講演要旨 「電子認証制度の現状と課題─海外の立法動向を踏まえた検討」


by 夏井高人


 2002102日に開催された金融研究所におけるセミナーでの講演要旨


1.電子商取引にかかる法的担保としての電子法制

 わが国の従来の法制は,その実質においては,江戸時代以前の慣習を残しており(例えば,日本の金融業務の実態は,江戸時代の札差等における業務慣行を引き継いでいることが少なくない。),国際的な信用を得るために外側に法律の「衣」を着せているに過ぎなかったといえる。このように,法律の形式と実質との間に本質的なギャップがあるというのが,わが国の法制の一般的な特徴である。

 しかし,電子法制は,こうした従来の法制とは異なる性格を有する。

 例えば,電子商取引はグローバルなネットワーク上の「電子的なやりとり」として実装されなければ意味をなさない。このため,各国固有のローカルな制度・慣習等からは独立して,全世界的に共通化されたプロトコル,決済手段等に依拠するという意味で,本質的にグローバルな性格を有している。この結果として,副次的に最適な規格のみが残るという意味で,必然的に単一化(unification)が進むこととなる。私は,かつて「ネットワーク社会は単色の社会になる」(『ネットワークの文化と法』,日本評論社,1997年)と述べたが,電子法制の国際的調和の本質は,単一化,単色化にほかならない。

 上記の性格に鑑みると,電子商取引に縦割りの法律を累積的に適用したのでは,取引自体が成り立たなくなるおそれがある。例えば,東京(日本)―ワシントンDC(米国)間の電子商取引を考えた場合,「電子的なやりとり」は,米国の各州や第三国を跨って生じるが,仮に当該「電子的なやりとり」自体を,法規制の対象となる「取引」とみなした場合(米国の一部の州にはそのような動きがみられる),当該「取引」を巡り各国・各州の法制との競合が生じ得る。このため,電子商取引に関しては,各国の法制の調和とその維持が重要である。この意味での電子法制の調和は,電子商取引のための法的担保であるということができ,わが国における最近の電子取引立法(電子署名法 ,電子消費者契約法 等)も,その一断面と言える。
そもそも,わが国では契約の成立につき要式主義によらず,当事者の意思の合致のみで契約が成立するため,電子署名法がなくとも契約の成立に支障はない。しかしながら,わが国の法制に精通していない外国人からみると,もし電子署名の効力を肯定する法律が存在していないとすれば,電子署名では契約は成立しないという反対解釈がなされるおそれがある。その意味では,電子署名法の制定は,電子署名の有効性を
visibleなものにするという意味をも有しており,このように,外国に対して電子法制の存在を明確にすることも,法的担保の一内容として重要である。

 わが国では,現在のところ電子商取引に関する一般法が制定されていない。これは,既存の商取引に関する法令や個別の電子取引立法で対処できるという判断によるものと思われるが,私は,上述のような電子取引の特性に照らせば,横断的な法律の制定は不可欠であると考えている。

2.わが国の電子法制に関する問題点

 電子認証業務に伴う法律問題としては,例えば,顧客情報等のプライバシー保護,取引とデータのセキュリティ保護,消費者保護,サイバー犯罪等の問題があり,わが国の政府はこれらの問題の多くは既に解決したものと考えているようである。しかし,実際には,本質的なところでは解決していない問題が多い。例えば,わが国は,サイバー犯罪条約に署名はしたものの,これを実装するための法制整備(国内法,執行体制の整備等)は十分に進んでいるとはいい難い。

 また,わが国には電子法制を一般的に所管する官庁がなく,それぞれの分野毎に所管官庁が個別に法令の作成作業を行っているため,効率が著しく悪くなっている。例えば,今般施行されたスペイン電子商取引規制法(部分仮訳・別添2)では,電子商取引法,電子署名法,特定商取引法,取締法規に相当する規定が一つの法律に纏められているが,これは,電子法制においては,個別の立法を行っていたのでは整合性を確保できないことの証左であろう。その意味では,わが国についても,電子法制については,法令作成作業を担当する官庁を一元化する必要があると考えられる。

 また,わが国においては,消費者保護の問題はほとんど置き去りの状態となっている。これは,わが国では,消費者団体の力が弱いか,特定のセクトに組入れられているため,全国民的な消費者団体・運動が存在せず,積極的に消費者保護に関するロビイングが行われる原動力となっていないことによる。このような状況下では,消費者保護の問題は政府が責任をもって対処するよりほかない。しかしながら,官庁の審議会等において消費者保護に関する問題は議論されているものの,予算上の制約などから調査・研究を経済的に十分サポートできていないのが実情である。

