ハダシの学者、西江雅之に会う
「西江さん、朝が早いらしいんです。申し訳ないんですが、午前中でもよろしいですか」
インタビューを手配してくれた編集者が電話の向こうでいった。それは、まるでサッカーファンが、「ワールドカップのチケットをあげようか、でも日本戦以外のでもいい?」と友人からいわれるようなものだ。あれこれ迷っている場合ではない。答えは、単刀直入に「はい、よろしくおねがいします」の一言。たとえ夜中の十二時だって、朝の四時だって馳せさんじまいります、という心境だ。
JR中央線の駅前の喧燥を離れ、これといって変わり映えしない住宅が立ち並ぶ一本道を歩いていく。五、六〇〇メートルほど行ったところで交差点にぶつかり、そこで右折する。そこから、広い割に車の量はさほど多くない道路をしばらく歩いてゆく。「あたしって、ときどき方向音痴なんです」と、自信なげにナビゲーター役の編集者がいう。「でも、たぶんもうすぐです」と、彼女が言葉をつづけたそのとき、まるで待ち構えていたように西江さんが姿を現わした。われわれが歩いている歩道の10メートルほど前に、だ。それにしても、絶妙のタイミングである。
「蝦蟇屋敷」と名づけられた西江さんの借り家は、道路から15メートルほど奥まったところにあるので、見逃しやすい。そこで、わざわざ出てきてくださったわけだ。あとで思ったのだが、駅から電話で連絡した編集者に的確な道順を指示したあとで、西江さんは家の中で頃合いを見計らっていたにちがいない。こういう狩猟家のような「待ち伏せ」は、素人にできるワザではない。タンジールの絨毯屋に一時間も拉致されたことがある僕がいうのだから、ゼッタイに間違いない。
「僕はボウルズの作品、きっと、ほぼ全部もっていますよ」と、西江さんはいった。べつに自慢するのではない、あたかもそれが当然だといいたいかのような口ぶりで。ポール・ボウルズも辺境の「旅人」だったから、話の糸口になればと思って、僕はお土産に自分がかかわったボウルズの翻訳書と映画のパンフレットをお渡ししたのだ。西江さんのこんどの本、『西江雅之 自選紀行集』に収録された「モロッコ、砂漠紀行」と題された比較的新しいエッセイの中で、西江さんは、サハラ砂漠の砂地に描かれた風紋を首から上のない(そして足首から先もない)女体に喩えている。その女の体内に埋もれて死んでゆくというヴィジョンがすごい。ボウルズにも、かれ特有のクリスタルな文体で書かれた「孤独の洗礼」という、僕が大好きなエッセイがあり、砂漠を前にした人間の絶対的な「孤独(ルビ:ソリチュード)」が語られている。それは西江さんにいわせれば「皮膚の外はみな異郷」という死生観にちかい感覚ではないだろうか。
「アメリカ人なら12、13歳ぐらいの子どもでも知っている有名人ですが、日本じゃ知られてない人がいるんですよ」と、西江さんはテーブルの上に広げた本の一冊『伝説のアメリカン・ヒーロー』を手にとり、その執筆の意図を説明してくれる。たとえば、サカガウェアというアメリカ開拓史に一役買ったインディアンの女性は米国各地に銅像があり、2000年には一ドル硬貨の図案にも描かれたほどの人だが、日本での知名度は低い。そこで、そのような日本で知られていない有名人たちを紹介したのだ。「こんどは、知られざるフランスについて書きたいんですよ」と、西江さんはいう。世界中に、小さなフランスが散らばっているという話だ。たとえば、ブラジルの近くにもフランス領がある。ジャングルの中にはいまだにハダカで原始的な生活をする人々がいるという。だから、フランスという国は、一方には都会的な洗練、他方には原始的な素朴が共存している国家だということになる。
このあと、人間が識別できる色の言葉について、アフリカの言語とヨーロッパの言語の意味範囲のちがいについて、学問的な論文と創作的な文章について、僕は用意してきた質問をした。すると、西江さんは豊富な具体的な例をあげて楽しい講義をしてくださった。さすが「ハダシの学者」の異名をとるだけのことはある。
「写真が1万枚くらいあるんですよ。なかなか整理がつかなくて」と、西江さんは最後に申し訳なさそうにいった。アフリカやカリブをはじめとして、世界の「秘境」を撮った写真を本にしたいのだという。そりゃ、いい写真集ができるだろうな、と僕は思う。
あっという間の二時間だった。帰りがけに、世界各地から持ち帰った民芸品や蛇や動物の亡骸のほかに、『不思議の国のアリス』の各国語翻訳のコレクションも見せていただいた。挿画に描かれたスワヒリ語のアリスは、やせてかわいいが、色の黒い女の子だった。
土間で靴を履き、ガラスのドアをあけて外に出ようとすると、来たときと同じように、そこに飾ってあった蝦蟇の置物がゲロゲロと挨拶した。僕は何だか遠い異郷を旅しているように、心の底から愉快になって「蝦蟇屋敷」をあとにした。
(『ハイファッション』2002年4月号を改稿)