「ネットワーク環境における知的財産権保護に関する研究」

A Study of Intellectual Property Protection on the Information Network Environment

- Abstract -

夏 井 高 人


 このレポートは、学校法人明治大学社会科学研究所の1998年度及び1999年度個人研究費による研究成果の要旨であり、明治大学社会科学研究所紀要第39巻第2号に掲載予定原稿のプレビューです。


1 ネットワーク環境の特性

1.1 複製の容易性

 インターネットやLANなどに代表される情報ネットワークは、コンピュータによる情報のデジタル処理を必須のものとしている。現在のノイマン型コンピュータのアーキテクチャ並びにインターネットの基本要素であるTCP/IPなどのプロトコル及びパケット通信の仕組みは、デジタル情報の複製を必須のプロセスとして要求する。逆に、データの複製ができないところでは、コンピュータは全く動作せず、データ通信もなされ得ない。すなわち、コンピュータ・システムやネットワーク・システムは、データの複製がなされ得ることを本質とするものである。このことは、基本的に、情報が媒体に固定され、その複製も必ずしも容易ではない現実世界のプロダクトのあり方とは相反するものである。そして、コンピュータ・プログラムによってデータが暗号化されたり、複製防止措置が施されていたりしたとしても、特定のデータがターゲットとなるコンピュータ装置で処理される瞬間には、必ず複製可能な元のデータの状態になっていなければならないため、ネットワーク環境の中に存在するデジタル情報は、常に複製可能であり、複製を阻止することができない。しかも、現実世界における複製と異なり、コンピュータ処理されるデータの複製は、非常に容易であって、短時間内に無数の複製を作成することが可能である。

 アメリカ合衆国連邦政府ホワイトハウスの情報インフラストラクチャ・タスク・フォースによる「知的財産権と国家情報インフラストラクチャ:知的財産権ワーキング・グループ・レポート(on Intellectual Property and the National Information Infrastructure : The Report of The Working Group on Intellectual Property Rights)」は、インターネットをたとえて「ネットワークそれ自体が巨大な複製装置」のようなものだと表現しているが、まさに、ネットワーク環境の最大の特徴をとらえたものということができる。

 現実世界の知的財産権は、そのターゲットとなる権利を属性として持つプロダクトを記録した媒体の製造過程や流通経路を押さえることによって、その権利のコントロールを可能としているが、一定の例外を除き、媒体固定性がなく、流通経路も限定されないネットワーク環境においては、媒体の製造経路などを押さえることによっては、目的となるプロダクトの権利をコントロールすることができない。

 他面では、純粋なデジタル・コンテントとしてのプロダクトやサービスは、それが開発されリリースされた瞬間に、潜在的な生産過剰の状態にあるということもできる。経済システム中における財の価値(価額)は、財の希少性に由来するものであるから、潜在的な生産過剰にあるプロダクトやサービスは、価額のある財であるとはいえない。このことは、観念的には知的財産権という無形の価値があるとされているものであっても、デジタル・コンテントという存在形態をとる場合には、そうであるがゆえに、財産権としての実質である財としての属性を喪失していることになる。この観念と財としての実質との乖離現象は、現時点では十分に認識されているとはいえないし、その乖離を解決する合理的な方法を見いだすことも困難である。

1.2 匿名性

 ネットワーク環境においては、デジタル情報のみが流通する。このデジタル情報は、デフォルトでは、そのオーナーが誰であるかを示す情報(識別情報)をその中に含んでいない。このため、原則として、コンピュータ処理されるデジタル情報は、匿名(anonymous)のものである。このことは、現実世界における社会的観点からは知的財産権を付着させたものであるはずのデジタル情報が実は権利主体を示す情報をその中に含まないで流通・処理されるのがデフォルトであることを意味する。他方では、無権限コピーを含め、特定のデジタル情報が現実世界の社会的観点からは権利侵害であると評価されるような方法で使用又は複製されたとしても、当該使用ないし複製等にかかるデジタル情報それ自体の中にはそのオーナーを示す情報が含まれていない以上、当該デジタル情報それ自体からは、その使用ないし複製等が違法であるかどうかを識別することができないことになる。

