砂漠の<アーティスト>――ミッチ・カリンに会う

 

 ミッチ・カリンは、米国の南の国境地帯から彗星のように現れてきた<新人>作家である。 まだ日本語の翻訳がないので、参考までに巻末に原語のタイトルを挙げておくが、それを見 ても分かるように、三十歳を過ぎてのデビューなので遅咲きの大器といえるかもしれない。

 かれは一九六八年にニューメキシコ州に生まれ、現在はアリゾナ州のツーソンに住んで いるという。いま机の上に米国の地図を広げてみよう。そして、それを上下左右に四つの 地域に区切ってみると、ニューメキシコ州もアリゾナ州も左下の部分にくる。そこは通常、 <南西部(ルビ:サウスウェスト)>を呼ばれ、荒涼とした砂漠の多い土地だ。

 いや、待て。「荒涼」などと形容するのは、砂漠を知らない都会人の思いあがりかもしれな い。というのも、エドワード・アビーや吉増剛造ら<砂漠人>の書物を繙きさえすれば、か れら一流の想像力によって捉えられた砂漠の<生>の多彩さを知ることができるのだから。

いや、そうした<砂漠人>の想像力を持たないぼくのような者でも、そこに足を踏み入れさ えすれば、とりわけ短い雨季には、小さな植物たちが一斉に可憐な花を咲かせる光景を目に することができる。砂漠は、荒涼としてなどいないのだ。

 一見不毛と思える土地の中に豊饒なるものを見る。一見卑猥と思えるものに神聖なる ものを見る。見るだけなら簡単だが、それ以上に、言葉の操作、色や形の操作、音の操 作によって、そうした思考の逆転を可能にする人間を<アーティスト>と呼ぶならば、 ミッチ・カリンこそ、まさしく砂漠の<アーティスト>と呼べるかもしれない。

 処女作『ウォンピィジョード』(1999年)と、二作目『保安官ブランチズ』(2000年) はきわめて対照的な作品であり、ミッチ・カリンの多才ぶりが窺われる。

ともにテキサス州西部を舞台にしているが、前者は八〇年代が舞台の『ライ麦畑でつか まえて』と呼びうるような、片田舎の素朴な高校生を扱った爽やかな青春小説(そりゃ、 きわどい場面もあるが)である。タイトルの<ウォンピィジョードwhompyjowed>は、「 傾いた」とか「斜めになった」という意味を有する過去分詞形の形容詞だが、大ぶりの 『ウェブスター大辞典3版』にさえ載っていない、南西部特有のローカルな表現だ。

それに対し、後者は殺人鬼の保安官を扱った恐ろしい散文詩であり、ポー(「告げ口心臓」) やオコーナー(『賢い血』)などのアメリカン・ゴシックの系譜に位置づけることができる。 さもなくば、ジム・トンプソン(『わたしの内にいる殺し屋』)や、ジェイムズ・エルロイ( 『LAコンフィデンシャル』)などの<アメリカン・ノワール>を引き合いに出す評者もいる。 ぼくは、手始めに『保安官ブランチズ』を読んで、ダークで病的な想像力を有したこの小説家の 虜になってしまった。

――どこで小説の勉強したの?

「昔はいまよりずっと小説を読んでいたけど、まさか自分が小説を書くなんて思ってい なかった。二四、五歳のとき、すでに短篇を一つ二つ、小さな雑誌に発表していたんだ けど、テキサスのヒューストンに行ったんだ。大学で学位を取ろうと思って。小説家に なるのは無理でも、ライターぐらいにはなれるかな、と。で、大学に入ってみて、わか ったのだけれど、ぼくの行ったヒューストン大学の創作科は、全米でもトップクラスだ った。メアリー・ゲイツキル、ダニエル・スターン、ロバート・フィリップスといった 現役の小説家や詩人がいてね。そこで、ぼくは『ウォンピィジョード』を書き始めたん だ。出版する目的じゃなくて、自分自身のために。その結果、ほかのクラスは取らずに 、創作科の授業だけ取るハメになってしまった。ぼくにとってよかったのは、そこでホ ンモノの作家たちと接することができたってことかな。小説家というものを神格化しな くなったからね。かれらも生身の人間で、ぼくと同じようにけっこうめちゃくちゃな人 生を歩んでいて。で、ぼくもずっと気が楽になった(笑)」

――日本文学から影響を受けたって聞いてるけど?

「ちょうど、その頃、ひとりの教師のもとで、一対一で創作を勉強する<インディペン デント・スタディ>という授業があって、ダニエル・スターンに教わったんだ。大学に 入る前は、本の読み方なんか誰にも教わらなかったし、たとえばナサニエル・ウェスト の『いなごの日』とかサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』とか、自分で選んだ本 を好き勝手に読んでいたわけだ。大学に入って、あれこれ本を読むように指示されたり 、読み方を教わったんだけど、ちっとも面白くなくて。そのとき気づいたのだけども、 みんな欧米の本ばかりだって。アジアの本など、一冊も入っていなかった。で、あると き偶然、本屋で三島由紀夫の短篇集を見つけたんだ。正直なところ、日本文学なんて、 まったく知らなかったよ。まったく新しい、未知の世界だったんだ。それから、大江健三 郎とか安部公房とか川端康成とかを読み漁って。面白いことに、創作科でしちゃいけない と教わっていたようなことを、日本の小説がやっていたんだ。オープンエンディングで、 オチをつけずに短篇を終えることとかね。主人公の人生をそのまま小説のプロットに据え ることとか。でも、それって、ぼくがさきほど挙げた、大学に入る前に読んでいた小説と 同じなんだけどね」

――先生には、なんていわれたの?

