プログラム・ライセンス契約とその終了時期

by 夏井高人


1988/10/30 脱稿

この論文は,雑誌掲載を考えて準備したまま失念し,ファイルの奥底に眠っていたものを,ファイル整理中にたまたま発掘したものです。かなり時代を感じさせる内容ですが,あえて執筆当時のままの状態で公表してみることにしました。なお,当然のことながら,引用文献等は執筆当時のものです。


目     次

1 はじめに

2 検  討

A ライセンス契約の意義

イ 利用期間の満了

ロ 契約の解除

ハ 著作権またはライセンス権の消滅

ニ 物理媒体の消滅

ホ ユーザーの死亡・破産

B ライセンス契約の終了

イ プログラム利用の継続性の確保

ロ 契約の相対的消滅と消費者保護

ハ 法人における特殊な配慮

C 今後の検討課題

3 結  語

<注  記>


1 はじめに

 自らプログラムを開発した者は,当該プログラムの利用権限を原始取得する。これに対して,他人が開発したプログラムを利用しようとする者は,契約によってその利用権限の移転または設定を受けなければならない[1]。この契約の最も主要なものは,ライセンス契約である。ライセンス契約については,様々な研究成果が発表されている[2]。ところが,その終期及び契約終了に伴う法的問題については,殆ど検討が加えられていないようである。そこで,本稿では,この問題について若干の検討を加えてみたい。

2 検  討

A ライセンス契約の意義

 コンピュータ・プログラムの利用権取得のための契約として,プログラムの売買契約が締結されることがある。また,請負契約類似のプログラム開発契約が締結されることも少なくない。そして,これらの契約がコンピュータ本体のリース契約と組合わせて締結されることも珍しいことではない[3]。かかる契約が締結され履行された場合には,当該プログラムの処分権がユーザーに移転する(著作権法61条1項)。

 これに対して,通常のソフトウェアでは,その殆どの場合において,ライセンス契約が締結される[4]。この契約は,当該プログラムの著作物の著作権者または著作権者から許諾を得た者によって,特定または不特定のユーザーに対し,当該プログラムの利用権の設定をなすことを主たる目的とする契約であって,プログラムの利用に関する部分は賃貸借契約ないし使用貸借契約類似の貸借契約であり,当該プログラムを記録した磁気ディスク等の物理媒体の権利移転に関する部分は売買契約であり,当該プログラムのメンテナンス等の保守サービスに関する部分は一種の請負契約であるような混合契約であると考えられる[5]。本稿では,このようなものとしてライセンス契約を理解する。

 ライセンス契約が多用される理由としては,ライセンス契約では著作権の移転を伴わないため,著作権者が当該プログラムの著作権を留保したままで複数のユーザーにそれを利用させ,それらのユーザーから広範に利益をあげることができることが指摘されている[6]。しかし,これに加えて,ライセンス契約では,ライセンス権者が貸主としての優越的地位を維持できることにも注目しなければならない[7]。まず,プログラム・ライセンス契約という契約類型が伝統的な典型契約とは異なる新たな契約類型であるため,個々のライセンス契約の契約内容が従前の消費者保護法と抵触するか否かが判然としないことが多い[8]。また,実際のライセンス契約では,様々な拘束条項や制限条項が約定されており,ユーザーは,かかる約款に従うかどうかの選択肢か残されていないというのが常態である[9]。それが契約自由の範囲内にある限り,これらの約款や特約等も一応有効なものとして扱わざるを得ないが,ライセンス契約の終期を考えるに際しても,このような特約の内容及びその効力の吟味が不可欠である[10]

B ライセンス契約の終了

 著作権法47条の2第2項,49条2項3号は,プログラムの著作物の利用権に関して様々な終了原因のあり得ることを予定している。ただ,その具体的内容は,必ずしも明らかではない。また,現実のライセンス契約において,様々な特約等が約定されていることは,前記のとおりであるが,終了原因として考察の対象とすべきものも決して少なくない。本稿では,ライセンス契約の終了原因として考えられる主要なものについて,順に検討を試みる[11]

