大人のためのファンタジー小説 ――カウンター・カルチャーの精神を受け継ぐテキサス草原のアリス

ミッチ・カリン(金原瑞人訳)『タイドランド』(角川書店)

越川芳明

 二〇世紀のおわりに、米国の南西部の砂漠から彗星のようにあらわれた新人作家ミッチ・カリン。エドワード・アビーや吉増剛造らに通じる<砂漠の想像力>をもった小説家だ。常識的には不毛とも思われている土地の中に豊饒なるものを見いだすことができる才能の持ち主であるのは、この小説を読みさえすればわかる。

 小説の主人公は、十一才のジェライザ=ローズ。テキサス草原のアリスともいうべき、この少女は学校に行ったことがない。だから、友達はいない。いや、厳密にいえば、普通の少女たちより多い。というのも、彼女は一山いくらで買いもとめてきたバービー人形のパーツとか、屋敷のまわりで飛びまわる蛍たちとか、簡単に友達になれるのだから。たとえば、バービーのパーツには、それぞれ名前がついていて、それらの人形との対話をおこないながら、身近な世界を読み解いてゆく。

 六七歳の父はかつて売れたこともあるロック・ギターリストで、少女が一番信頼おいている精神的な存在だが、いまはドラッグにやられてしまっている。とはいえ、「沼男」の怖さとかいった空想的なことだけでなく、大都会のストリートペインティングをはじめ、社会的現実について父が少女に遺した六〇年代の対抗文化(カウンター・カルチャー)の価値観は、彼女に確実に受け継がれている。

 その他に、デルという名の、魔女の館のような家に住む老女や、その弟でディッキンズという名の癲癇もちの男が出てくる。かれらは、少女とともに文字どおり人里はなれた社会の周縁部に住む人たちだ。

 イギリスの寄宿学校を舞台にした『ハリー・ポッター』が、旧植民地からの移民への差別をはじめ、イギリス特有の社会問題を隠し味にしているのに対し、この一見子供向けの米国のファンタジー小説も、少女と癇癪持ちの男とのキスシーンを見れば分かるように、ピューリタンの「倫理」によってつねに迫害にさらされるゲイをはじめ、社会的な弱者からの静かな異議申し立てが隠し味となっている。だから、大人が読むべきファンタジー小説なのだ。

(『産経新聞』2005年2月21日)