「あるとき、スターン先生に呼ばれたんだ。ぼくが書いた短篇を読んでから、先生はこ ういった。かれはニューヨーク出身で、いかにも東部人っていう話し方をするんだけど。 『ミッチ君、きみは最近、どんな小説を読んでいるんだね?』って。ぼくが『川端とか 三島です』って答えると、『ああ、日本の作家たちか。実にすばらしい作家たちだ。で も、かれらは輪を丸くしないぞ』って。それがどういう意味だったのか、ぼくにはわか らなかったけど。で、先生はつづけて『日本の作家はやめて、V・S・プリチェットの短 篇集を買って読みなさい。小説の書き方がわかるから』と、いったんだ。ぼくは本屋に 行って、プリチェットの本を買って、家に帰って読み始めた。でも、どれも気に入らな いんだ。いってみれば、壜の中のミニチュアの船みたいなんだもの。すべてが小さく端 正で完璧に出来ていて、真空というかどこか遠くの出来事のようで。で、ぼくはそのま ま日本の作家は読みつづけたんだ。もちろん、ほかの作家たちの本も読んだけどね」

 結局、カリンはその大学を中途で退学している。ぼくはそれがよかったのではないか 、とひそかに思っている。大学の創作科でありきたりな型に、はめられないでよかった 、と。というのも、カリンの小説家としての非凡さは、かれの小説の多種多彩な主人公 たちの<声>にあると思えるからだ。

 たとえば、三作目の『タイドランド(干潟)』(2000年)は、両親を失った十一歳の少 女を語り手にした幻想小説だが、西テキサスの人里はなれた大邸宅に独り取り残され、 <夢と現実>を行き来する少女の<妄想の世界>が展開する。また、四作目の長編『ビ ングの宇宙論』(2001年)は、打ってかわって、アルコール依存症の老齢の宇宙物理学 者を語り手にした抱腹絶倒の学園小説だ。そして、いまのところ唯一の短篇集である『 森の奥深く、谷間の場所から』(2001年)において、ミッチ・カリンの<砂漠人>の想像 力は、ローカルな南西部の砂漠を越えて、ロシア、カンボジア、日本、ヴェトナムへと飛 び、日本人やカンボジア人やロシア人の中に入り込み、かれらの<声>を拾ってくる。さ らに、いまミッチ・カリンは、老人となったシャーロック・ホームズが戦後間もない日本 を訪ねてくるという破天荒な物語を書いているらしい。とどまることを知らない想像力だ。

――ところで、あなたの小説の表紙を飾っている写真だけど、自分で撮ったの? 

「高校生のときに、父がカメラを買ってくれて。それで、ぼくは自分の見た世界を表現 しようとしたんだ。ぼくの住んでいたのはテキサス州の小さな農場共同体だったから、 カウボーイとかそこの風景とかを写真に撮っていた。高校を卒業する頃、写真を撮るの をやめて、書くことに専念したんだ。文章を書くことは内的な行為で、写真を撮るのは外 的な行為だし、ふたつをいっぺんにこなすことはできなかったからね」

 小説の表紙を飾る写真や、日本滞在中に撮った写真を見れば、その道に進んでいたと しても、きっとすぐれた成果をあげていただろう、と思われる。とりわけ、自分で撮っ た写真にCGを利用して加工したという『保安官ブランチズ』の表紙や挿入された写真は 、ラウシェンバーグを髣髴とさせる仕上がりだ。語り手のゆがんだ内的世界にふさわし く、見る者を圧倒しないではおかない。

 ミッチ・カリンは、高校卒業後にカメラをおき、創作に専念することになるが、それ は小説ではなく、映画の脚本だったという。もっとも、それらの脚本は売れなかっただけ でなく、それらが芸術作品にはなりえないと思い、やめてしまったらしい。

だが、さる情報によれば、奇しくも、かれの書いた長編小説のいくつかは映画化が決 まっているという。『タイドランド』は、ジェレミー・トーマス(『ラストエンペラ ー』)のプロデュース、テリー・ギリアム監督(『12モンキーズ』)の手によって映 画化される予定であり、また『保安官ブランチズ』は、ハリウッドのプロデューサー 、ウィリアム・フィネガン(『リアリティ・バイツ』)の手で映画化されるらしい。 ともに、ダークな味わいのある幻想的な作品だが、どのように映像化されるのか、い まから楽しみだ。

ミッチ・カリンMitch Cullinの作品リスト

@Whompyjowed(1999)

ABranches(2000)

BTideland(2000)

CThe Cosmology of Bing(2001)

DFrom the Place in the Valley Deep in the Forest(2001)

EUndersurface(2002)

(『すばる』2003年4月号)

Text by Yoshiaki Koshikawa Design by OKADA Tomoyuki
May.18, 2003