使の目的をもって,ほしいままに,かねてから入手していた第一勧業銀行の普通頂金新約申込書用紙のおなまえ欄に「C」と署名するとともに,生年月日欄に「47,4,2」,おところ欄に「渋谷区<番地略>甲野611−A11号」,お勤め先欄に「フリーランサー」,口座開設希望店欄に「渋谷」などと記入し,もって,C名義の普通預金新約申込書一通を偽造した上,そのころ,これを真正に成立したもののように装って,千葉県印西市<番地略>所在の第一勧業銀行マイバンクセンターS係に郵送し,情を知らない同係係員をして,右申込書を東京都渋谷区宇田川町23番3号所在の同銀行渋谷支店に送付させ,同年3月14日ころ,同支店に到達させて行使し,

第3 売買代金名下に金銭を詐取しようと企て,平成8年4月13日ころ,真実は,パソコン部品を売り渡す意思がないのにこれがあるかのように装い,パソコン通信サービス「ニフティサーブ」(以下単に「ニフティ」という。)の電子掲示板に,右ニフティ会員のCであるかの如く装って,C名義で,「今回もパーツうります。ペンチアムCPUとSIMMをまとめ買いすると一個が破格のお値段でかえるのです。購入方法は,どのパーツも,手付け金¥10000を先にしはらい,残りのお金は品物到着時に郵便やさんに払います。」などと虚偽の情報を書き込んだ上,別紙一覧表1記載のとおり,同日ころから同月17日ころまでの間に,右掲示板を閲覧して問い合せをしたDほか2名に対し,売買代金あるいは手付け金を支払えば,注文にかかるパソコン部品を郵送する旨の虚偽の内容の電子メールを送信し,同人らをしてその旨誤信させ,よって,同月15日から同月17日までの間に,前後3回にわたり,前記第一勧業銀行渋谷支店のC名義の普通預金口座に合計74万4390円の振込入金を受け,もって,人を欺いて金銭を交付させ,

第4 パソコン通信サービス「ニフティサーブ」を提供するニフティ株式会社の事務処理を誤らせる目的で,ほしいままに

1 平成8年3月27日ころ,前記A方において,被告人所有のパーソナルコンピューター(以下,単に「パソコン」という。)を操作し,東京都大田区<番地略>所在の富士通株式会社情報処理システムラボラトリ内のコンピューターに,電話回線を通じて,前記ニフティ会員のCの住所が「埼玉県入間市<番地略>」から「東京都渋谷区<番地略>甲野611A11号室」に,電話番号が「0429−00−0000」から「03−0000−0000」にそれぞれ変更された旨の虚偽の情報を送信し,情を知らない右ニフティ株式会社メンバーサービス部係員をして,その旨の情報を,東京都品川区<番地略>所在の大森ベルポートA館ニフティ株式会社経営情報システム部内に設置されたコンピューターの記億装置内の「顧客データベースファイル」に記憶させ,もって,事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し,

2 平成8年4月18日ころ,前記A方において,被告人所有のパソコンを操作し,前記富士通株式会社情報処理システムラボラトリ内のコンピューターに,電話回線を通じて,前記Cの住所が「東京都渋谷区<番地略>甲野611A11号室」から「愛知県名古屋市<番地略>」に,電話番号が「03−0000−0000」から「052−000−0000」にそれぞれ変更された旨の虚偽の情報を発信し,情を知らない右ニフティ株式会社メンバーサービス部係員をして,その旨の情報を,前記ニフティ株式会社経営情報システム部内に設置されたコンピューターの記憶装置内の「顧客データベースファイル」に記憶させ,もって,事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し,