イ 利用契約の満了

 ライセンス契約において利用期間が約定されている場合,その期間の満了により契約が終了する。この場合において,契約の自動更新が約定されていれば,それに従って更新がなされることになるが,かかる更新条項がなくても,期間満了に伴う黙示の更新が推定されると解するべきである(民法619条1項)。しかし,コンピュータ・プログラムに関しては,借地法4条1項や借家法1条の2のような制度が存在しないので,当該ライセンス契約のライセンス権者は,何ら正当事由がなくとも,契約の更新拒絶をなし得ることになる。

 これに対し,ライセンス契約中に利用期間の定めがないときは,期間の定めのない契約となる。この場合の利用期間の上限は20年になると解するのが妥当である(民法604条1項)。もっとも,現在の技術革新等の速度を考慮すると,20年も経過してない独立の経済的価値を維持するようなプログラムが存在し得るとは到底考えられない[12]。なお,期間の定めのない契約である以上,ライセンス権者の解約告知があれば,その日から1日の経過によって当該ライセンス契約が終了することになる(民法617条1項3号)。しかし,これではユーザーの保護に十分ではない。解約に際してライセンス権者に一定の精算義務を負わせるような立法及び解釈論が必要ではないかと思われる。

ロ 契約の解除

 ライセンス契約の解除も契約の終了原因となる。この解除には,解約の合意や債務不履行解除(同法541条,543条)等も含まれる。解除がなされると,当該ライセンス契約の対象となったプログラムの利用権が直ちに消滅するので,解除の効果たる原状回復義務の内容としては,物理媒体の返還ないし破棄が主要なものとなるが,場合によっては,プログラム利用に伴う各種ノウハウ等の漏示禁止義務等が発生する場合もあり得る。

 解除の要件に関しては,まず,ライセンスを受けたプログラムに最初からバグがある場合,これが民法548条1項に規定する「目的物の毀損」に該当するかとどうかが問題になる。しかし,当初のプログラムにバグがあっても,要するに,そのようなものとしてライセンスされたのであり,その利用権を消滅させることが契約解除の目的なのであるから,バグの存在は,民法548条1項所定の「毀損」に該当しないと解するのが妥当である。但し,この場合には,同法545条3項の損害賠償額の算定において,当該バグによるプログラム利用可能性の減少を考慮しなければならないと解される。

 また,ライセンスを受けたプログラムの改良等によって,それが「他の種類の物に変じた」場合に解除権が消滅するかどうかが問題となる[13]。この点について考えると,著作権法47条の2第1項によるプログラムの改良は,本来のライセンスを前提にしたものであって,当該プログラムの利用形態そのものにほかならないのであるから,かかる改良がなされても契約解除の妨げにはならないと解するべきである。そして,ライセンス契約が終了すると,ユーザーは,その改良プログラムに対する利用権を喪失し,これを破棄しなければならないことになると考えられる。実際にその旨が明記された契約文書の類も珍しくない。

ハ 著作権またはライセンス権の消滅

 著作権の保護期間経過や放棄によって,当該プログラムの著作権が客観的に消滅した場合,ライセンス契約の履行が客観的不能に陥るわけであるから,その著作権の消滅と同時にライセンス契約も終了するのではないかという疑問がある。そのように解した場合,ライセンス契約に基づく各種効果が将来に向かって失効し,ユーザーのプログラム利用権限も消滅する一方,ライセンス者が各種特約に基づいて得ていた利益も維持できなくなる。

 しかし,ライセンス権の消滅は,常に契約終了原因となるとは限らないと思われる。特に,ライセンス権の譲渡や営業譲渡に伴うライセンス権の移転の場合のように,ライセンス権が相対的に消滅した場合には,むしろ,ライセンス者としての権利・義務が特定承継されると解するべきことが多いのではないかと思われる。これは,ライセンス権の相対的移転の原因となった契約等の解釈の問題であるが,事案によっては商法23条の類推適用の可否が問題となることもあり得よう。