 もちろん、デジタル情報は、そのオーナーが誰であるかを示す情報(識別情報)をその中に含むことがある。たとえば、RSAやPGPなどの方式による電子署名によって電子的な本人認証が付されたデジタル情報はそうである。しかし、ここでいう本人認証とは、当該認証業務において、約款や規格等により予め定められた一定の証憑を、ある一定の手順に従って確認したことを示しているに過ぎない。したがって、認証された本人認証された本人が真の権利者ないし被害者である保証はない。逆に、認証された本人が知的財産権侵害の加害者となる場合において、その者を現実に被告として訴訟の相手方となし得るものであることを保証することはない。現実世界においては、本人として保証される者は権利侵害者となる場合には被告として訴訟の相手方とすることが可能であるものと認識されることが多いと思われる(ただし、この認識それ自体がグローバル化した国際経済環境においては希薄化しつつある。国内的にも大量取引においては同じ問題が発生する。)。しかし、ネットワーク環境においては、本人認証がなされている場合においてさえ、訴訟によって権利を確保・回復すべき相手方であることの確実な保証があるとはいえないという特色がある。

1.3 課金の困難

 現実社会における課金のための最大の担保は、プロダクトやサービスなどの対価の支払いが同時履行的になされることによって、あるいは、物的・人的担保の後発的な実行を含む社会的サンクションの実行又は実行可能性に裏打ちされた心理強制によってである。しかし、ネットワーク環境においては、そのいずれもが現実的なものとして準備されているとは限らない。とりわけ、デジタル・コンテンツやネットワーク上のみで完結するサービスにあっては、そうである。

 もちろん、対価の先履行給付を義務付けることによる解決も既になされている。たとえば、クレジット・カードや電子マネーによる決済がそうである。この場合、クレジット・カード又は電子マネーのオーナーであることを示す会員番号その他の文字コードの送受信によって一種の与信がなされ、最終的には現実世界における通貨決済を後に行うことになるが、この文字コードの送信を取引の先行条件とすることによって、取引により発生する対価の徴収を現実世界の社会システムが機能するディメンションへと強制的に移行させることが可能となる。また、プリペイド式の決済では、現実世界における支払を先行させ、その支払額を示す文字コードと度数計算によって、対価の徴収を確実なものとしている。しかし、ここで用いられる課金対象取引、取引当事者及び現実世界での対価徴収への移行プロセスがすべて特定の文字コードのみによってなされるのである以上、当該文字コードの偽造を含む悪用がなされる場合においては、対価の正常な課金がなされ得ない。通常、この問題を解決するために損害保険が利用されるが、それによる場合であっても、安全な取引のために社会全体が負担すべきコストは莫大なものとなっており、その額も増大傾向にある。

 現在のネットワーク環境においては、上記本人認証の問題も含め、課金のための安全で確実なプラットフォームが準備されているとは限らないことになる。このことは、知的財産権の付着したプロダクトないしサービスの流通において、その購入又は利用の対価を徴収するという場面においても全く同様である。

1.4 不安定性ないし信頼確保方法の欠如

 現在の私法の通説的見解は、権利実在説に立脚している。訴権と実体権とは明確に分離されている。たしかに、主権国家を前提とする現実世界は、国家によって権利の実効性が担保されているといえる。

 しかし、ネットワーク環境においては、国家による権利の実効性担保が機能しない場面が多々ある。とりわけ、国境を越えた電子取引はそうである。知的財産権にあっても、日本国以外の国家主権に服し、日本国の領土にいない者からの、あるいは、そのような者に対する権利の行使は、実効性が担保されているとはいえない。

