あるアメリカ人作家の遺言――ボウルズをめぐる新作のドキュメンタリー映画を観て
越川芳明
ボウルズと映像作品とは、よほど相性がいいと見えて、これまでいろいろな角度から取りあげられてきた。フィクションの映画化としては、ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』(1990年)やサラ・ドライヴァーの『あなたはわたしじゃない』(1984年)があるし、ドキュメンタリー映画としては、ゲーリー・コンクリンの『モロッコのボウルズ』(1986年)やBBC放送によるローリングストーンズとジャジューカ音楽家たちとのデュオの映像がある。しかし、こうしたことがボウルズにとって幸いであったかというと、一概にそうとはいえないように思える。
たとえば、ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』は、壮大で荒涼とした砂漠の、刻々と移り変わる風景を美しい映像に捉えて見事というしかないが、しかしボウルズ文学の核心ともいえる、砂漠という絶対的な風景を前にした人間の孤独(ルビ:ソリチュード)を描いてはいない。あるいは、『モロッコのボウルズ』は、祖国を棄て異国に暮らすアメリカ人作家の素顔に迫る先駆的な映像作品であり、ボウルズへのインタビューとモロッコの風景や文化(歌・踊り・儀礼・市場)とを交錯させ、ボウルズとモロッコを一緒に紹介しようという意欲が見られるが、しかし先のベルトルッチの映画と同様、最後まで見ようという意図に反して、ぼくは途中で飽きてしまった。ドラマとドキュメンタリーの違いこそあれ、この作品もまた異文化(非西洋文化)を扱う手つきが素朴そのものなのだ。通常劣っていると見なされる異文化の中に自ら入り込んで、そこでの出来事を体験し考察するのではなく、第三者的に距離を置いて、風景や人間をカメラで捉えようとする方法。それは、文化人類学者レナート・ロサルドが名付けた「帝国主義的ノスタルジア」にも通じる危険なアプローチである。なぜなら、そうしたアプローチの背後には、必ずといっていいほど、植民地主義や帝国主義の侵略で滅ぼした異文化の残骸を慈しもうとする欺瞞的なエキゾティシズムが見られるからだ。
むろん、ボウルズの側にも、そうした解釈を誘発する要素がなかったとはいえない。奇しくもボウルズが作家としてのデビューに手を貸したムハンメド・ショクリが指摘しているように、ボウルズもまた外国管理下時代のタンジールにおいてさまざまな特権を享受したであろう外国人のひとりだったことは否定できないからだ。しかし、その点に関して多少ボウルズに好意的な見方をすれば、とかくボウルズの分身と思われがちな、『蜘蛛の家』のステンハムや、『シェルタリング・スカイ』のポートといったアメリカ人作家たちに対して、ボウルズはかれらの異国での姿勢や態度を相対化する批判的な立場にいるのである。つまり、他者を突き放して見る観察者の視線は自己にも向けられ、ボウルズ自身は決して第三世界を旅してまわる「旅人」のロマンティシズムに浸ることはない。
そうなのだ。映像にしろ、活字にしろ、ぼくがうんざりしていたのは、無自覚に異国の風物や文化をこっそり覗きこんだり、記録したものを土産物として故郷に持ち帰ってみなに展示したり披露したりする窃視者の態度だったのだ。
そんな前置きをもって、この映画を見ると、これまでに見た映像作品とは違って、いろいろな美点を備えている点に気づく。まず、ボウルズやモロッコをロマンティックに神格化していない。これはカナダ人監督・製作者ジェニファー・バイチウォルの編集に負うところが多いように思える。この映画は邦題の「ポール・ボウルズの告白」が惹起するような、ボウルズによる自己弁護をひたすら映像化した作品ではなく、むしろ複数の異なる証言によって再構成された「ボウルズの人生」(原題)である。ボウルズの人生と作品が提起するいくつものテーマ(セクシュアリティ、ノマド的移動、ドラッグと覚醒意識、異文化の翻訳、狂気)をめぐってなされた複数の発言を、この監督はひとつの方向に回収したりせずに、対話・対論形式にフィルムを繋ぎ合わせて、結論を先送りする。あたかも提起された問題の解答は観客自身が探し出さねばならないとでもいうかのように。
