ビート世代からスラム世代へ
越川芳明
"スラム"とは何か?
"スラム"とは、詩のリーディングで得点を争う「競技」、または「競技会」のことである。それは、観客を前にした<詩の一本勝負(ポエトリー・バウト)>のことであり、歴史的にみれば、マーク・スミスが名づけ親ということになっている。「ホームラン」を意味する野球用語と「全勝」を意味するトランプゲーム(ブリッジ)用語をもじってつけられたようだ。
スミスは、80年代の初め、シカゴのアップタウン(労働者階級の居住地)の小さなバーを借りて、客の少ない月曜日の夜に実験的な試みを行なった。単なるおざなりの朗読会ではなく、詩を"パフォーマンス"として演じる環境を創造しようとしたのだ。スミスがめざしたのは、観客が楽しめる"ショー"だった。
通常、そうしたショーをはじめ公の場でパフォームするために作られた詩(演説、啖呵、口上などを含む広義の詩)は、"スポークン・ワード"と呼ばれる。
その後、スミスは同じくアップタウンの別のバー<グリーン・ミル・ラウンジ>で、週一回の詩の競技会を始めた。'86年7月のことだった。それが"ポエトリー・スラム"の始まりといわれている。観客から審判団が選ばれ、優勝者には十ドルの賞金が与えられた。<グリーン・ミル>は、やがて詩のパフォーマーたちにとってのメッカとなり、いまでも日曜日の夜にスラムが開かれている。それから数年後には、年に一度の全国大会まで開かれるようになり、2003年は、8月6日から三日間にわたってシカゴで開かれた。
詩のリーディングを「競技」として成立させるためには、ルールが必要である。詩にルールなんているのか、と思われるかもしれないが、勝者・敗者を決める一種の<スポーツ・イヴェント>だと思えば、それも仕方ない。ルールというものは、敗者にとってはつねにどこか不公平であるように思えるもので、したがってなんども議論が重ねられ、改定を加えられて、いまでは全国大会のルールブックは、そうとう分厚いらしい。
"スラム"の最も基本的なルールは次の4点だ。すなわち、(1)3分間ルール。詩のリーディングは、3分間以内で行なうこと。10秒オーヴァーするごとに、総合点から0.5点減点される。(2)コスチュームや小道具は使ってはいけない。(3)自作の詩でなければならない。(4)5人からなる審判団は、それぞれ0から10までの得点をつける。最高得点と最低得点を除き、3人の点数を加える。したがって、最高点は30点。
だが、こうした全国大会用のルールも絶対的なものではなく、ローカル・レベルではスラム・マスター(競技会の主催者)の裁量に任されていて、3分間ルールも、音楽やコスチュームや小道具などの使用も会場によって異なる。ニューヨークのスラム・マスター、ボブ・ホルマンはいう。「スラムは本来的にアンフェアなものだから、できるかぎりフェアにやろう」と。
文学の民主主義、"スポークン・ワード"
"スラム"が産声をあげた80年代にその場に居合わせたジーン・ハワードは、多少誇張をこめてこう回顧する。「バーの常連客は、シカゴ・カブスの試合をテレビで見ながらビールを流し込んでいたが、そこに突然、詩人たちがむちゃくちゃな動作をしたり、楽器やラジカセを使ったり、派手な衣装や化粧をして襲撃をしかけてきたのだ」と。
確かに、パフォーマンスとしての詩のリーディングは、ビート世代のころから、バーやコーヒーハウスで行なわれていた。'56年のあまりに有名なアレン・ギンズバーグによる「吼える」のリーディングをはじめとして、バロウズやブコウスキーやトム・ウェイツの詩は、活字で読まれるだけでなく、どこかの会場で詩人自身によって詠まれたり、ジャズ音楽をバックにして歌われる詩でもあった。
しかし、会場に行って名前を書き込むだけで参加できる"オープン・マイク"にせよ、少額ながら賞金をめざして互いに競いあう"スラム"にせよ、プロの詩人でなくても、誰でも自分の「詩」を発表できるという点が新しかった。
バーやコーヒーハウスのショーのような雰囲気の中でパフォームされる「詩」は、従来の活字になった「詩」と区別されて、"スポークン・ワード"と呼ばれる。"スラム"の公式ホームページには、「スポークン・ワードとは、まず第一に人に<聞かれる>ことを前提に書かれた詩である」という定義が載っている。
"オープン・マイク"や"スラム"といった開催形式に見られるように、正式な詩の教育を受けていない素人やニューカマーの新人を排除しない"スポークン・ワード"のあり方は、米国の伝統的な<民主主義>の理念に叶っている。もっとも、それはブッシュ政権やハリウッド映画の喧伝する、米国にだけ都合よく利益が集中するようなウソっぽい<民主主義>ではなく、米国自らが世界の田舎者であり新参者であったころに生み出された<民主主義>の理念のことで、少数派の意見を尊重しつつ、出自や家柄や性別で人を差別するのではなく実力によって人を評価することだ。