 目下のところ、この問題を解決するために国際協調主義(ハーモナイゼーション)の大義名分の下に、様々な条約や国際的な取り決めがなされているほか(TRIPs(trade-related aspects of intellectual property rights)合意WIPOの著作権条約など)、任意的な部分社会の規範のモデルとなるべきガイドライン等も示され、その遵守が求められている(OECD、UNCITRAL、EUなど)。だが、これらの方法は、最終的には各主権国家による権利の実効性担保が社会システムとして準備されている場合にのみ合理的に機能する枠組みである。したがって、これら条約その他の国際的合意は、それに加盟しない国家の主権に服する者にとっては、何らの意味も持たない。

 さらに、現実世界においては、特定の権利義務関係に入る者の数は限定されているのに対し、ネットワーク空間では、法的なできごとが電子的なイベントとして発生し、デジタル・データの処理として機能するがゆえに、特定の種類の権利義務関係が瞬時にして極めて多数の者の間で発生することがしばしばある。たとえば、Napster事件の例でも見られるように、非常に短い時間の間に、何千万人もの者が同時に、しかも、各人固有のものとしてデジタル化された音楽コンテンツの著作権侵害である可能性が高い行為をしてしまうことがあり得る。このようなことは、今後ますます増加するだろうし、現在でも、電子メールを利用したデジタル・コンテンツの流通は、Webサイトを利用した流通の数倍以上の規模に達していると見られることから、現実世界ではとうてい予想することができないほどの大量の法的問題を含むイベントが極めて短時間に発生し続けることになる。そして、このような大量のイベントを処理するための司法制度を人類は持ち合わせてはいないし、今後も、そのようなイベント処理のための合理的な社会システムを構築することは、有限な時間と能力の範囲内でタスク処理をするしかない生きた人間がそのシステムの運営をするものとして構築するのである限り、永久に不可能である。1万人の権利者が1人の加害者に対してクラス・アクションを提起することは可能だが、1人の権利者が1万人の個々別々の加害者に対して合理的な期間内に司法的解決を得るための社会システムを構築する方法を人類は知らないのである。しかし、ネットワーク環境は、そのような事態の発生を既に準備してしまっているということを上記Napster事件は如実に示しているということができる。この事件は、著作権だけではなく、すべての種類の知的財産権に共通する問題点を提示してしまっている。

 このように司法システムが機能し得ない法的イベントを発生させるものである以上、ネットワーク上の権利は、名目的なものとならざるを得ない。すなわち、ネットワーク環境では、権利は、実在するという名目だけの存在となっている可能性が高い。このことは、権利の実在すること及び権利侵害に対し司法という社会システムが合理的に機能することを前提として構築されている知的財産権の法システムに対し、巨大な不安定性を与えることになる。そしてまた、このような不安定性は、権利の存在及び実現が高度かつ安定した確率で保証されていることを前提にリスクと投資を計算する経済システムに対し、信頼確保を保証していないことをも意味する。

1.5 技術的な対応の限界

 デジタル・コンテンツの知的財産権とりわけ著作者の権利である複製権が事実上機能しないこと、ネットワーク環境ではそのことが著しく拡大することは広く認識されている。それゆえ、デジタル・コンテンツの無権限複製を防止し課金処理を確実なものとするなど、デジタル・コンテンツの流通をコントロールするための技術的保護手段の開発とその法的保護の必要性が認識された。そして、上記合衆国白書を契機として、WIPOの場で新著作権条約が締結され(1996年)、これを受けたかたちで各国の著作権法も改正されてきた。たとえば、アメリカ合衆国ではデジタル・ミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act ; 1998年)がそうであり、日本国では1997年及び1999年の著作権法改正等がそうである。この結果、著作物の公衆送信(著作権法23条1項)及びその技術的保護手段が著作権法(2条1項12号、30条1項2号)及び不正競争防止法(2条1項10号、11号)によって保護されることとなった。

