step02 物質・エネルギー・情報

《情報》を、少し別の角度から考察しよう。情報でないもの、つまり《物質》や《エネルギー》との比較である※1

1 前stepで注記したとおり、《~》~という概念を表す。

これらはどれも抽象概念であり、はじめから人々が共通に持っていた具体概念ではない。具体的な物や現象が、共通性に着目してくくられ、みなの共通理解になるまでには、長い年月がかかる。これら3つの概念も、人類が長い歴史の中で生まれ、あやふやなものから決まったものへと、成長してきたのである。誕生の時期も異なり、《物質》《エネルギー》《情報》の順に概念形成された。《情報》が確立してから、まだ100年か、せいぜい200年しか経っていないのだ。
これらの概念が成立するには、表1に示すように、多数の哲学者や科学者の研究が必要だった。有名人もいれば、聞いたことのない人物もいるだろうが、この16名が情報学におけるドリーム・チームだ。


表2-1: 《物質》《エネルギー》《情報》の成立に関わる哲学者・科学者

名前
分野・国
生没年 理論 内容
デモクリトス
BC460?~370? 原子論 《物質》の萌芽
アリストテレス
哲学・ギリシャ
BC384~322 質料と形相 《情報》の源流
ガリレオ・ガリレイ
物理学・イタリア
1564~1642 力学的エネルギー保存則 《エネルギー》の萌芽
ルネ・デカルト
哲学・フランス
1596~1650 機械論的世界像 《物質》の確立
アイザック・ニュートン
物理学・イギリス
1642~1727 運動方程式 《質量》の確立
アントワーヌ・ラボアジェ
化学・フランス
1743~1794 質量保存の法則 《質量》の確立
ジェームズ・ジュール
物理学・イギリス
1818~1889 エネルギー保存則 《エネルギー》の確立
ルドルフ・クラウジウス
物理学・ドイツ
1822~1888 熱力学第2法則 《エントロピー》の導入
マリ・キュリー
物理学・ポーランド
1867~1934 放射能の発見 《エネルギー》を原子力まで拡張
アルバート・アインシュタイン
物理学・ドイツ
1879~1955 (特殊)相対性理論 物質とエネルギーの等価性を証明
ノーバート・ウィーナー
数学・アメリカ
1894~1964 サイバネティクス 《情報学》の萌芽
ジョン・フォン=ノイマン
数学・アメリカ
1903~1957 フォン=ノイマン型コンピュータ コンピュータの理論を確立
アラン・チューリング
数学・イギリス
1912~1954 チューリング機械 コンピュータの理論を確立
クロード・シャノン
数学・アメリカ
1916~2001 情報通信理論 通信制御の理論を確立
吉田民人
社会学・日本
1931~2009 基礎情報学 《情報学》の継承
西垣通
情報学・日本
1948~ 基礎情報学 《情報学》の継承

《物質》《エネルギー》《情報》の発生と変遷

《物質》《エネルギー》《情報》の発生から成立までと、それらの相互関係を、図2-1に示す。この講座で何度となく立ち返り、検討することになる重要な図である。光沢紙に印刷して壁に貼っといてほしいくらいの力作だ。図中、黄色い箱で示したのが、情報学的に重要なテーマである。前述のVIPたちの写真(肖像画・彫像)も、スペースが許す限り載せている。

図2-1: 《物質》《エネルギー》《情報》の変遷と関連

《物質》の成立

図の左側、ピンクの枠内が、《物質》の発生から確立、そしてその後の理論展開を表している。
この世界のすべては物質から作られているということは、現在では当然のことだと思われているが、こうした理解は、17世紀以後、古く見ても2500年前に成立した。《物質》は、物は何からできているかという哲学的な問いかけによってしか生み出されないからである。 そもそも《物》でさえ、おそらく道具としての物所有物を手がかりとして生み出された抽象概念である。
紀元前5世紀・ギリシャの哲学者デモクリトスは、この世界のすべての《物》は原子(atom:分割できないものという意味)という不可分の粒からできているという、原子論を唱えた。この原子は、現在でいう分子素粒子に近いが、この考え方はいまでも通用している。粒子加速器も、電子顕微鏡さえなかった古代に、思考実験だけでこのことに気づいた洞察力は恐るべきである。
また、紀元前4世紀・ギリシャの哲学者アリストテレスは、物を含めた世界の成り立ちを、《質料》形相けいそう※2の2つの概念を用いて説明した。質料は現在でいう物質=エネルギーに、形相はパターン=(最広義の)情報にあたる。このアリストテレスの《形相》は、はるか後年のウィーナーの《パターン》を通じて、情報学を生み出す源流の1つでもある。