そうした"スポークン・ワード"の"反エリート主義"の精神は、学者が読み解かねばならないような難解なモダニズム詩に批判的であったビート世代にも見られたが、こちらの方がいっそうラディカルである。
だから、しばしば"スポークン・ワード"のスポークスマンによって、19世紀に新大陸での<民主共和国>を幻視した詩人ホイットマンや哲学者エマーソンが引き合いに出されるのも、不思議ではない。たとえば、ルイス・J・ロドリゲスは、卓抜なエッセイの中でこういっている。「ラルフ・ウォルド・エマーソンはかつてこういっていた。『ストリートの言語はつねに強靭だ。それらの言葉を切ってみれば、血が流れ出るだろう。それらの言葉には血管があり、生きている。歩き、走る・・・いわば銃弾のシャワーを浴びるようなものだ』。ぼくがしばしば述べてきたように、サウス・ブロンクスやコンプトンの若者たちは、われわれよりずっと劣悪な条件の中で、英語の語法を再創造し、ヒップホップ文化の中にとり入れて、言語がつねに生きているということを証明してきた」と。そんなわけで、意外なところから、囚人とか、ホームレスとか、ストリートギャングとかの、新しいタイプの「詩人」たちが生まれてきた。
ヒップホップと"スポークン・ワード"
"スポークン・ワード"の若い担い手は、大学のキャンパスからではなく、ストリートから生まれてきた。シカゴの"スラム"の発祥地が労働者階級の居住地であったように、ニューヨークの貧民地区ロア・イースト・サイドの<ニューヨリカン・ポーエッツ・カフェ>、ブルックリン地区の<ムーン・カフェ>、ボストンの"スポークン・ワード・クラブ"の<アフロセントリックス>、カリフォルニア州サン・ファーナンドヴァレーの<チュチャおばさんのカフェ・セントラル>など、一見詩とは無縁と思える「俗悪」な地区のバーやカフェが新しい「詩」を生み出す母体になった。現在、全米各地に"スラム"を開催する"スラム・マスター"がいて、それぞれの地域でイヴェントを開いている。
そのように、"スラム"は誕生当時から地域密着型だった。マーク・スミスは、地元のシカゴで毎週詩のショーを開催することによって、地域の活性化をめざしていた。そうした"スラム"も10年以上の歴史をへて、スミスによれば、少なからず弊害もでてきたという。つまり、詩人たちが満点を狙って、スタイルの洗練に走ったり、他人のコピーをしたりするようになってきたというのだ。また、詩のリーディングの合間に、地域の政治家などに意見を述べさせる場としても"スラム"は機能してきたが、そうした地域活性化の要素が薄れてきたともいう。しかし一方で、地域の子供の教育の一環として"スポークン・ワード"を取り入れる試みも現れてきているというので、文化事業としての"スラム"の将来は、まだ未知数といったところか。
"スラム"は地域密着型であるが、ゾーイ・アングルシーは面白い比喩を使って、違う角度から"スポークン・ワード"を定義している。つまり、"スポークン・ワード"とは「古いボトルに入った新しいワインであり、現代版の<都会詩>である」というのだ。コムニャカも、"スポークン・ワード"は、ゆっくり思索したり瞑想するような詩ではないとした上で、その<都会詩>としての<垂直的なスピード>を指摘している。いわく、「それぞれの詩は、ページの上をすばやく降下するのだ」と。
"スポークン・ワード"は、その誕生当時から"パフォーマンス・アート"や"ヒップホップ"とかなり密接な関係性を有してきた。ある意味で、それらとの境界は明確ではない。むしろ、いくつかのメディアを統合する<クロス・メディア(境界領域)>の芸術形式であるともいえる。"スラム"の創始者のマーク・スミスは、"スポークン・ワード"は、詩とパフォーマンスの"結婚"であるとさえいっている。
アングルシーは、「"スポークン・ワード"というジャンルは、ふたつの極点のあいだの支点である」という。ふたつの極点というのは、一方が従来型の詩であり、公で読まれるときに、声以外にほとんど小道具を必要としないものであり、もう一方の極点は、パフォーマンス・アートと呼ばれるもので、声、ダンス、音楽、ヴィジュアル・アート、メディア・アートなど多様なメディアを融合する芸術形式であり、"スポークン・ワード"はその中間であるというわけだ。
そんなところに、活字になった詩しか認めようとしない頑迷な詩人たちを批判する、"スポークン・ワード"特有の"反純血主義"の精神を見るのは、それほど難しくない。