第5 売買代金名下に金銭を詐取しようと企て,乎成8年4月13日ころ,真実は,パソコン部品を売り渡す意思がないのにこれがあるかのように装い,前記ニフティの電子掲示板に,右ニフティ会員のCであるかの如く装って,C名義で,「今回もパーツうります。ペンチアムCPUとSIMMをまとめ買いすると一個が破格のお値段でかえるのです。購入方法は,どのパーツも,手付け金¥10000を先にしはらい,残りのお金は品物到着時に郵便やさんに払います。」などと虚偽の情報を書き込んだ上,別紙一覧表2記載のとおり,同日ころから同月15日ころまでの間に,右掲示板を閲覧して問い合せをしたEほか2名に対し,手付け金を支払えば,注文にかかるパソコン部品を郵送する旨の虚偽の内容の電子メールを送信するなどし,同人らをしてその旨誤信させ,よって,同月15日から同月17日ころまでの間に,前後3回にわたり,前記第一勧業銀行渋谷支店のC名義の普通預金口座に合計12万円の振込入金を受け,もって,人を欺いて金銭を交付させ

たものである。

(証拠の標目)

<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第1及び第2の所為のうち,私文書を偽造した点はいずれも刑法159条1項に,同文書を行使した点はいずれも同法161条1項,159条1項に,判示第3及び第5の各所為はいずれも同法246条1項に,判示第4の各所為はいずれも同法161条の2第1項にそれぞれ該当するが,判示第1及び第2の各私文書偽造と各行使の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条によりいずれも一罪として犯情の重い偽造私文書行使罪の刑で処断することとし,判示第4の各罪について所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第3の別紙一覧表1記載の3の罪の刑に法定の加重をした(ただし,短期は犯情の重い判示第2の偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予し,なお同法25条の2第1項前段を適用して被告人を右猶予の期問中保護観察に付し,押収してある普通預金申込書1通(平成9年押第12号の1)及び普通預金新約申込書1通(同押号の6)の偽造部分は,判示偽造私文書行使の犯罪行為を組成した物で,何人の所有も許さないものであるから,同法19条1項1号,2項本文を適用してこれを没収することとする。

(量刑の理由)

 本件各犯行は,被告人がいわゆるパソコン通信の大手サーバーである「ニフティサーブ」の電子掲示板等に他人名義で虚偽の情報を書き込むなどし,偽造の申込書を用いて開設した他人名義の口座に右情報を閲覧した者からパソコン部品代金名下に振込送金を受けてこれを騙取し,さらに,右詐欺事犯の発覚を免れるため,パソコン通信のホストコンピューター上に登録された他人の住所等を無断で変更するなどしたという事案である。

 すなわち,被告人は,パソコン通信のネットを通して「F」なる人物から他人名義の架空口座の作り方(郵送による銀行口座開設の申込みを行う方法を使うと銀行からの身分証明書の確認を免れることができる。私書箱を開設して住所とすれば他人名義で容易に架空口座が開設できるということやニフティ会員の入会時の情報(クレジットカード情報,ID及び仮パスワード)を教えてもらったり,自らプログラムしていたハッキングソフト(GOMEN-BER.LST)に記載されたニフティの会員情報をもとに会員のパスワードを解析するソフト)を利用して,他人のパスワードを探り当てたりしていたが,これらを利用してニフティ会員になりすまして売買名下に金負を騙し取ろうと考えるようになり,@私書箱業者を利用して架空の住所を設定して,右住所で実在する他人名義の銀行口座開設申込書を偽造して口座を開設し(本件第1,第2の事実),Aニフティのホストコンピューターに保存されている会員の住所情報を右架空の住所に変更したうえ(判示第4の1の事実),B他人のパスワードを使ってニフティ内に勝手に潜り込み,ニフティが会員に提供する電子掲示板に実在する会員名義でパソコンのCPUとメモリーを売るなどと嘘の情報を掲載し,この情報を閲覧して申込みをしてきた被害者らに対し,さらに商品を確実に送付する,代金等は前記口座に入金して欲しいなどの電子メールを送信するなどして,被害者から右口座に振込送金を受けて代金名下に86万円余を騙取した(判示第3及び第5の各事実)。Cその後,被害者らからの追及や警察の捜査を免れるため,前記ホストコンピューターの前記住所情報を私書箱業者の住所から別の住所に変更するなどした(判示第4の2)というのである。

