二度目に出会ったときに、圧倒的によさが見えてくるような・・・
―――映画評『ピニェロ』

越川 芳明

 キューバ出身のレオン・イチャソ監督によるこの「伝記映画」は、とても意識的に作られた映画である。たとえていえば、ひと目惚れするようなタイプの男(女)というより、二度目に出会ったときに、圧倒的によさが見えてくるような男(女)といった感じで。

 「とても意識的に」というのは、第一に、主人公のピニェロを<カリスマ>として持ちあげるのを巧妙に回避しているからだ。NHKの大河ドラマとちがって、ピニェロをただの伝説的な人物として描かないところ、その<アンチ感動主義>の姿勢がすばらしい。

 その点を技術的に見てみると、意図的に複雑な時間処理がほどこされている点が挙げられる。映画のなかで、<過去>と<現在>がちょくちょく交錯するのだ。だから、最初見たとき、出来事の前後関係がちょっとわかりにくい。でも、どうしてわざわざそんな面倒な手続きを踏んでいるのだろうか。

 いろいろとその理由は考えられるだろうが、ひとつには、「不良ってカッコいい!」みたいな安っぽい感動を売り込んだりしたくなかったからではないか。ある意味で破滅的な人生を歩んだピニェロ、そのかれが残したスピリチュアルなメッセージは、いまの一瞬を生きること。イチャソ監督は、そのことだけを伝えたかったのだ。

 第二に、カラー映像のなかに、ときたまデジタルヴィデオカメラによるモノクロの映像や、'70年代から'80年代にかけてのテレビニュースのモノクロ映像が挟まれている点が挙げられる。前者で忘れがたい印象を残すのは、二度の貧民街の集合住宅の屋上のシーンである。ひとつはピニェロ少年が母と一緒に踊るシーン、もうひとつは大人のピニェロが詩をパフォームするところを撮影クルーが撮るシーンだ。いずれのシーンでも、ラテン音楽やジャズ(キップ・ハンラハンが音楽を担当)が流れ、それが躍動感ある映像をより軽快なものにし、貧しい移民の子であるピニェロの一瞬の<生命>を輝かせるのだが、そのシーンがただ美しく印象的なだけでなく、米国の中央政治システムに向けた強烈な批評となっている点が見逃せない。「エラい政治家は移民がこの国を滅ぼすっていうけど、この国はオレの国(プエルト・リコ)をめちゃくちゃに破壊したくせに」といった、米国からも故郷プエルト・リコからも除け者にされた<ニューヨリカン>としてのロー・アングルからの批評だ。

 一方、後者の「ニュースの引用」といえば、ウォーターゲート事件のニクソン大統領や、ジョン・レノンの死や、レーガン大統領の暗殺未遂事件をはじめ、いろいろと出てくる。観客をのほほんとピニェロの生きていた時代<'70年代から'80年代>へのノスタルジーにひたらせるのではなく、9/11以降の<現在>に目を向けさせるために、必要だったのではないか。そういう意味では、マイケル・ムアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』の次に見るべき映画ともいえる。

 さて、"マイキー"の愛称をもつミゲール・ピニェロとは何者か。かれは'47年にカリブ海の小国プエルト・リコに生まれ、7歳のときに米国に両親と共に移住した。ニューヨークは、マンハッタンのロア・イースト・サイド、通常ヒスパニック系住民によって"ロイサイダ"と発音される貧民街に住んだ。幼いころは、ストリートワイズな悪がきで、金のために体を売ったり、かっぱらいやドラッグ売買などで警察にしょっぴかれたりしたが、20代半ばで強盗罪で捕まり、重罪の囚人ばかりのニューヨーク州シン・シン刑務所に入れられたときに、創作の才能を発掘される。出所後の'74年に、監獄で書いた戯曲『ショート・アイズ』がマンハッタンで公演されるや、それが好評を博し、オービー賞とニューヨーク批評家協会賞をダブル受賞。

 "マイキー"は、その後の短い後半生で、『マイアミ・バイス』や『刑事コジャック』をはじめとする人気テレビ番組の脇役として、はたまたリーディングのうまいカリスマ的な詩人として名を馳せた。とんとん拍子のサクセス・ストーリーと思ってはいけない。42歳で死ぬときまでジャンキーであることも、ストリート・ギャングもやめなかったのだから。

 ピニェロの戯曲『ショート・アイズ』('75年)だが、これを元にした映画がヴィデオにもなっている。監督はロバート・ヤングで、かれは20世紀初頭のテキサスのメキシコ人の「悪漢」を扱った『グレゴリオ・コルテスのバラード』('83年)でも、あまりに真面目すぎて題材を活かせていないと感じたが、このニューヨークの監獄を舞台にした映画でも、あまりに散文的すぎて退屈だった。

 そこで、ピニェロ自身の書いた戯曲を手に入れて読んでみたら、こっちの方が遥かに面白かった。ピニェロが自分の命をかけて獲得した<ストリート言語>と、ありきたりの世界をひっくり返す強烈な詩的なヴィジョン、それがこんどの映画『ピニェロ』とも一脈通じているような気がしたからだ。

(『すばる』2004年2月号)

関連リンク:

映画『ピニェロ』公式サイト(日本語):http://www.mediasuits.co.jp

劇場情報 イメージフォーラム(渋谷):http://www.imageforum.co.jp

ピニェロについて(日本語): http://www.009net.com/tlo/info_pinero.html

映画『ショートアイズ』(英語): http://www.prdream.com/eyes.html