3.電子法制に関する各国の動向

 電子法制を巡る各国の動向をみると,第1に,電子署名法(electronic signature law)から電子記録法(electronic record law)へという流れを指摘できる。そもそも,電子認証法制は,電子的に本人性の認証を行うことを目途としてきたが,最近は,これとは別の流れがでてきている。例えば,わが国の鉄道会社のプリペイド型ICカードでは,正当な所持人がカードを利用できるため,本人性の認証は問題とはならない一方,カード内のデータが真正なものであることが確保されなければならない。このように,データとデータ利用者の結び付きにかかる本人性の認証から,データそのものの真正性にかかる認証への流れが生じてきており,そこでは,電子署名の認証は,電子記録の認証への付加的なオプションの一つと捉えられることとなろう。

 第2に,電子商取引法(electronic commerce law)から電子業務法(electronic transaction law)へという流れが指摘できる。従来は,民間の活動と政府の活動を二分し,例えば,会社員の勤務条件違反は就業規則違反であるが,公務員のそれは国家公務員法違反であるというように両者は異なるルールにより規整されるという発想が強かった。このため,電子法制についても,民間では電子商取引,政府ではe-Japan戦略が問題とされるが,これらは人間の目からみれば目的等の面で異なる事象であるというだけで,機械(コンピュータ)の目からみれば,いずれも電子的なトランザクションである以上,区別することは困難である。民間の電子商取引も政府の電子政府構想も同じネットワーク・システムを用いる以上,生じる問題も本質的には同じであり,各論部分で異なるルールが適用されることはあり得るとしても,その根幹の部分については共通の包括的な法制の整備が求められる。例えば,EUの電子法制に関する諸指令の経年的な推移をみれば,このようなコンピュータ指向的な流れを看取できる。

 第3に,プライバシー保護法からデータ保護法への流れを指摘できる。そもそも,プライバシーの語義は曖昧であり,個々人の感受性に依存するところが大きいため,コンピュータによる処理に適さない面がある。また,電子データの取扱いは,収集・格納(関連付け)・利用・廃棄という各段階を経るが,現在,プライバシー保護は専ら収集段階で問題にされることが多い。しかしながら,例えば,電子メールアドレスなど,それ自体はプライバシーに属するものといえないデータであっても,他のデータとの関連付け(マッチング)により,全体としては保護すべきデータとなることがある。このように,情報の収集の段階のみを規制してもプライバシー保護の方策として十分とはいえないことから,プライバシーを積極的に定義してこれに属するデータを保護する法制から,個人にかかる個別のデータを全体として保護する法制への流れが生じてきている。EUの「個人データ保護指令」(1995年)―「プライバシー保護指令」ではない―もこの流れに沿って策定されており,データの収集・格納(関連付け)・利用・廃棄の各ステージにわたるルールが定められている。この点,わが国の個人情報保護法案はデータの収集の段階のみに着目しているため,十分ではないと考えている。

4.電子法制の国際的調和のための取組み

 電子法制を国際的に調和のとれたものとするため,国際機関を中心に,各種の勧告やモデル法の作成が行われている。例えば,1999年にはOECDの「電子商取引に関する消費者保護ガイドライン」が公表されたほか,2001年にはUNCITRALの「電子署名に関するモデル法」が採択されている。

 これらの国際的枠組みを踏まえて各国が法整備を進める際に留意すべき点は,第1に,各国のシステム間の技術的互換性を確保しつつ,技術的中立性を維持できる法制とすることである。システムの技術的互換性を維持しようとすれば,各国のシステムが単一化する傾向は避けられない。この点,電子法制の立法者が将来開発され得る新技術を完全に予測することは不可能であるため,法整備を行う際には,特定の技術のみをオーソライズすることにより新規技術の開発を妨げないように注意する必要がある。

 第2に,プロトコルの共有化を図るということである。私は,インターネット上の情報提供技術としてXML形式の可能性に着目し,XMLによるシステム構築につき研究している。XMLについては,ホームページの見栄えが良くなるといったレベルでのメリットが指摘されることが多いが,これは本質的な問題ではなく,タグの設定に関する詳細なルールが定められるため,異なるシステム間での情報のやり取りが容易である点が重要である。プロトコルの共有化のためには,「仕様」はシンプルであることが重要であり,それにより互換性が確保され,変換が容易であれば,「方言」を許容することも可能になる。