2 物質の基本量である「質量」と字が違うことに注意。また「形相」は「ぎょうそう」ではない。

2人の哲学者によって提唱された《物質》は、さまざまな哲学者・思想家による思索を経て、17世紀・フランスの哲学者ルネ・デカルトと、同じく17世紀・イギリスの物理学者/数学者アイザック・ニュートンに至って確立されたといえる。自然哲学者としてのデカルトは、力学的法則が支配する客観的世界観(機械論的世界像)を提唱することで、《物質》を完成させた。彼自身は、実体二元論(心身二元論)を唱える立場であり、また数学的検証を欠いた機械論的世界像の細部には誤りも多い。特に磁力や重力など遠隔力の説明などはメチャクチャだが、後世の物理学に多大な影響を及ぼした点からも、業績の重要性は揺るぎない。
デカルトの業績の大きな欠落を補って余りあるのがニュートンの仕事である。万有引力の法則で名高い彼だが、真の業績は万有引力(つまり重力)を含む、力と物体の運動を表す数学的法則(運動方程式)を確立したことにある。ニュートンは、万有引力も含む遠隔力がなぜ働くかを説明しようとして、デカルトのような悪あがきをしない。なぜかは解らないと割り切った上で、どのように働くかだけを数学的に分析したところに成功の理由があった※3

3 実際、遠隔力を説明できる理論は20世紀の一般相対性理論(アインシュタイン)による場の理論を待たねばならなかった。17世紀には手も足も出ない話だったのである。

ニュートンの理論を通じて、物質に固有な、最も基本的な量が質量であることが明らかになった。《質量》が形成されるには、

の2点が必要だが、この仕事はガリレイ、ケプラー、デカルトらが少しずつ推し進め、ニュートンにいたって大成したのである。
ただし、《質量》が確立するのは、18世紀・フランスの化学者アントワーヌ・ラボアジェによる、以下の法則の発見を待たなくてはならなかった。

質量保存則(物質不滅の法則)
どのような化学反応においても、反応前の物質の全質量と、反応後に生成した物質の全質量とは等しい。
これはもちろん、化学反応が閉じた系※4で行われる場合である。

4 外から余分な物質やエネルギーの出入りがない、という意味。英語のclosed system。反対語は開いた系(open system)である。以後の保存則や、後の単元でもよく出てくる術語なので、馴染んでおこう。

当時はまだ、燃焼は物質から燃素という物質が放出される現象であるという学説(燃素=フロギストン説)が生き残っていたが、この保存則の成立によって否定された。ただし、熱が物質ではなくエネルギーの一種だと最終的に判明するのには、後のマイヤーやジュールによる「熱の仕事当量」を求める実験(エネルギー保存則の成立につながる実験)を待たねばならなかった。

《エネルギー》の成立

一方、《エネルギー》の成立は、《物質》よりはるかに遅れた。現代でさえ、《エネルギー》《力》の区別がちゃんとついていない人はいそうである。エネルギーは目に見えないし、以下のようにさまざまな形態をとるため、それらが本質的に同じものとして理解され、単一の概念にまとめられるまでには、長年の思索と実験の積み重ねが必要だった。

《エネルギー》の実在をはじめて認識したのは、17世紀・イタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイであった。彼は斜面で金属球を転がす実験を積み重ね、位置エネルギー運動エネルギーについて、つぎのような法則があることを突き止めた。

力学的エネルギー保存則
閉じた系において、運動エネルギーと位置エネルギーの和を力学的エネルギーと呼ぶが、力学的エネルギーの総和はつねに一定で、が成り立つ。
ラボアジェの場合もそうだったが、閉じた系で何かが一定に保たれる、つまり保存則が成り立つことは、そこに何か実体のあるものが存在することの、何よりの証拠である。特にエネルギーのような目に見えないものの実在を信じてもらうには、これしかない。こうして、《エネルギー》の存在が、少なくとも物理学者の間には科学的事実として共有されることになった。
だが、注意しなくてはならないが、ガリレオが保存則を証明したのは、運動エネルギーと位置エネルギーの2つ(力学的エネルギー)だけだ。これを、続々と発見された他のエネルギー、つまり にまで拡張・再定義する、つまり保存則から「力学的」の3文字を取り去る仕事が残っていた。これには240年くらいかかった。1文字につき実に80年である。
なぜそれほどかかったかと言えば、熱や光までを相手にするとなると、金属の玉ころ相手のガリレオに比べ、はるかに精緻な実験が必要だからである。結局、これを成し遂げたのは、19世紀・イギリスの物理学者ジェームズ・ジュール(他にマイヤーとヘルムホルツの2名)だった。

エネルギー保存則(熱力学第1法則)
力学的エネルギーに加え、熱エネルギー、化学的エネルギー、電気エネルギー、光(電磁波)のエネルギーなど、すべてのエネルギーについて、閉じた系ではそれらの総和はつねに一定である。
ここに至って、《エネルギー》は完全に確立した。永久機関は否定され、ニュートンの運動方程式と合わせて、あらゆる自然現象を説明・予測できる基本法則が手に入ったかに思えた。時間の流れは一様かつ普遍、宇宙の森羅万象は原理的に予測可能であり、当時の物理学者は幸福な全能感に浸っていたはずである。

