情報化社会における個人情報保護と情報公開

by 夏井高人


これは,地方議会人2001年2月号20頁に掲載された論文を同誌の許諾を得て転載するものです。


1 情報化社会

 アルビン・トフラーは,『第三の波』(1980年)の中で,人類が情報革命の時代を経験しつつあると主張している。すなわち,人類は,農業革命によって食料生産を計画的に行うことに成功し,次に産業革命によって工業製品の大量生産を可能とし,そして,情報技術革命によって情報が価値を持つ社会になったのだという。

 たしかに,昨今のインターネットや情報家電の隆盛を見れば如実に実感できるように,大規模な重化学工業中心の社会から,情報を力とし財とする社会へと移行しつつあることは明らかである。より早く適切に情報を活用できる者がビジネスにおいても勝者となる。

 ところで,日本国では,明治維新以降,西欧列強に対抗して富国強兵策を国是とし,また,第二次世界大戦後も戦後復興と経済成長を達成するために,5カ年計画など長中期の財政計画を策定し,育成すべき産業に重点的に予算分配をする経済政策を実施してきた。しかし,情報が企業の死命を決する現代社会では,このようなトップダウンで重い方法は,その合理性を大幅に減少させてしまう。透明性が乏しく円滑な情報流通が期待できないのであれば,国政又は自治体運営もうまくいかなくなる。すなわち,税の徴収と分配という社会システムそれ自体に疑問が差し挟まれるとき,政府も自治体も,その存立の危機の時を迎えることになるのである。すでに国境そのものが希薄化し,常に変転してやまない大きな変動の中にある現代世界においては,情報を的確に把握し,管理し,活用することが非常に重要なこととなる。このことは,公的部門においても同様である。

 公的部門が担当するのが合理的であるのは,社会全体のコスト負担という観点から見て,税によるほうがより効果的である場合のみである。情報流通のための社会システムが十分ではなく,個人が情報を発信・受信するための方法が非常に限定されていた時代には多くの仕事がまさにそうであった。

 しかし,情報化社会ではそうではない。今や,情報技術と通信システムが安価に利用可能となったことにより,一人一人の個人が新聞社,出版社,大企業等と同等の能力を持つことのできる時代となった。これが情報革命の本質である。それゆえ,そのような能力を持った国民や自治体住民から見ても合理的だと評価されるように,公的部門も再構成されなければならない。

2 個人情報保護

 かつて,公的部門においては,国民や自治体住民に関する情報は,統治又は管理のための基礎資料として扱われ,その保有権は国や自治体にあると考えられてきたかもしれない。

 しかし,日本国憲法下の日本国もそうであるように,国民の基本的人権と民主主義が保障されているところでは,個人の情報は,それぞれの個人(情報主体)のものである。国や自治体は,国民や自治体住民から寄託された個人情報を管理・運用する立場にあるのに過ぎない。このことは,企業に対し個人情報を提供する顧客の場合も同じであって,企業の顧客情報は,企業の財産ではなく顧客から寄託され管理・運用されているのに過ぎない。

 そして,情報主体は,個人情報の運用・処分等について最終的な決定権を持っており,本人の同意なしには,原則として,個人情報の収集,運用,開示,処分等ができない(自己情報コントロール権)。OECD「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドライン」(1980年)に示されたプライバシー保護のための8原則は,このような理解を前提にするものである。

 ところが,個人情報の電子的な収集は,紙の文書による個人情報の記録とは全く比較にならないほどの大規模な個人情報の集積を可能とし,万が一にもそれが侵害される場合の被害の大きさもまた甚大なものとなる可能性がある。

 このような動きを踏まえ,国は,公的部門が管理する個人情報のうち特に保護の要請が大きい電子計算機で処理される個人情報について「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(昭和63年法律第95号)を制定した。また,各自治体も,電子的な情報と非電子的な情報を含め,自治体が管理する個人情報保護条例を制定している。また,民間部門における個人情報保護法制の整備も進められており,平成12年10月,立法の方向性を示すものとして「個人情報保護基本法制に関する大綱」が公表された。これは,個人情報を業務として取り扱う業者について,OECDの8原則を踏まえた個人情報保護を義務づけることを骨子とするものである。

