この地球上に安住の地はない!
瀬々敬久監督『SFホイップクリーム』
越川芳明
瀬々敬久監督は、これまで日常の「境界」から一歩外に出る若い妊婦(『雷魚』)や主婦 (『汚れた女(ルビ:マリア)』)や女子高生(『こっくりさん』)や在日外国人(『RUSH!』)と いった日本社会の「見えない人間」たちを描いてきた。ちっとも凶暴ではない彼女らのさりげない 越境行為がもたらす殺人や自殺や性犯罪を描くことで、逆に平和な日常という仮面を突くという 手法をとってきたように思える。
こんどの『SFホイップクリーム』は、国境という政治的・人為的な「境界」を越える ノマド的な旅がどのような精神的な効果をひとりの典型的な日本人に及ぼすか、といったことを 考えさせてくれるSF映画である。
この2035年の地球を扱った近未来映画では、宇宙と地球のあいだに「境界」が設定されており、 それが現在における日本と外国との「国境」のメタファーとなっている。映画の中の違法宇宙人 (イリーガル・エーリアン)とは、さしずめ日本に違法滞在している外国人のことに他ならず、 違法宇宙人に育てられた主人公KENは、違法滞在外国人に育てられた日本人ということになるだろう が、KENは偽造IDのせいで、身許が証明出来ない。それでは、KENが不幸かというと、そうとはいい きれない。最初から地球人として生きてゆく地盤を奪われているので、逆にいえば、どこでも生きら れるという強みがある。地球人だから地球の「境界」を越えられないと、初めから自己規制を設ける 必要もない。KENがTVのプロレス放送から得た人生の指針は、アントニオ猪木の 「この地球上に安住の地はない」だ。そんなわけで、ドラッグの売人をやりながらも、組織にも ドラッグにも頼らないKENは、すでに逞しい境界人である。
一方、囚われの身のKENを異星へと強制送還する移送官HIDEは、地球にしか生きられない人間 (すなわち典型的な日本人)として登場する。この映画には、たとえば援助される側の異星人のほうが 地球人より知能(言語能力)が優れていることなど、瀬々監督お得意の小さなSM的な倒錯劇がいたる ところに張り巡らされているが、最大の倒錯といえるものは、主人公がKENではなく、HIDEであると いう点かもしれない。
この映画を発想の転換をもたらす移動劇としてみた場合、異星への強制送還は実は犯罪人KENの ためではなく、移送官HIDEのためにあったのだという、映画のオチが一番愉快な倒錯である。 というのも、KENにとってこの宇宙への旅が何も精神的な変化をもたらさないのに対し、 移送官HIDEこそは、この旅の過程でKENのいう「勝った負けたの世界」(「日経」や「ダウ・ジョー ウンズ」の数字やヴァーチャル・マネーに先導されるハイパー消費主義の世界)の価値観から、 いかにいい死に方、いい負け方をするかを重視するプロレスの「ホイップクリーム」の論理へと 大きな発想の転換をはかるからだ。
思い出してみよう。最初、地球では高級官僚であるはずのHIDEに鋭いところがちっとも見られない。 地球を離れて異星についたとたん、HIDEの口から出る言葉は、日本のオヤジそのものだ。 「おそろしく退屈なところだな、飲み屋とか風俗とかないのか?」と、ぼやいてみたかと思えば、 万能細胞で作られたという美少女ロボットを見て欲情して、「ねえちゃん、やらせろよ、セックス」 と、いい寄る。ところが、映画の最後のほうでは、まるで算数の計算に自信のない小学生が先生に おそるおそる聞くみたいに、「おれ、ホイップクリーム作れたかな?」とKENに謙虚に尋ねるまでに なる。あたかも映画のこれまでのシーンは、上司に騙されて異郷の地で死んでゆくHIDEが笑顔で 発するこの言葉のために存在しているかのようだ。移送官HIDEの、ささやかな願いをこめたこの 臨終の言葉が、SM女王さまの効果的な鞭のように、ピシャリ!と決まる。 いてぇ、でも気持ちイイ。
この映画は、結局のところ、移送官HIDEが異星への旅をきっかけに次第にKENのように外国人ノマド 化していてゆくプロセスを描いたものだ。かつて「日本における外国」をテーマにしたノマド映画の 傑作『RUSH!』で、逃亡者の男女(韓国人女性と日本人男性)がぶつかる「言語」の壁や誤解を ドタバタのユーモア劇に変えた瀬々監督の手さばきは、この映画でも冴えまくる。 たとえば、貧しい異星の老夫婦の食卓に招かれたKENとHIDEが、自国語で偉そうに 「お代わり」というのではなく、たとえでたらめでもいいから宇宙語でコミュニケートしようとする シーンがあるが、この瞬間こそ、この宇宙との遭遇を扱ったSF映画で最高に愉快な瞬間であり、と 同時に最高に示唆的な瞬間だろう。HIDEが見下しているはずの外国語を「ワラワラ、ワラワラ」と、 心底うれしそうに発したあの瞬間こそ、ありきたりの日本人のオヤジが「国境」を越えてどの土地で も死ねる境界人(ルビ:ノマド)へと「進化」を遂げた瞬間なのだから。
瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)監督作品
『ギャングよ、向こうは晴れているか』(1985)
『課外授業 暴行』(1989年)
『獣欲魔 乱行』(1989年)
『痴漢電車 りえのフンドシ』(1990年)
『破廉恥舌戯テクニック』(1990年)
『猥褻暴走集団 獣』(1991年)
『禁断の園 ザ・征服レズ』(1992年)
『痴漢電車 いけない妻たち』(1992年)
『未亡人 初七日の悶え』(1993年)
『未亡人 喪服の悶え』(1993年)
『高級ソープテクニック4 悶絶秘儀』(1994年)
『本番レズ 恥ずかしい体位』(1994年)
『すけべてんこもり』(1995年)
『終わらないセックス』(1995年)
『赤い情事』(1996年)
『牝臭 とろける花芯』(1996年)
『KOKKURI こっくりさん』(1997年)
『黒い下着の女 雷魚』(1997年)ボーダーを越える女を寓話的に描く
『汚れた女(マリア)』(1998年)
『冷血の罠』(1998年)
『アナーキー・イン・じゃぱんすけ 見られてイク女』(1999年)
『禁断の扉 スカート中の性衝動』(1999年/ V)
『HYSTERIC』(2000年)
『ブリード 血を吸う子供』(2000年/ V)
『RUSH!』(2001年)
『トーキョーXエロティカ 痺れる快楽』(2001年)
『DOG STAR ドッグ・スター』(2002年)
『超極道』(2002年/ V)
『SFホイップクリーム』(2002年)
『MOON CHILD』(2003年)
hydeとGacktが出演する話題の新作
松重豊(まつしげ・ゆたか)Hide役
1963年1月生まれ。福岡県出身。蜷川スタジオ『マクべス』、『ハムレット』。
武田真治(たけだ・しんじ)Ken役
1972年12月生まれ。北海道出身。俳優、ミュージシャン、声優、バラエティ番組の人気者。
映画『SFホイップクリーム』パンフレット(2002年12月)より