たとえば、ボウルズのセクシュアリティをめぐる映像はその一例にすぎないが、実に巧みに編集されている。ウィリアム・バロウズはボウルズが自伝の中で自分の性的傾向について何も語っていないと批判する。すると、ボウルズは自分の感じたことがらをすべて書く必要はない、と反論する。書かないことによって読者は想像力を働かせ、そこに書かれていないことを推測する悦びを味わうことができる、と。それに、性的なマイノリティが自己をさらすことで他人から受ける屈辱はひどいものだし、そういったことを敢えて口にするのははしたない、と。それに対し、バロウズはそうした態度こそが実にニューイングランド的(ピューリタン的)だ、とくさす。一方、タンジールにいる友人たちも異なる意見を披露する。マルギュリット・マクベイというレズビアンの女性は、ポールが若い男の子ばかりを連れまわしていたから、ジェインがレズビアンになったのよ、と自説をのべる。それに対し、ポールと親しかったアメリカンスクールの校長は、そんな意見はナンセンスだと退ける。ジェインはポールと会う前からレズビアンだった、と校長はいい、ポールがバイセクシャルであったことをほのめかす。ポールはジェインも愛していたし、ヤクービというモロッコで知り合った若い画家も愛していた、と。かくして、この映画はボウルズのセクシュアリティにまつわる新しい情報をもたらしはしないが、意外な副産物が生まれることになる。つまり、映画の中でアメリカ人作家のセクシュアリティについて語る人物たちの誰に共感するかによって、観客自身の思想・偏見があらわになってしまうのだ。
さて、この映画にはボウルズの小説や音楽から数多くの引用がなされている。冒頭の砂漠のシーンで、タイプライターの音と共に朗読される短編「優雅な獲物」のサディスティックな場面の、引用のタイミングは秀逸としかいいようがない。このような幸福な緊張感が最後まで持続すれば最高なのだが、それは映画の三分の二ほどまでだ。九五年のニューヨークでのバロウズ、ギンズバーグ、ボウルズの再会のシーン以降、編集の負担が少なくなった分だけ、映画としての緊張感が失われているように思える。とはいえ、生前ボウルズに会ったことがある者としては、かつて自分で曲をつけたガートルード・スタインからの手紙「マイ・ディア・フレディ」を歌ってみせるボウルズの歌唱力のなさ(はっきりいって下手糞)も、トルーマン・カポーティの物まね(これは本当はジェインの御家芸だった)が意外にうまいのも、すべてご愛嬌であり、この映画でしか見られない大きなオマケである。
とにかくボウルズは実利主義のUSAを嫌って、世界の周縁でボヘミアンとして生きて死んだ。映画の中でかれは『千夜一夜物語』の一節を引用していう。人生の最上の悦びは、異人種の中で外国人として暮らすことだ、と。このことばは、ひとりの偉大な小説家、作曲家のそれというより、実際に半世紀以上にもわたってほそぼそと異国で暮らしたひとりの老人のことばとして受け取ったほうがいい。狭隘なムラ(会社・家族)中心主義に陥りがちな日本社会にいるぼくたちに、「べつに自分の生まれたところでなくたって、どこでも生きれるよ」と、あるいは排他的な日本社会で孤立するぼくたちに、「どこにいたってわれわれはガイジンさ」と、そっとささやく遺言として。
雑誌『すばる』(2000年8月号)の掲載文を大幅に改稿しました。
ジェニファー・バイチウォル監督・製作『シェルタリング・スカイを書いた男 ポール・ボウルズの告白』は、8月19日より渋谷 アップリンク・ファクトリーにて公開決定。
詳細はアップリンクのホームページhttp://www.uplink.co.jpを参照してください。