 また,プログラムの著作権の消滅がライセンス権の消滅に直結しない場合も考えられる。例えば,当該ライセンス契約において,単にプログラムの利用権の設定のみならず,当該プログラムの利用に伴う情報提供や担保等の役務も契約内容の一部となっている場合,かかる約定は,当該プログラムの著作権の帰属とは関係のない役務提供約定であるので,その当然消滅もないし,提供された役務に対する経費支払債務の消滅もないと解するべきである。その意味で,ライセンス契約中の約定及びその効力の中には,プログラムの著作権の消滅と運命を共にしないものがあり得る。なお,かかる役務提供がライセンス契約とは別の契約によってなされた場合,この役務契約の存続の有無とは関係なしにライセンス契約が消滅することになるのは当然である。また,著作権の消滅がライセンス契約の完全な消滅を惹起しない場合でも,当該著作権等の消滅が履行不能による契約解除原因となり得ることは当然である。

 ところで,ライセンス契約も債権契約の一種であるから,特定のプログラムの著作物に関して,全くの無権利者もまた有効にライセンス契約を締結し得る(民法559条,560条)。従って,当該プログラムの処分権の存在は,契約成立の要件とならない。ただ,ユーザーは,当然には正当な利用権を取得することにはならないので,ライセンス者に対して正当な利用権の取得及び設定を求める債権的請求権を有するのみである。そして,ユーザーと本来の著作権者との間では,著作権侵害の有無が問題となり得ることになるが,その法的解決は,ライセンス契約の有効性それ自体とは別に相対的に処理されなければならない。後発的にライセンス権の消滅があった場合でも,ライセンス契約の効力それ自体が直ちに左右されるわけではない。このことは,ライセンス者の側におけるライセンス権ないし著作権の譲渡のような相対的権利消滅がある場合でも全く同じであると考えられる[14]

ニ 物理媒体の消滅

 ライセンス契約の目的物は,論理的な意味でのプログラムであって,物理媒体上のプログラム記録はその提供義務の履行形態の一つに過ぎない。従って,ライセンス契約において物理媒体の消滅がライセンス契約の終了原因の一つとして約定されていない限り,物理媒体の消滅が直ちに契約終了原因となることはない。ユーザーは,物理媒体を所持していなくとも,有効に当該目的プログラムの利用権を維持しているのであって,ライセンスを受けたのと同じプログラムを有効に作成・利用する権利を有する一方,ライセンス者に対し,ライセンス契約に基づいて給付を受けた物理媒体の消滅を理由に,新たな物理記録の提供を求める権利を有する。ただ,ライセンス契約におけるライセンス者の給付義務を1回的給付によって消滅するものと解する立場に立つと,かかる請求権の発生根拠を別のところに求めざるを得なくなる。恐らく,ライセンス契約の合理的解釈上,当然の付款となっていると解することになるであろう。

 これに対し,ライセンス契約において,物理媒体の1回的給付をもって履行の全てとし,物理媒体の更新をせず,給付された物理媒体の消滅をもってライセンス終了とする旨が明確に約定されている場合には,給付された物理媒体の消滅による契約の終了を肯定せざるを得ないし,保守サービスの対処となる物理媒体そのものが消滅する以上,保守サービス等の役務請求権も消滅すると解するほかはないと思われる。ただ,このような契約がなされた場合であっても,契約の内容及び締約に至った事情の如何によっては,契約終了の効果を否定し,あるいは,信義則上の契約継続義務を認めるべき場合があるのではないかと思われる。

 なお,物理媒体の消滅が終了原因となっているライセンス契約において,複製禁止の特約があるう場合,バックアップ用の複製物が存在していてもオリジナルの物理媒体が消滅すると契約終了となることになる。その結果,ユーザーは,当該複製物を保持する権限も失うことになり,以後,当該プログラムを利用すれば債務不履行(返還義務違反)になるということにもなりかねない。しかし,かかる場合には,むしろ契約終了を認めず,複製物使用もライセンス契約の債務不履行原因とはならないという解釈論を採用するのがむしろ穏当であろう。かかる解釈論を採用してもライセンス権者に実質的に損害が発生することはない。あえて言えば,メンテナンス料金を取得できなかったという損害が発生し得るが,単純な物理媒体滅失の場合にまでかかる料金を支払わざるを得ないような約定に合理性があるとは到底考えられない。著作権法47条の2第2項も物理媒体消滅の場合には特別の配慮を加えているのであり,かかる場合に前記制限約款を全面的に有効とするだけの合理性を肯定すべき根拠は乏しいように思われる。