《物質》と《エネルギー》の等価性

しかし、幸福な状態は長くは続かない。このこと自体、後述する熱力学第2法則の現れかもしれない。世紀末から20世紀初頭に続いた物理学上の発見によって、エネルギー保存則にも綻びができてきた。レントゲンベクレル、そしてマリ・キュリーと夫ピエールによる、放射線と放射性元素(ウラン、ポロニウム、ラジウム)の発見である。ジュールらによる前述のエネルギー保存則において、すべてのエネルギーの中に原子力エネルギーが欠けているのに気づいただろうか。それは当然で、まだ発見されていなかったのである。
これら放射性元素からは、外からエネルギーを加えることなく、永久に光エネルギーが放射されるように見える。しかも、ラジウムのような元素では、このエネルギーは化学反応によって放出されるエネルギーより桁違いに大きい。つまり、原子力エネルギーを含めると、エネルギー保存則は成立しないかもしれない。これは物理学の危機だった。※5

5 また、1864年に発表されたイギリスの物理学者ジェームズ・マクスウェルの電磁方程式からも、すべての観測者にとって光速は一定という、ニュートン力学と矛盾する予測が導かれるために、当時の物理学者たちを悩ませていた。多くの学者は、電磁方程式は近似的な法則なのだろうと考えることで、この矛盾から目をそらしていた。だが、実はこの予測こそが正確で、後にアインシュタイン特殊相対性理論を生み出す元となった。

放射線のエネルギーはどこから来るのか。この問題を解決したのは、ドイツの物理学者アルバート・アインシュタインが1905年、25歳の時に発表した特殊相対性理論だった。物質(の質量)とエネルギ-は同じものであり、相互に変換できるいう、当時の物理学のというより人類の常識を覆す理論であった。その結果、ジュールらのエネルギー保存則は近似的にしか成立しなくなり、代わりに、その拡張版ともいえる以下の法則に書き改められることになった※6

6 そもそも、ジュールらのエネルギー保存則が、ガリレオの力学的エネルギー保存則の拡張版であり、嘆くにはあたらない。物理学ではよくあることなのだ。


質量とエネルギー保存則(熱力学第1法則・改)
特殊相対性理論(光速度不変の原理)から、質量とエネルギーが式(E: エネルギー(J)、m: 物質の質量(kg)、c: 光速度(m/s))に基づいて等価であり、相互に変換できる。したがって、閉じた系において、質量とエネルギーの総和はつねに一定である。
これによって、物理学はニュートン力学の枠を超えて、原子核反応やブラックホールなどの高エネルギー現象を説明できるようになり、現代の量子物理学宇宙物理学への道が開かれた。
なぜこれほど根源的な、質量とエネルギーの関係が、長年発見されなかったのだろう。それは式中の比例定数(変換率)が、光速度の2乗c2という極端に大きな値であることによる。キュリーらによる放射性元素の実験でも、質量のわずかな減少には気づきようもなかった。
せっかく式があるのだから、スマホの電卓などで、ちょっと計算してみよう。いま仮に、1g(= 0.001kg = 10-3kg)のウラン235が残らずエネルギーに変換されたとすると、
E = mc2 = 10-3 * (3 * 108)2 = 9 * 1013 = 90TJ(テラジュール)
という膨大なエネルギーが発生する。これはたとえば、 などに相当する。もっとも、たとえば原子炉内の核反応では、ウラン235燃料1gに対して質量欠損は0.09%といった比率なので、そう心配することもない(?)。

情報と担荷体

図2-1に書かれた情報に関するテーマは、続く各stepで扱うが、このstepの最後に、《情報》と《物質=エネルギー》の関係について考えよう。
この図において、《物質》《エネルギー》の流れは合流し、実は世界は《物質=エネルギー》と《情報》の2要素から構成されていることが明らかになった。
《情報》は、もう1つの実在である《物質=エネルギー》なしには存在できない。なぜなら、すべての情報には、それを乗せて運ぶものが必要だからだ。それはもちろん、物質=エネルギーしかありえない。
たとえば本の内容という情報は、紙とインクという物質によって、インクのしみの形作る文字の並びとして、言い換えれば形や配列のパターンとして構成される。
また、この講座資料は、 というように、情報を担っているもの(担荷体)物質かエネルギーのどちらかで、相互の間で簡単に変換(担荷体変換)できる。しかも、同じ情報であることは、見ればすぐに分かるのである。これは実に不思議なことである。 担荷体変換は、アインシュタインの式で表される物質とエネルギーの相互変換とは異なる。