越川芳明
世界一の金融都市を誇るニューヨーク。本書はその金融都市の中核をなすウォール街を舞台にした歴史小説。
といっても、有名なニューヨーク証券取引所の物語ではない。いまはその面影もないが、かつて奴隷や年季奉公人への鞭打ちをおこなった「公設処刑場」に遠く連なる物語だ。
物語は、その土地をただ同然で先住民から買い取ったオランダ人によってニューアムステルダムと呼ばれていた十七世紀初めから始まり、十八世紀末のアメリカ合衆国の独立期までを扱う。いわば、ニューヨークの都市アイデンティティの核となるものを、その揺籃期に見いだそうという試みだ。
その核とは、登場人物の言葉を借りていえば、こうなる。「ニューヨークというところは、金持ちになった者が勝ちというところだ」と。まさに、いまなおウォール街で通用する資本主義の過酷な論理だ。
おもな登場人物は、外科の才能があったためにメスに手をだし国を追放されたイギリス人の床屋と、薬草の知識を有するその妹に連なる一族の人々だ。著者は、数多くのメロドラマ的な色恋沙汰をはさみながら、この一族郎党の浮き沈みと、変転をとげる新興都市の物語をオーバーラップさせる。
本書の原題は「夢の都市」だが、明るい夢だけではなく、弱い立場の人間の味わう「悪夢」も丹念に描かれている。たとえば、ニューヨークの富豪は奴隷貿易で財をなすが、その栄光や夢の影には、黒人やインディアン、ユダヤ人、年季奉公人や女性に対する暴力があった。その象徴がウォール街の公設処刑場だった。
本書は、いかにそうした「他者嫌悪(ゼノフォビア)」によって、「善意」をもった一般市民による民主主義が一気に衆寓政治へ堕すか、その瞬間をとらえている。そこに、9・11以降のブッシュ政権の「初めに戦争ありき」といった姿勢やそれに追従する国々の警鐘が読み取れる。
『陸奥新報』2004年10月4日ほか