ホ ユーザーの死亡・破産

 無償のライセンス契約は,使用貸借の一種と考えるべきであるから,ユーザーの死亡により契約が終了することが明らかである(民法599条)。おそらく,無償のPDSの場合も同様であって,当該PDSの著作権が放棄されていない限り,ダウンロードしたユーザーの死亡により,当該ダウンロードにかかるプログラムの利用権は消滅すると解する。ただ,PDSであること自体から当然に一般承継を容認するものであるという見解を採用するとすれば,利用権が当然消滅せず,遺産としての分割という問題が発生し得る[15]

 有償のライセンス契約においては,ユーザーの死亡という事実が直ちに契約終了原因となることはない。しかしながら,当該契約が特定のユーザーに限定してプログラムの利用権を与える趣旨のものである場合(いわゆるパーソナル・ライセンスの場合)には,前記無償契約と同様の問題が発生することになる[16]。即ち,かかる限定条項は,直ちに当該利用権の譲渡禁止の効果をもたらすものであるし,通常は,一般承継の禁止の趣旨も含むものである。従って,かかる契約が締結された場合には,ユーザーの死亡によって契約は終了すると解する以外にない。実際,パーソナル・ライセンス契約におけるライセンス料金は,比較的廉価に押さえられており,かかる終了を認めるのがむしろ合理的であると考えられる。

 ところで,死亡が終了原因となるようなライセンス契約が締結された場合,その契約によって取得されたプログラム利用権は,非譲渡性資産であると考えられる。従って,その税務における取扱には慎重な配慮を要する。

 また,このようなライセンス契約では,ユーザーの死亡が契約終了原因となる以上,当該プログラムの利用権が相続財産に含まれることもあり得ないと考えられる。同様に,一般承継も特定承継もないプログラム利用権は,破産財団となる資格を有しない。しかも,実際には,破産宣告によって当該ライセンス契約が終了することが多いだろう。なお,破産により当然終了しない類型に属するライセンス契約であっても,ユーザーが破産者であるときは,その破産管財人が当該ライセンス契約の解約権を有することは当然である(民法612条)。

 これに対し,契約ユーザーの死亡・破産が終了原因とならず,かつ,譲渡禁止特約がない場合でも,当該契約に基づくユーザーの権利や債権が不可分であるときは,特定動産と同じ処理が必要になる。従って,破産手続でも,売却と換価による破産財団への組込の場合等において,特殊な考慮が必要になる[17]。また,利用権の相続に関しても,通常の相続理論と整合しない部分がないかどうか,慎重な検討が必要であると思われる。

C 今後の検討課題

イ プログラム利用の継続性の確保

 以上の検討は,専ら個人ユーザーを前提にするものであるし,従来は,単純な契約終了を認めても社会的にさしたる問題も発生することはなかったと言うことができる。また,実際に契約が終了していても,その適法性の有無は別として,当該ユーザーが従前から使用していた物理媒体またはその複製物をそのまま利用し続けているというのが現状であったので,当該プログラムを利用したコンピュータによる事務処理等に特に支障の起きることもなかった。

 しかし,今後,社会のあらゆる部面においてコンピュータが利用されるようになってくるであろうし,他方において,著作権をはじめとする知的財産権に関する主張や権利行使が強化されてくるであろうことを前提にすると,問題をこのまま放置することはできないであろう。

