解説「言語とフィクション」――ハ・ジンとパット・カリフィアの作品について
越川芳明
翻訳家泣かせの作家がいる。どんなに特異な文体であっても、翻訳家は馴れることができるが、言語の敷居の高い作家を訳すのは、本当に大変だ。たとえば、カリブのクレオール作家。ぼくは試みたことがないが、作品の内部に複数の言語を内包し、合成語や造語の使用によって作家が広義の「翻訳」を行なっているようなクレオールの小説を日本語にするのは、ほとんど創作にちかい作業なのではないか。ちょうどジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を訳すように。しかし、それは確かに難しい(しかも儲からない!)かもしれないが、自分の使用している言語の本質と向かい合い、いろいろ言葉をアレンジできるわけだから、楽しい作業でもあるんじゃないか。
ハ・ジンの小説には、混成語としてのクレオールの要素がある。英語圏の読者にとっては、舞台の中国も登場人物の中国人の名前も、アルファベットの綴りと音でしかない。つまり、英語で書かれたれっきとしたアメリカ小説である。しかし、翻訳する段になって、さまざまな困難(というとちょっと大袈裟だが)に直面する。まず、主人公や土地の名前(固有名詞)が漢字で書けない。ひとつの方法は、英語圏のほかの小説と同じように、全部カタカナ表記することだ。本来、固有名詞は翻訳不可能だから、音だけでいいはずなのだが、日本と中国でなまじ共通の漢字(しかし、ときに意味が違う)があるために、話は単純ではなくなる。
ハ・ジンは、あるインタビューで言語について面白いことをいっている。「わたしにとって最高の移民小説は、ナボコフの『プニン』です。……言語の問題を扱っていますし、そのことが移民体験の核(ルビ:コア)だと思うからです。どうやって言語を学ぶか、あるいは言語を学ぶことをあきらめるか!言語を完璧に使いこなすこと、そのことは移民には不可能です。移民の生活は、常に物足らなさに向き合わされるのです」と。ナボコフもまた、ハ・ジンと同じように、母国語を棄て外国語で書くことに決めた亡命作家だった。
簡単にハ・ジンの伝記的な事実を記しておこう。ハ・ジンという名はペンネームである。本名は、シュエフェイ・ジン。一九五六年、中国の東北地方、遼寧省に生まれ、一四歳のときに、年齢を偽って人民解放軍に入隊し、ソ連との国境地帯を警備することになり、そこで多くの本を読んで独習した。十九の年に除隊して、鉄道の電信係の仕事をしながら、ラジオで英語を学んだという。そんな十代の頃に、文化大革命(六六年〜七六年)を経験した。その後、大学と大学院に進み、アメリカ文学を専攻した。八五年にニューイングランドの大学に留学。パウンド、エリオット、オーデン、イェーツなどのモダニズムの詩人と中国との関連をテーマに博士論文を執筆中の八九年に、北京で天安門事件が起こり、祖国への帰国を断念したという。その後、ハ・ジンは合衆国の市民権を取得し、アメリカ人になった。
大学院を出たとはいえ、大学での職を求めるかれの前途は洋々とはいえず、夜警やレストランの皿洗いといった半端仕事でつないで、詩集や小説を発表したが、批評家からは高い評価を得ている。たとえば、処女作短編集『言葉の大海』(九六年)はヘミングウェイ財団賞 / PEN賞を受賞した。本誌に訳出した「白昼の処刑」を含む第二短編集『赤旗の下に』(九七年)はフラナリー・オコナー賞を、さらに、文革時代の全体主義的な社会コードに縛られるエリート医師の精神的な「麻痺」を描いた傑作長編『待ち暮らし』(原作は九九年、翻訳は早川書房より二〇〇〇年に刊行)は、全米図書賞とPEN /フォークナー賞をダブル受賞するという快挙を成し遂げている。
一方、パット・カリフィアは、一九五四年テキサス州のコーパス・クリスティに生まれた。両親は労働者階級で、モルモン教徒だった。大学一年生のときにカミングアウトして、苗字をカリフィアに変えた。アマゾネスの女王に倣ったのだという。その後カリフォルニアに移り、サンフランシスコのセックス情報センターでボランティアをしたり、知り合いとレズビアン・フェミニスト・SM団体を創設したりして、七九年頃からライターとしての活動を始めたらしい。カリフィアは反検閲主義者、ポルノ擁護派の急先鋒としても知られており、レズビアンやフェミニストであってもポルノを否定する者は許さない。
カリフィアは、今日もっともラディカルなSMレズビアンの論客のひとりであり、セラピストしても、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルのコミュニティに関与している。『官能的なマジック』(九八年)や『セックス・チェンジ』(九七年)をはじめとする評論で、ジェンダーやセクシュアリティにまつわる伝統的な考えを否定し、「トランスジェンダー」なる概念を提唱している。それは、従来の「女性的」「男性的」というふたつのジェンダーのどちらかに収まりきらない多くの人を指す言葉である。現在、カリフィアも「バイセクシャルの、トランスジェンダー」と自己規定している。
いや、待てよ、あんた女が好きな女だったんじゃないの? などと思ってはいけない。なぜなら最近カリフィアは、「父親」として子どもを育てることにしたらしく、先ほどの自己規定のあとに、「ここ一、二年は、社会的に男として生きることになると思う」と、付け加えていたからだ。カリフィアは理論に凝り固まったがちがちの学者ではなく、ユーモアのあるおおらかな論客であり小説家だ。みずから女役も男役もこなす彼女の――おっと、いまは彼だった――小説は、男の役割とか女の役割についてわれわれを縛っているジェンダーの「コード」を言葉の鞭でずたずたに切り刻む。性のタブーや境界を侵犯するカリフィアの物語は、読者のステレオタイプな思考を揺さぶり、読者を精神的に解放してくれるはずだ。
最後に、本誌に訳出した「ヴァンパイア」は、処女短編集『マッチョなあばずれ女』(八八年)から選んだが、マーガレット・レイノルズの編纂したペンギン版の『レズビアン・ストリーズ』(九三年)にも、ガートルード・スタインやヴァージニア・ウルフなどの作品と一緒に収録されており、すでにレズビアン小説の古典と見なされていることを記しておく。
『すばる』特集:アメリカ文学の新鋭たち。2001年7月号を改稿。