 しかし、技術的な対応は、それが技術的な対応であるがゆえに、常に限界がある。ある特定の技術は、その技術の背景となっている基盤原理に基づいては確実なものとして機能するが、他の基盤原理に基づく別の方法によっては容易に破ることができるからである。たとえば、音楽のデジタル・コンテントについて見ると、暗号化され、特定のプログラムを利用しなければ聴取できないような保護手段を開発したと仮定する。この方法により、確かにネットワーク環境の中では無権限複製や無権限公衆送信を阻止できるかもしれない。しかし、音楽は、最終的には音波となって人間の耳に届くのでなければならない。そうである以上、この音波のサンプリングによって別のデジタル・コンテントを形成することは技術的に容易なことである。しかも、このようにして実質的な複製を実行したとしても、コンテントを保護するためにプログラムその他の保護手段を何ら破壊したことにも回避したことにもならない。ここでは、デジタル・コンテントそのものではなく、そこから出力されるアウトプットの写像類似の情報を新たに記録しているだけに過ぎない。すなわち、ネットワーク環境の中においてのみ機能する保護手段は、ネットワーク環境を離れたところでは機能しない。

 このように技術的な対応による権利保護及びその権利保護システムの法的保護は、それが機能可能な環境が限定されている。したがって、技術的保護手段の法的保護によって知的財産権及びその流通業者の利益を確保できる範囲にはおのずと限界があることになる。

1.6 権利の体系の流動化

 ネットワーク空間では、すべての現象が特定の最小処理時間単位内における0又は1という二価のデジタル信号の処理という形式で出現する(ただし、今後は特定の最小処理時間単位内における三価以上のn価のデータ処理の世界へと移行する見込みだが、そこでも特定の種類の信号処理のみによってデータ処理がなされるという基本構造に変化はない。)。そのため、現実世界における社会的観点からは異なる現象として評価可能なことであっても、ネットワーク環境内での姿は同一である。また、現実世界では、人間の行動及び判断の速度に合わせて個々の主観的世界が形成されるため、実際には、異なる複数の法現象が競合して発生している場合であっても、観察者にとって最も関心のある現象のみがそこに存在するものとして認識されることが多い。これに対し、ネットワーク環境においては、デジタル・データの処理という単一の方式によってすべてのことが実行されるのであるがゆえに、非常に多くの者によって法現象の競合が観察しやすいものとなっている。さらに、異なる業種・業態の者であっても、ネットワーク環境において実際に合理的に機能するものとして利用可能な電子技術の種類が極めて限定されているため、現実世界における社会的観点からは全く異なるものとして評価可能なタスクが、同一のメソッドによって実行されることが非常に多い。

 このことから、ネットワーク環境では、現実に利用可能なメソッドの種類によって権利の体系が変容を受ける。たとえば、デジタル・コンテントの流通では、実質的に見て、商用ではない私的なコンテントにかかる著作者の権利は一応度外視して、商用のコンテント及びそのための技術的保護手段の法的保護のみが強化される傾向があるが、これは、本来、不正競争の問題である。それゆえ、日本国においては現実に、著作権法及び不正競争防止法の改正によって技術的保護手段の法的保護がはかられることとなった。ビジネス方法特許にあっては、たしかにそれは情報通信技術を利用した装置発明又はソフトウェア発明なのかもしれないが、実質的には、ネットワーク環境において特定の種類の商売が競合することの阻止を目的としており、要するに不正競争防止法の問題である。ドメイン名の権利やデータベースの権利でも全く同じことが言える。これらは、非商人である私人の人格権としての権利の側面及びそれに関連する問題を度外視している点が問題ではあるが、少なくとも、これまで異なる産業政策法の系の中に別個に位置づけられていたものが、実は、同一の現象の異なる側面に過ぎず、産業界は、利用可能な様々な法制中の都合の良いところだけをツールとして利用してきたのに過ぎないということを如実に例証するものと理解することが可能である。