 第3に,法的枠組みの共有化を図るということである。ネットワーク社会では国境を越えた取引が日常化し,常に国際的な影響を及ぼすため,各国固有のローカルな法律は実際には利用されなくなってしまう。例えば,わが国には,質屋営業法という法律があるが,質屋の社会的・経済的重要性が著しく低下していることから,実際にはほとんど機能しておらず,海商法についても,実際の取引は,ほとんど国際条約や約款により規律されており,商法第4編の規定は,ほとんど適用されていない。このような状況を避けるため,各国の立法者は,法制度,システム技術の双方に精通し,グローバルな法の「仕様」を理解したうえで,これを国内法として策定する能力をもたなければならない。また,ネットワーク社会では,法律は,制度として存在しても,システム上で実装され,執行されない限り意味をもたない。その意味では,法律の役割は,コンピュータ・プログラムの要求仕様書になりつつあるといえよう。

 第4に,国家間の障壁とネットワーク・サンクション(Network Sanction)を極力除去するということである。国家間の障壁は,ナショナリズムの存在により容易には排除し難いが,定期的に各国の障壁が条約等に違背しないかを検証し,違背する場合にはこれを排除するといった方法をとっていく必要があろう。

 ネットワーク・サンクションとは,ネットワーク上の紛争について裁判手続を経ずに,ネットワーク上で私的制裁を加えることをいう。現在,これに完全に当てはまるものは見当たらないが,例えば,ソフトウエアのインストールに続けて失敗すると,自動的に利用権が剥奪されるというかたちで課されるソフト会社の違約罰は,これに類するといえよう(この場合,ソフトウエアの利用者が裁判所に救済を求めようとしても,専属的合意管轄としてソフト会社の地元の裁判所が指定されている等,裁判コストを禁止的に高めるように工夫されていることが多い)。このようなネットワーク・サンクションに対抗して権利回復を図るためには,司法による救済もネットワーク化(ネットワーク上の仮処分)し,私的制裁を受けた者の権利回復の措置を講ずる(先程の例では,ソフトウエアのクラッキングを許す)といった方策をとることとなろうが,それでは司法とソフト会社のシステム,技術の強度の争いを招くだけであって,その行き着く先は,究極的にはサイバー戦争になろう。こうした事態を避けるためには,権利の実現は今後とも,裁判手続を通じてなされる必要があり,ネットワーク・サンクションへの移行を抑止するための不断の努力が求められる。

5.スペインの電子取引法の特徴点

 今般施行されたスペイン電子商取引規制法(別添2)の規制対象は「サービスプロバイダ」である(第1条)が,ここでいうプロバイダは,日本でいうプロバイダ(インターネット接続サービスを提供する業者)のみではなく,ネットワークを通して商品・サービスを提供するあらゆる業者を包括する広い概念である。また,前述のように,同法は,電子商取引法に相当する規定(第23条<契約の効力>),電子署名法に相当する規定(第24条<電子契約締結の証明>),特定商取引法に相当する規定(第19条以下<スパム・メールの規制等>),取締法規に相当する規定(第8条<コンテンツ規制等>)等をその内容として含んでおり,電子取引に関する包括的,横断的な一般法としての性格を有している。このため,同法は,わが国における電子法制のあり方を考えるうえで重要な示唆を与えるものといえよう。
 

6.今後の展望

 今後の電子法制を展望すると,ネットワーク社会では共有しにくい技術やプロトコルは捨てられていくため,これらの寡占化が進んでいくこと,ローカルな法的思想は通用しなくなる結果,法的思想の寡占化が進んでいくことが見込まれる。また,国際的な独占禁止法の枠組みは存在しないため,特定の資本による技術の寡占も進んでいくであろう。こうした中で,ネットワークの健全性を維持するためには公的な監視強化が不可欠であるが,監視の強化は一方で自由取引の意欲と投資を減退させ,プライバシー侵害を危惧するユーザを遠ざけることにもなることに留意する必要がある。その意味では,公的な監視と自由取引の促進,プライバシーの保護というネットワーク社会の自己矛盾をいかにして克服していくかが課題となろう。


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Published on the Web : Jan/31/2003