 他面において,プログラムの保護は,その論理的な意味におけるオリジナル・プログラムの保護だけでは十分でない。現在では,第4世代言語を中心とするいわゆるジェネレータ言語で作られるプログラムのもとになるプログラムに見られるように,ユーザーによるパラメータの設定等により新規に生成されて初めて意味を有するプログラムが少なくなく,このようなものでは,プログラム利用権限の消滅を認めることが社会的に相当でない場合があり得る。例えば,現在でも直ちに問題になり得る例として,コンパイルにより生成されたロード・モジュールの利用権がある。即ち,ロード・モジュールに結合されるライブラリに著作権を認めた場合,コンパイル後のオブジェクトには,それを共同著作物と解するか編集著作物と解するかを問わず[18],ソースの著作権とライブラリの著作権が競合することを避けられないのであるが(著作権法28条,64条,65条),ロード・モジュールまたはこれに結合されたライブラリに関してライセンス権者が権利留保している場合には,原則として,契約終了によりロード・モジュールに結合されたライブラリの利用権限も終了すると言わざるを得ないことになり,その結果として,ユーザーによるロード・モジュール全体の利用権消滅という事態の発生も避けられないのである。このような事態が大規模に発生した場合,ユーザーの業務遂行に致命的な打撃を与えることもあり得る。この点に関して,私は,ライブラリ・ファイルについては強制許諾を法定すべきではないかと考えている。

 このような問題は,今後,UNIXシステムを中心に複数ユーザーによるライブラリのメモリ共有が多用されるようになってくると,極めて深刻な様相を呈してくることになる。特に,ホスト運営者がソフトウェアの基本ライセンスを取得し,これをユーザーに利用させる形態が一般的になってくるはずであるが,その場合において,利用されるプログラムのライセンスの消滅が単にホスト運営者に対してのみならず,相当広範囲のユーザーあるいは当該ホストに接続されたサブ・システムにもその影響を及ぼすことは当然である。この問題に対する対処が非常に重要かつ困難なものであることが理解されよう。

ロ 契約の相対的消滅と消費者保護

 以上の検討は,契約の客観的終了を前提にするものであった。しかし,現実には,逆に,ライセンス権の譲渡やライセンス者の営業譲渡等の相対的譲渡が問題となることが少なくない。例えば,ライセンス権の移転があったのに,ユーザーにはそのことが知らされず,ユーザーが誰に対してプログラム保守サービスの履行を求めるべきかが不明となってしまうような事例もある。殊に,中小のソフト・ハウス等では,倒産や事実上の営業停止が頻繁にあるので,このことがユーザーの権利保護にとっても重大な問題となってきている。

 第一の問題は,契約当事者の存在をどのように特定するか特定するかというものである。ライセンス者の側では,ユーザー登録等によってこれが可能である。これに対しユーザーの側からはライセンス者の異動を知ることができない場合が多い。そこで,この問題を解決するための解釈論として,ライセンス契約においては,ライセンス者におけるライセンス権の移転があれば,その度にそれを全ての登録ユーザーに周知させるべく通知をすべき義務が黙示に約定されていると解釈することが考えられる。このような義務を認めることによって,少なくとも,ライセンス権者の所在に関する情報提供を求める権利をユーザーの側に認めることが可能になりそうである。ただ,このような解釈は,一種のフィクションであるし,現実には,その実効性も疑わしい。消費者保護の観点を重視するとすれば,プログラムの著作権またはライセンス権の移転があるときは,当該移転にかかるプログラムの関係当事者に対し,その旨を公示または広告し,知れたるユーザーに対してはその旨の通知をさせるような特別法の立法を検討しなければならないと思われるが,現時点においても,具体的な事件におけるライセンス契約の解釈にあたっては,この点の配慮を欠くことはできないであろう。

 第二の問題は,プログラムのライセンス者に交代や破産があった場合に,ユーザーに対する保守サービス等をどのように確保するかという問題である。この問題は,本質的には,法的問題というよりも経済的問題である。しかし,法的問題として検討しておかなければならない部分も少なくない。まず,営業譲渡等に伴ってライセンス者の地位の移転があった場合には,原則として,従前のユーザーに対する保守サービス債務等もそのまま新ライセンス者に移転すると解する必要がある。そして,このような保守サービス債務等の移転を遮断するような約定は無効と解すべき余地がある。また,ユーザーに対する実質的な保証ないし担保を求めるとすれば,保険制度の活用を考える以外にはなさそうである。現在,プログラム関係の保険は,必ずしも十分なものではないが,その必要性は,ますます増加するであろうし,個人消費者における需要も無視できなくなるであろうと思われる[19]