 このようにして、ネットワーク環境において機能可能な様々な法システムは、流動化し「単一化(unification)」の方向へと大きく動いている(拙著『ネットワーク社会の文化と法』(日本評論社1997)序論参照)。にもかかわらず、現実世界においては、目下の法システムは伝統的なカテゴリー区分によって構成されているものと理解されたままであり、そのようなものとして運営され続けている。この点に関する巨大なギャップは、法システムの運営に対しても大きな悪影響を与えることになる。伝統的なカテゴリーを維持しようとするとネットワーク環境では合理的に機能することのできる法システムが与えられないことになる。逆に、ネットワーク環境のように単一化傾向を持つ法システムを現実世界にも投影すると、現実の社会経済システムを根底から覆すような変革を要求することにもなろう。現実世界の人間は、目の前に存在すると信ずる幻影・妄想によって心理的安定を得ながら生きているのであって、真理を現実世界に直接に反映することは、経済社会の崩壊と全人類規模でのモラル破綻をもたらすことになろう。この二律背反を調整する原理は、伝統的な法システムの修正作業によっては得られず、ネットワーク環境に特有の法現象のみをオブジェクトとする新たなシステムを構築する以外にないが、その青写真は、未だ十分には提供されていない。

 

2 ネットワーク上の特性を考慮した知的財産権保護システム構築

 

2.1 考慮すべき要素

 ネットワーク上の著作物の流通及び権利保護に関しては、これまでのところ、コピーマート超流通などのシステムが提案されてきた。しかし、これらのシステムないしその提案は、ネットワーク環境の特性に対し、余りに楽観的に過ぎる見通しを前提にするものと言わざるを得ない。

 ここまで論じてきたネットワーク環境の特性に基づき考察すると、仮にネットワーク環境において特定のデジタル・コンテントの知的財産権を保護すべきものとする場合、次の各事項を考慮すべきである。

 a) コンテントの利用及び流通を自動的かつ完全に監視できること

 b) コンテントの利用又は購入について完全に課金できること

 c) 利用者の最新かつ詳細な個人情報を常に完全に入手できること

 d) 法的な紛争処理を合理的な期間内に自動的に実行処理できること

 e) 全人類が同時にイベントを発生させた場合でも機能すること

2.2 必要な要素を考慮したモデル

 上記要素を考慮してモデルを構築すると、コンテントのネットワーク内の姿であるデータをカプセル化し(技術的保護手段など)、これに識別符号(著作権管理情報など)を付属させた上で、利用者情報、課金情報及び権利侵害情報を自動的にリンクするデータベースを構築し、課金処理や権利侵害に対するネットワーク・サンクションの発動の必要が発生した場合には、当該コンテントを自動的に破壊してコンテントの利用を停止させたり、義務者の預金口座の封鎖や自動引き落とし処理をしたり、あるいは、保険処理を自動実行したりすることなどによって可及的即時にエラー処理を含むイベント処理ができるシステムをモデルとして考えることになる。

 なお、このモデルは、さらに、知的財産権の集中管理というタイプのモデルとして構築することも可能であるし、権利者それぞれがローカルに運用するシステムの総体として構築することも可能である。前者の場合、国際特許制度の立法動向や著作権の集中管理団体の動向にも見られるように、特定の国家や組織・団体がそれ以外の国家、組織・団体ないし個人を独占的に監視・管理する世界環境を導出することになる。後者の場合には、知的財産権の権利者同士のコンフリクトが常に発生し、それを解決するための別の中間システムを構築しなければならないことになるが、この場合でも、その中間システムは、国際的な紛争をも解決する機能を持たなければならない以上、特定の組織・団体にのみ管理権が有するものとして構築せざるを得ない。その結果、後者のモデルとして構築する場合であっても、結果的には、特定の国家や組織・団体がそれ以外の国家、組織・団体ないし個人を独占的に監視・管理する世界環境を導出することになる。前者のモデルと後者のモデルとの相違点は、独占的な管理システムを誰が構築するのかという点に関する相違に過ぎない。

