ネットワーク社会の法とルール

by 夏井高人 & 富士通総研


初出:富士通広報誌 F-Pal Vol.483 p.14 Apr/1998


既存の法律では裁ききれないネットワーク社会

− 法律や司法制度といった観点からすると,ネットワーク社会はどういう特徴を持っていると言えますか。

 ネットワーク社会ではこれまで考えられているような法律がまったく無力になる可能性があるといえます。

 ネットワーク社会は一つのコミュニティだと思っています。それが実際の社会の全てではないけれども,非常に大きな一部です。そして本来ならば,ある特定のコミュニティをコントロールするために国家の法というものがあって,しかも強制できるものでなければならないのです。

 ところが,ネットワーク社会というコミュニティでは,国家権力によるコントロールや規制が事実上不可能です。ネットワーク社会で何か規制しようとすると,それを抜けるような新しい技術がすぐにできてしまいます。そういうことをいくら続けても,法律の方が遅くなってしまいます。

 例えばやくざの社会などはそういう社会でしたが,表沙汰になりにくいものでした。ところが,ネットワーク社会は今や全ての企業活動の基盤で,しかもグローバルなものです。オープンで社会的に大きな影響力があります。そこに違いがあり,問題が生じるのです。

 では,どうすれば良いかというと,ルールの強制をプログラム化するしかないと思います。たとえば,電子商取引においては暗号化のシステムとしてSSLとかSETなどの方式があります。これらのプロトコルは技術的なものですが,そこには一定のルールが含まれていて,そのルールを守るようにソフトウェアが作られます。ネットワーク社会ではそういう形でルールが強制されるようになると思います。

一つのデファクトが世界を牛耳る危険性

 しかし一方で,標準的なルールを守っている道具を使わなければネットワークの中で動き回ることができないとすれば,それを作った者,企業が世界を支配してしまうという危険性があります。

− 誰かが作ったルールが世界標準になってしまったとして,そのルールに従わない場合はどうなりますか。

 一つの極端なシミュレーションをすれば,そのルールに従えない国家は,孤立した鎖国状態になってしまうことが考えられます。個人に関して言えば,社会的抹殺という状態だってあり得ます。

 ネットワーク社会というのは,放っておけば,自らルールを作り出す側に回るか,それともそれを受け入れるか,どちらかしかない社会になってしまう可能性があります。それは戦国時代に戦国大名が領土を取り合っていた実力支配の状態と同じです。人類は民主主義を獲得しながら社会を発達させてきたのですから,ネットワーク社会でも戦国時代に戻るのではなくて,何らかの民主的な手続きが必要だと思います。

世界的ルールを遵守する

 そのような手続きは,世界を考慮すると国家間の条約のような形で進めていくしかないと思います。しかも,細かなことを決めていくとどうしても後追いになってしまいますので,一定の指針を決めるという方法がベストでしょう。現在WTO(世界貿易機関)やUNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)などでいろいろなガイドライン作りが進められていますが,これは非常に良い方向だと思います。

 そして,一番大切なのは,多くの国の人たちが議論してこれが一番良いと決めたものを,各国が遵守することです。そのためには,国民がネットワーク社会のルールの重要性を理解できる能力を持っていなければなりません。

 その際必要な条件の一つは,日常的に国民に必要な情報が与えられていることです。研究機関やシンクタンクなどは,今ネットワーク社会でどのようなルールが作られつつあり,それを承認する場合のメリット,デメリットは何かということを,国民に知らせる義務があると思います。

 もう一つ重要なのは,国民が与えられた情報を自分なりに理解する能力です。これは教育機関の仕事で,私が裁判官から大学教授に転身した理由もそこにあります。

世界を意識した行動が必要

− 私たちは日常生活の中でネットワークを使っていますが,ネットワークを使う時,注意しなくてはいけないことは何でしょう。

 ネットワーク社会では,コンピュータの前に座ったとたんに,そこはグローバル社会です。日本の法律,ルールが必ずしも通用するとは限らない場所です。現実に体が日本から海外に出る場合には,「ここは日本じゃないから法律も違うんだ」ということを意識し,実感して行動しますね。例えばグアムでは観光客としてピストルを撃つこともできるし,レンタカーを運転する場合は右側通行をします。ところが,ネットワーク社会では体は動かないわけですから,法律,ルールが違う世界につながっているということを実感し,行動することが難しくなります。

 人間はやはり動物ですから,五感の作用が重要です。海外に行った時の風の香りとか,汗の感じとか,そういう感覚と一緒に現地のルールに馴染んでいきます。ところが,ネットワーク社会では,感覚は日本にいるままで,世界を意識して行動しなくてはいけないのです。これは人間にとって生理的には非常に酷なことかもしれません。しかし,ネットワーク社会には便利な面がたくさんあります。そのメリットを享受するためにはルールが必要なのです。つまり私たちもネットワーク社会のルールを理解し,遵守しなければいけないのです。

 


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最終更新日:Jun/02/1998

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