新しきヒロヒト像

越川芳明

 

 

検定を合格した日本の歴史教科書に対して、アジアの近隣諸国から抗議の声があがっている、と新聞が報じている。ぼくは昔から「物語」は好きだったが、教科としての「歴史」は嫌いだった。その一因は、「物語」は解釈が許されるのに、学校で扱われる「歴史」はぼくらが考えたり感じたりする対象でなく、「事実」として教えられたことにある。ぼくの記憶力がわるいせいだろう、固有名詞と年表を覚えさせられるのにうんざりした。

だが、そもそも「歴史」というのは、プロセスを見ていけば、もっとダイナミックであり複雑であり、さまざまな解釈が可能になるはずだ。だから、極論を承知でいうが、学校ではたった一冊の教科書ではなく、複数のまったく解釈のことなる歴史読本を使ったらどうだろう。大学入試問題も、つまらぬ些末な暗記問題ばかりでなく、論述式にするとかして。

ここに、Herbert P.Bixの『Hirohito and The Making of Modern Japan』という本がある。800ページ近くもある昭和天皇の伝記である。刊行当時からUSAの読書界で話題をよび、いち早く全米批評家協会賞(伝記部門)を受賞し、このほどピューリッツァ賞(一般ノンフィクション部門)も受賞した。昭和天皇をめぐって皆が共有しているステレオタイプなイメージをくつがえし、新たな天皇像を構築した点が功績とされているようだ。昨年の『敗北を抱きしめて』(ジョン・ダウアー)につづいて、戦後日本に関する本は二年連続でピューリッツア賞を受賞したことになるが、昭和天皇が亡くなって十年以上になり、戦後ずっと不問に付されていた問題(たとえば、天皇の戦争責任の問題、マッカーサー将軍の陰謀)にいま外部から光があてられているのだ。

日本だけでなく、よその国(たとえば米国)にだって、ハリウッドの作りだす映画を見ればわかるように、自国中心主義のエゴまるだしの「歴史」は存在する。そんな単純な「歴史」にはうんざりだ。日本軍による南京大虐殺を扱った衝撃的なノンフィクション『南京の凌辱』(九七年)の著者アイリス・チャンもいっている、「歴史」は芥川龍之介の物語「藪の中」と同じで、単純じゃない、と。 「エスクァイア」2001年7月