2.3 メソッド

 上記モデルを実現するためには、モデルを実現するためのメソッドとして、次の各方法をシステムに組み込むことが必須となる。これは、全体としてのシステムを構成する基本モジュールの設計図となる。

 なお、詳細仕様は、本報告書の頁数等の関係上省略する。

 a) コンテンツ利用関係を形成するサービス管理システム

 b) コンテント及びユーザ情報をすべて収納するデータベース

 c) 個人識別情報認証システムと結合された自動課金システム

 d) 損害賠償金徴収及びコンテント利用停止を含む契約条件の自動実行システム

 e) b)ないしd)の実行のための監視システム及びエージェント・システム

 f) 課金や損害賠償金の課金失敗の場合に即時に自動的に機能する保険処理システム

 g) これらすべてを統合的・自動的に管理するためのオペレーション・システム

 h) これらのシステム運用のためのユーティリティ

 i) 不正なイベントの発生を監視し自動的に制御する防衛・保安システム

2.4 実装とオペレーション

 上記メソッドは、プログラムとして実装(インプリメント)され、そのオペレーションは、人によってではなく、オペレーションを管理するために自動処理システムによって無人で実行される。

 ヒトの行う作業は、全体としてのシステムの稼働状況を監視し、フィードバックによりシステムの改善・更新などを行うことだけとなる。そのための作業は、ごく少数の人間だけで足りるであろう。

 

3 問題点の指摘と今後の方向性

 

 上記方法論は、あくまでも知的財産権をネットワーク環境でも十分に保護すべきものであるということを大前提としている。しかし、いわゆる南北問題を含め、この大前提に関する各主権国家の認識は、一致するものではないどころか非常に厳しい対立構造が依然として継続している。このため、ここで提案した方法論を実装することは、直ちに巨大な国際紛争を惹起する危険性を含んでいることに留意しなければならない。

 また、ここでいう商売とは、一定程度以上の規模の会社企業による商売を念頭に置くものであって、SOHOやベンチャーを含む個人企業を念頭に置くものではない。しかし、現実世界の社会的観点からすると非常に小さく弱小企業としてみなされる個人企業であっても、ネットワーク環境ではそのような姿で登場するものでも機能するものでもない。このギャップを埋めるためには、会社ではない個人が「株式」という形式で出資を募集し利益配当によって投資に応えるというような株式個人という法制度を新たに創設する必要がある。現在の法システムにおいては、個人は「借入金」という一種類の社会的方式で投資を募集することしか認められていない(イギリスにおいて女性モデルが個人に対する株式投資を募集したというニュースが伝えられているが、個人に対する株式投資という社会的構造体と同様に、「株式個人」という21世紀の社会的構造体もイギリスから始まるのかもしれない。)。会社企業においては「株式」(出資)と「社債」(借入金)という2種類の投資メソッドが準備されており、投資金元本の返済義務の有無という社会経済上の利益や税制上の利点その他の諸利益を比較検討してみると非常に不合理である。現在の会社という企業システムは、大規模な工場設備や事務システムを必須の成立要素とする20世紀以前の技術的基盤を念頭に置いて構築されているのであるが、ポスト20世紀においてはこのパラダイムそれ自体がローカルなものへと変容するのである。しかし、現実には、会社企業の既得利益を保護すべしとの要求のほうが大きすぎる。日本国では我妻栄が構築した法理論中に顕著に見られるように、「企業活動は団体法理によって規律される。」という特殊歴史的制約下に形成された固定観念が支配的である。しかし、有限責任による個人投資を実現する法的枠組が実現するためには、21世紀においては、これを大幅に修正し、「企業活動は団体法理によって合理的に規律されてきたが、今後は、法主体が自然人であるか法人であるかを問わず、純粋に投資と配当を確保して経済活動の法的支持基盤を構築するという観点から企業の経済活動を法的に規律すべきである。」と仕切り直す必要がある。そして、純粋に行動類型としての「企業」概念を構築した上で、それに即応する新たな法システムを構築しなければならない。