 これら個人情報保護に関する法制については,非電子的な媒体上の個人情報も保護すべきである,個人情報を侵害する者に対する罰則を強化すべきであるなどの批判もある。これは,国民や自治体住民の間における自己情報コントロール権に対する認識の広がりと深まりを反映するものであろう。
ところで,情報化社会に適合するものとして国や自治体の事務を遂行するために,大規模な情報化が進行しつつある。その結果,国民や自治体住民の個人情報が大量にデジタル化され蓄積されることになる。そのようなデータを管理・運営するシステムのセキュリティの確保は,最も重要な課題の一つである。

3 情報公開

 国や自治体が税によって運営されているのである以上,その税の使途が適法・適正であるべきであるのは当然のことである。そして,国民及び自治体住民は,国政及び自治体運営が適法・適正に運営されるように監視し,間違いがあればその是正を求める権利を有する(住民訴訟など)。しかし,そのためには,国政及び自治体運営に関する情報を入手する手段が準備されていなければならない。日本国が民主国家である以上,そのための情報公開システムを持つことは,当然の社会的要請であると言えよう。

 この要請に応えるべく,電子的なものと非電子的なものを含め,各自治体で情報公開条例の制定が相次いだ。そして,国の行政文書についても「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(平成11年法律第42号)が制定された。一般に情報公開法と呼ばれているのは,この法律のことである。これに伴い,国の特殊法人についても情報公開に関連する法整備がなされた。

 ところで,情報化社会に入った現代においては,企業活動でも市民生活でも文書の多くが電子化されており,行政文書の多くもまたデジタル文書である。したがって,今後は,デジタル文書の特性に合理的な対応した適切な開示方法が確立されることが望まれる。インターネットなどを利用した情報開示を実現することも重要な政策課題であるといえよう。また,デジタル文書では,作成者を確定するための電子署名,非改竄を保障するための電子認証,作成日時を確定するための時刻認証などを組み込んだ情報公開システムの構築が必要である。そして,これらの認証システム等がきちんと連動して稼働させることによって,行政事務に対する国民や自治体住民からの信頼を確保すべきである。

4 個人情報保護と情報公開との調整

 このようにして,情報をめぐる法制整備が進められてきたわけであるが,若干の問題も発生してきている。

 たとえば,情報公開制度を通じて個人のスキャンダルを暴いたり企業秘密を盗み取ったりするといったことを目的とする合理的な必要性を超えた情報公開請求などがそうである。このような例は,濫用的な事例と言えよう。このような例は,情報主体本人からの開示請求ではなく,しかも,食糧費事件などに見られるような自治体住民の適法な権利の行使であるわけもない。したがって,このような例では,情報公開法や情報公開条例において開示拒否をすることのできる場合(情報公開法五条所定の不開示情報など)の制度趣旨をきちんと理解した上で冷静に対処すべきであろう。

 反対に,個人情報の保護の目的を誤解していることに起因して,本来なすべき情報公開をかたくなに拒むような事例もある。たとえば,自分自身(又はその子弟)の内申書の情報公開請求などがそうである。しかし,情報主体本人からの開示請求は,自分自身の情報を求める正当な請求であるので,本来的に開示されるべき情報である。部分的に法改正・条例改正の必要な場合もあるが,運用でまかなえる限りは,情報主体本人からの開示請求を拒むべき理由はない。内申書については,円満な教育指導ができなくなるという批判もあるが,それは情報公開を拒むことによって解決されるべきではない。教員の教育・指導能力を向上させる工夫・改善を尽くし,適正に評価するなどの方法により,教育の現場できちんと対応するのが本来の筋であろう。なお,また,開示請求者以外の第三者が情報主体である個人情報が含まれている場合には,情報公開法13条に定める手続を適正に履践して対応すべきである。

 個人情報の保護と情報公開制度とは,たしかに相矛盾する部分もある。しかも,それぞれの制度が完璧なものと成熟し切っているわけでもない。改正すべきところは改正すべきであろう。しかし,制度の本来の趣旨をきちんと理解し,合理的に運用すれば,無用な混乱を少しでも減らすことができると思われる。これらの制度のよりよき運用のために,さらに深く継続して研鑽を重ねること,そして,制度やシステムの見直し・改善の努力を怠らないことが肝要である。

 

<参考文献>

宇賀克也『情報公開法の理論(新版)』(有斐閣)

堀部政男編『情報公開・プライバシーの比較法』(日本評論社)

松井茂記『情報公開法』(岩波新書)

堀部政男『プライバシーと高度情報化社会』(岩波新書)

岡村久道・近藤 剛『インターネットの法律実務』(新日本法規出版)

夏井高人『ネットワーク社会の文化と法』(日本評論社)


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Published on the Web : May/28/2001

Error corrected : May/30/2001