では、"スポークン・ワード"とヒップホップの違いは、どこにあるだろうか。結論からいえば、都会の貧しいストリートから生まれたこと、ヒップホップ音楽のビートや韻を応用することなど、相違点よりも共通点のほうが多いといえる。
アフリカ系詩人のアミリ・バラカは、「同じ連続線上にある。ただ、どこで列車に乗るかの違いだけだ」と、分かったような分からないような定義をくだす。"スラム詩人"のジェシカ・ムアも、「ヒップホップも詩も根は同じよ。ただ、美学が違うだけ。ヒップホップには音楽が必要なのよ」といい、彼女の場合、同じ詩作品でも舞台でパフォームするときは音楽を使わないが、スタジオで音楽を使ってヒップホップのCDを作ることもあるという。
それに対し、ソウル・ウィリアムズは、映画『スラム』を見るかぎり、<ヒップホップ詩人>と呼べるほどノリがいい詩人だが、本人はそうした安易なレッテルを貼られることを極端に嫌い、「おれはラッパーじゃない。詩人である」と、宣言している。おそらく、そこには、「ヒップホップが希望のない、すさんだストリート・ライフを歌ったり、さもなければ思想の欠如した高級なザイナー・ライフを歌ったりすることに気をくだくことで、自らの道を決定している」といった、ウィリアムズ自身のヒップホップへの批判が反映しているのかもしれない。
いずれにしても、"スポークン・ワード"というのは、70年代以降にヒップホップを聞いて育った若い世代(スラム世代)による新しい詩のあり方であるといえるだろう。
参考文献
<書籍>
Algarin, Miguel, and Bob Holman, eds. Aloud Voices from the Nuyorican Poets Cafe. New York: Owl Books, 1994.
NYのロア・イースト・サイドを伝説のカフェの舞台にあがった140名の「詩人」たちの作品が紹介されている大部な本。
Anglesey, Zoe, ed. Listen Up! : Spoken Word Poetry. New York: Ballantine Books, 1999.
おもにNYのブルックリンの<ムーン・カフェ>に登場した、アフリカ系や中東系の"スラム詩人"たち9名の作品を紹介。
Eleveld, Mark, ed. The Spoken Word Revolution(Slam, Hip Hop & the Poetry of a New Generation). Naperville, Illinois: Sourcebooks, 2003.
「スラム」の創立者、マーク・スミスの助言を受けてつくられた本。「スラム」に関するエッセイと実作からなるので、「スラム」の概要は、この一冊でだいたいつかめる。
Glazner, Gary Mex, ed. Poetry Slam: The Competitive Art of Performance Poetry. San Francisco: Manic D Press, 2000.
「スラム」の全国大会で活躍した詩人たちの作品(個人と団体)を80篇ほど収録。
村山瑞穂「スラム――詩のオリンピック」『英語青年』(研究社)2000年12月号: 27
日本における紹介文としては、短いながらも的確で有益。
<映画、DVD>
Pinero. 2001. Directed by Leon Ichaso. Greene Street Film LLC.
Poetry in Motion. 1982. Directed by Ron Mann. Sphinx Productions.
バロウズやギンズバーグのみならず、ジョン・ケージやトム・ウェイツなどの「リーディング」も見られる。
Slam: All in Line for a Slice of Devil Pie. 1998. Directed by Marc Levin. Trimark Pictures.
"スポークン・ワード"のスター、ソウル・ウィリアムズを主役に据えたインディ系の映画。カンヌ映画祭やサンダンス映画祭で絶賛された。日本版のDVDもあり。
<ウェブサイト>
ポエトリー・スラム関連 http://www.poetryslam.com/ "スラム"のことは、たいてい分かって便利なサイト。
"スラム"クロニクル
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(G・グラズナー『ポエトリー・スラム』の巻末資料と、上記のウェブページ「スラム」を参考にしました)
(『すばる』2004年1月号を改稿)