フアン・パブロ・レベージャ+パブロ・ストール『ウィスキー』(2004年)
越川芳明
ウルグアイという南米の小国に住む二人の若い監督の作った『ウィスキー』は、かぎりなくミニマルな舞台と私生活を扱いながら、心の中で繰りひろげられる大きなドラマを語っている。寡黙な映画でありながら、観客の想像力に多くのことを訴えてくる映画だ。
たとえば、エレベーターという小さな空間にドラマがいっぱい詰め込まれている。ドラマとは、いつだって恋愛だ。しがない靴下工場を経営する初老のユダヤ人ハコボ、その従業員で中年女のマルタ。二人とも独身だが、若い新婚さんみたいにエレベーターの中で無邪気にチューというわけにいかない。無言だからこそ、観客が代わりに妄想をめぐらせる。
テーマは擬装結婚だ。ブラジルからやってくる弟の目を欺くために、ハコボは弟の滞在する数日だけ、家に泊まって夫婦のふりをしてほしいとマルタに頼む。「擬装」というのは形式上のウソだが、ときにはウソが真を生むことがあり、この映画もそうした虚実の綾を狙う。ぎこちない二人に真の愛は訪れるのか。見方を変えれば、擬装結婚というのは、五百年前にマラーノとして世界に散ったユダヤ人好みの、もうひとつの民族変装かもしれない。
アルゼンチンの小楽団の奏でるメランコリックな音楽に感情をゆすぶられ、マルタという平凡だが成熟した女性の視点に教えられながら、観客は何度もちょっとだけニヤッとしたり悲しくなったりする。そんな贅沢な時間を与えてくれる大人の映画だ。
2004年東京国際映画祭グランプリ・主演女優賞
2004年カンヌ国際映画祭 オリジナル視点賞・国際批評家連名賞
関連サイト(日本語)
http://www.bitters.co.jp/whisky
(『STUDIO VOICE』2005年5月号)