ハ 法人における特殊な配慮

 プログラムを使用する機械及び使用者を特定してライセンス供与がなされるようなライセンス契約は,決して珍しいものではない。しかし,法人の従業員を個人ユーザーとしてかかる類型の契約が締結された場合,非常に困難な問題が発生する可能性がある。即ち,当該契約ユーザーに異動があり,当該契約ユーザーによる当該契約機種上でのプログラムの使用が事実上不可能になると,直ちに当該プログラムの利用可能性が消滅するのである。これは,ライセンス契約の終了ではないので,当該契約ユーザーが契約機種で利用することを前提にする限り,利用権そのものは維持されている。しかし,法人がかかる類型の契約を締結することには,大きなリスクを伴うことになる。従来,このことが余り問題にされていないのは,決して少なからぬ事業所において違法コピーによるプログラムの使用が日常的になっていたからにほかならない。しかしながら,右のような利用契約の約旨それ自体の合理性に疑いのあることを一応措くとしても,法人内における違法コピーの蔓延という事態が健全なものでないことだけは,誰の目にも明らかである。

 そこで,このような事態に対処するための方策を検討しなければならないのであるが,箇条書き的に言えば,知的創作物に対する尊重の精神を培うための教育活動,サイト・ライセンス契約の普及,ソフトウェア業界における標準約款の設定等をあげることができよう。特に,標準約款の設定は重要である。これは,契約の場面におけるインタフェイスの標準化を意味する。これなしには,決してユーザー・フレンドリーなソフトウェアなどあり得ない。ただ,標準約款では,合理的でない約款を排除することが必要であるし,適正な苦情処理手続等も準備すべきであり,本稿で述べたような契約終了に伴う各種の問題を円滑に解決できるような手当てを設定しなければならないと考える。これが最善の方法であるとは限らないが,いずれにしても,何らかの方法によって,ライセンス提供者とユーザーとが共存できるような途を探らねばならないのである。

3 結  語

 以上,簡単ながらプログラム・ライセンス契約の終期とそれに関連する問題についての検討を終えた。従来の民法学においては,殆ど触れられていない領域であるが,実務では極めて大きな意味をもつものであるし,現実に本稿に関連する事件も増加するきざしを見せ始めているように思われる。ライセンス契約を含めたコンピュータ関係の利用契約に対する学際的な研究もまた緊急の課題であると言わなければならない。

 


<注  記>

[1] 契約による権限取得のほか,特定のプログラムについて,その著作権の時効取得も考えられないわけではないと思われるが,この点について論じたものはないようである。

[2] 主要な文献としては,本間忠良「プログラム「使用」ライセンス試論」ジュリスト867号(1986)122頁,朝日親和会計社編『ソフトウェア取引の実務』(中央経済社,1986)34頁,松田政行編『コンピュータ・ビジネス・ロー』(商事法務研究会,1987)92頁,久保利英明ほか『著作権ビジネス最前線[改訂版]』(中央経済社,1987)110頁,植松宏嘉『プログラム著作権Q&A』(金融財政,1987)142頁がある。

[3] プログラム作成契約とコンピュータのリース契約との関係については,拙稿「コンピュータ・プログラム関係判例概観(下)」判例タイムズ671号19頁

[4] 市販パッケージ・ソフトウェアに関する契約締結時期については,民法526条2項の適用を考えるのが通説的な見解である。例えば,前掲『コンピュータ・ビジネス・ロー』161頁,同『著作権ビジネス最前線』112頁がこのような見解を採っている。しかし,その根拠及び要件等についえは,未だ詰めた議論がなされていない。

[5] 実際には,物理媒体や使用マニュアル等の文書類に関する部分が売買契約に相当するかどうかについて疑問のある例もないわけではない。例えば,ライセンス契約において,その契約終了時点では磁気ディスク等の物理媒体あるいはマニュアル等の文書類を物理的に破棄すべき旨の約定がなされることが決して稀ではないからである。かかる場合は,物理媒体自体についても,単に利用権が設定されているだけであると解する以外にない。