 さらに、ネットワーク環境では、コンテンツにまつわる諸権利の人格権的側面も無視してはならない。しかし、ここで提案した方法論は、あくまでも商売としてのデジタル・コンテントの流通コントロールを目的とするものである。もし人格権的側面も保護すべきものとするのであれば、現実世界の法システムそれ自体の根本的な改造が必要になるであろう。すなわち、特定のコンテントの財産権的側面と人格権的側面とを調和的に保護しようとするのであれば、異なる行動原理を同一のメソッドで実行できるようなインプリメントを考え出さなければならないのである。ここでは、同一のメソッドを利用するものでありながら、同時に、モデルもオブジェクトも異なるものであるがゆえに、メソッド構築の手法それ自体を多重的なものとして再モデル化する必要がある。そのような必要性に十分に応えられるだけの基本的なパラダイム変換が求められる。この点にも十分に留意すべきである。

 加えて、上記メソッドは、知的財産権保護を最重点の目標としたモデルに基づくものである。このモデルを実現するためのメソッドは、知的財産権の保護のための最適解を得るための一つの方法となり得る。しかし、義務者の管理をネットワーク環境において徹底するということは、それと同時に、権利者の側において、義務者であるユーザの個人情報を完全に把握することを可能とするし、また、そうでなければこのメソッドは十分に機能しない。なぜなら、コンピュータ・システムにおいては、権利侵害となるイベントやデータの存在を認識するためには、すべてのイベントやデータを予め監視しコントロールできなければならないからである。その結果、知的財産権は保護されても個人のプライバシーは消滅してしまうという根本的な問題がある。そして、もし知的財産権の保護とプライバシーの保護とをバランスさせようとするのであれば、ネットワーク環境においては知的財産権の保護を徹底してはならず、ある程度の保護で満足すべきであるというポリシーを選択すべきことになる。

 他方で、上記方法論は、現実社会における司法プロセスを介在させずに法的紛争を自動処理するシステムを内包している。ここでは、利用契約(約款)の貫徹のみが優先し、全体としての正義が維持される保証は存在しない。このことが、コンテントのユーザにとって多くの不利益をもたらすかもしれないことは自明である。また、このシステムは、主権国家の司法権を無視しなければ成立しない。このことが、現在の国際環境の下において、合理的なものとして受容されるのは難しいと思われる。しかし、そうであるということは、このようなシステムが現実に機能してしまうかどうかとは無関係なことである。政治学ないし経済学的な観点から見た場合、司法システムは、財の流通と対価の確保のためには制約条件の一つとして機能する。現実世界では、紛争解決システムとして機能することによって司法システムの存在を合理的なコストとして計算可能であるが、上記モデルにおいては、合理的なコストではなく単純に阻害要因となる。すなわち、ネットワーク環境において知的財産権保護を徹底することは、司法プロセスの介在を排除することを必須のものとする。その結果、基本的人権を含む他の諸利益に対し、経済的利益だけを最優先に取り扱うことになるという帰結が論理必然的な結果として導出されるのである。

 そこで、知的財産権を社会システム全体の中でバランスのとれたものとして保護する必要性が出てくる。そして、知的財産権以外の諸利益を考慮し、それらとのバランスを目標としてモデルとメソッドを構築するのであれば、知的財産権も現実の社会システムの中で認知された法的利益の一つに過ぎない以上、その権利としての保護にも自ずと内在的な制約があり、その保護を完全なものとしてはならないということを承認すべきだという結論が最も正しい解である。


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Published on the Web : Jan/09/2001

Error corrected : Feb/05/2001