 このように,本件各犯行は,パソコンやパソコン通信に精通した被告人が中字生の頃から培ってきたコンピュータープログラミングの知識や,パソコン通信を通じて得た犯罪紛いのいわゆる裏情報をもとに,パソコン通信あるいはインターネット上の情報を容易に信用して売買が行われている現状,サーバー側のホストコンピューターから非公開の会員情報が入手可能な状態であること,会員自身により設定されたパスワード自体も氏名や生年月日等から容易に推測可能なものが多いこと,銀行の口座開設についてもその身分確認を擦り抜ける方法があること等,パソコン通信ないしこれに付随するシステムの弱点に付け込んで,コンピューター上に勝手に偽りの情報を書込むなどし,結局不特定多数の被害者から多額の金員をだまし取ったという非常に狡滑かつ計画的犯行で,犯行態様は非常に悪質である。

 また,本件各犯行は,判示の手口により,パソコン通信上で他人の名前をかたって虚偽の情報を流布し不特定多数人から詐欺したという点において,情報ネットワークの発展やパソコンの益々の普及に伴い今後増加が予測される犯行形態であるうえ,IDとパスワードの一致のみで個人を識別するというパソコン通信の匿名性を利用し,前記の弱点を利用して周到な準備をし,犯人の特定を非常に困難にしたという点において,捜査が困難で模倣性が高い犯行形態といわなければならず,一般予防の見地からも重い処罰が必要な犯罪である。

 以上のような事情に加え,被告人は本件詐欺も併せ同じ手口で少なくとも700万円近く手に入れていることなどまさに営業犯的犯行といわざるをえないこと等を併せ考慮すると,本件各犯行についての被告人の刑事責任は重いというべきである。

 被告人は,中学生のころからコンピュー夕ープログラミングを,大学生のころからパソコン通信を始めるようになり,パソコン雑誌等でのアルバイト等を通じて,前記のように,パソコンに精通するようになったものであるが,本件各犯行当時は,犯行発覚の端緒となった会社の同僚以外には親しい友人もなく,パソコン通信上で名前も性別もわからない犯罪紛いの行為を行っている者らとの交流を中心に生活してきたものであって,今後の交遊関係によっては再犯可能性は否定できない。また,現状では被告人の近親者もパソコンを用いた際の被告人の行動を十分監督できない状態にあるといわなければならない。

 しかしながら,他方,本件各詐欺の被害については被害弁償がなされており,余罪分についても被害者の特定できるものについて一部被害弁償がなされ,被告人は今後も弁償に尽くして行く旨誓っており,被害者の多くから嘆願書が提出されていること,被告人は,本件により相当期間身柄を拘束され,これを契機に自らの犯行の重大性に気づいて真撃に反省し,今後は被告人は今後現実の人間との精神的交流を大切にすると共に,この種の犯罪の予防の為に自らの知識や経験を使っていく旨述べていること,被告人は本件発覚により勤務先を懲戒解雇され社会的な制裁を受けていること,被告人は,保釈後再就職先で真面目に働き,両親に立て替えてもらった被害弁債金の返還に努めていること,被告人にはこれまで前科前歴が全くないこと,被告人の父親も本件を機に被告人との交流を取り戻し十分監督する旨警っていることなどを総合考慮すると,現時点では被告人の再犯の可能性は低く,社会内で更生する意欲も十分あると認められる。

 以上の各事情を総合考慮すると,被告人には,その刑事責任を明確にしたうえで,保護観察に付し,今回に限り,刑の執行だけは猶予するのが相当であると判断する。

よって,主文のとおり判決する。

(検察官の求刑懲役2年)

 

裁 判 官    難    波      宏

 


<別紙一覧表・省略>


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最終更新日: 1998/01/16

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