[6] Davis, G., 1985, 'Software Protection', Van Nostrand Reinhold Company, pp.187, Carr, H., 1987, 'Computer Software', ESC Publishing Ltd., pp.92,前掲『コンピュータ・ビジネス・ロー』157頁,同『著作権ビジネス最前線』110頁

[7] 本来は,市場原理こそが最も重視されなければならない。しかし,資本基板の貧弱なソフトウェア流通経路の下では利幅の薄い安価なプログラムを流通させることが非常に困難であること,他方,違法コピーやレンタルの横行によって投下資本の回収に支障が出てきていること等の事情が災いして,本来あるべき自由な市場が形成され難くなっていることも否定できない。
 なお,プログラムの違法複製行為に関する事例としては,拙稿「コンピュータ・プログラム関係判例概観(上)」判例タイムズ670号48頁以下に掲記した事例のほか,
東京地判昭和63年6月23日判例時報1284号156頁がある。

[8] 大澤恒夫「コンピュータ・プログラムの「再販売価格」と独占禁止法」NBL397号(1988)19頁,安部次男治「パーソナル・コンピュータの再販売価格維持行為事件の概要」NBL406号(1988)32頁,服部秀男「技術取引と独占禁止法」NBL409号(1988)12頁

[9] 現実に比較的多くのライセンス契約で利用されている特約としては,@プログラムを使用する機械(コンピュータ本体)の限定,Aプログラムの売買及び賃貸の禁止,B複製の禁止,C他のプログラムへの組込等の禁止,Dプログラム利用に伴う免責の条項等がある。

[10] 特約の効力については,拙稿「電子記憶媒体に関する若干の考察(4)」判例タイムス657号(1988)41頁の注(100)でも触れた。

[11] ライセンス契約でも,詐欺取消や錯誤無効による契約終了または消滅もあり得るが,本稿では,このような一般的な問題は扱わない。

[12] 著作権それ自体の存続期間についても同様のことがあり得ると思われる。即ち,現在,プログラムについても,その著作権は,創作の時から50年間存続することになっている(著作権法51条)。しかし,所詮,50年後には殆どのプログラムが陳腐化して無価値物になっているだろう。おそらく,通常のプログラムが経済的価値を有効に維持できるのは良くても10年程度であろうし,市販の事務用パッケージ・ソフトでは概ね3年未満,ゲーム・ソフトの類ではせいぜい1年ないし2年未満と考えるのが妥当である。

[13] 『注釈民法(初版)』13巻431頁

[14] ライセンス権の譲渡があった場合,これは,一種の債権譲渡であるから,民法467条の通知をもってその対抗要件とすべきである。

[15] PDSの利用権限の終期につき,注意を喚起するものとして,佐野稔「フリー・ソフトウェアと著作権法」Computer Today 23号(1988)21頁がある。

[16] 一般のライセンス契約において譲渡禁止特約の約定された場合にも全く同じ問題が惹起され得るが,ここでは,特に論じない。

[17] この問題については,著作権の担保化について論じた石井眞司ほか『特殊担保 その理論と実務』(経済法令研究会,1986)577頁以下,高石義一『コンピュータ法務』(にじゅういち出版,1987)189頁以下が参考となる。

[18] ライブラリ及びロード・モジュールの著作権については,前掲「コンピュータ・プログラム関係判例概観(上)」の注(2)に掲記の文献のほか,中山信弘「ソフトウェアの法的保護(新版)」(有斐閣,1988)33頁。

[19] 個人ユーザーのレベルでは,日本マイコン・クラブの会員に対するコンピュータ関連保険サービスが比較的広範な利用例として存在する。なお,特定のソフトウェアの購入がクレジットを利用してなされている場合,当該クレジットに付加されている保険サービスが間接的にプログラムに対する保険になっていることもあるが,この点について検討した文献は存在しないようである。

 


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最終更新日:1998/04/08

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