沖縄の制度的な病を問う
目取真俊『群蝶の木』(朝日新聞社、2001・4)
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二年近く前に新宿で、目取真俊に会ったことがある。ぼくがこれまでにインタビューしたことがあるポール・ボウルズやスティーヴ・エリクソンと同様、目取真も寡黙な人で、ぼくが一方的に喋りまくる形になってしまい、後で考えるとインタビューとしては失敗だった。目取真俊はどちらかといえば、寡作な作家の部類に入ると思うが、活字になる数少ない作品のどれもが無敵のマングースのように、読者の期待を裏切らないのがうれしい。まったく駄作と呼ぶような作品がないというのは、驚異的でもある。
それでも、四つの中・短編からなるこんどの最新作のなかで、ひとつだけ選べといわれたら、ぼくは迷わず表題作の「群蝶の木」を推奨するだろう。それはひとつに、この作品がいまなお沖縄に根強く残っている先祖位牌(トートーメー)の継承の問題を扱っているからだ。先祖の位牌をめぐって、嫡男優位の継承のあり方が「女性差別的である」という指摘をしたのは、比嘉道子氏(伊波普猷『沖縄女性史』の解説)であるが、比嘉氏によれば、「長男相続の正当性の主張は、産む可能性の性である女性には男子出産が期待され、独り身であった女性は、死後元祖になれないという後ろめたい存在にある。女の子だけのきょうだいは、自分の親の位牌も継承することができないなど、極めて女性差別的である」という。一言で言えば、それは沖縄の制度的な「病」なのだ。
とはいえ、誤解をしてもらっては困る。この六十ページからなる中編小説は、単なる人種・性差別反対の「抵抗文学」ではない。もし「抵抗文学」という語が、本土人による沖縄人差別(あるいは、その裏側にあるエキゾチズム)への糾弾を意味するだけのものなら、それほど皮肉なものはないだろう。なぜなら、それは小説のなかの、豊年祭で演じられる「沖縄女工哀史」なる芝居の最中に、観客から浴びせられる「腐れ(くれり)大和人(やまとんちゅー)、打ち殺(くる)せー!」の野次に唱和する「沖縄ファシズム」を助長するだけだからだ。一方、「抵抗文学」という語が「継承の四大タブー」への批判を意味するだけのものなら、それほど貧しいものはないだろう。沖縄の外部(つまり、本土)へ訴えかける波及力をもたないからだ。
しかし、この小説は、前作『魂込め(まぶいぐみ)』に収録された「面影と連れて(うむかじとうちりてい)」と同様、沖縄内部のヒエラルキーの最下層に生きる女性に焦点を当てながら、十七世紀の薩摩の「琉球入り」以来の、日本本土(および米軍)による植民地的支配とそれが育んだ沖縄人(ウチナー)のコンプレックスを鋭く突く。目取真俊の立とうとする位置は、日本における米軍基地の四分三を負担する現状をひとつとってみても、本土との関係でつねに周縁であることを余儀なくされてきた沖縄においても、さらに周縁である。それが小説家としてのかれに信頼を寄せる最大の理由だ。
この小説では、ふたり対照的な視点人物が用意されている。いうまでもなく、主人公の義明とゴゼイである。義明の家は、山原(やんばる)の村落(しま)でも、御嶽(うたき)に近いところにある。この島を開祖した七つの家のひとつで、長男である父の義敬が先祖の位牌を継いでいる。義明は三十代なかばで、県の職員として那覇とその周辺で何不自由のない一人暮らしをしている。義明は、沖縄のなかでもメインストリームに位置する平均的な男性のひとりである。一方、ゴゼイはいま九十近くだが、戦中は日本軍将校たちのための「慰安婦」として駆り出され、戦後は米兵たちのための「娼婦」だったが、年を取ってからはリヤカーで残飯や空き瓶を集めて生き長らえてきた。四年に一度の豊年祭にも参加させてもらえない、共同体の周縁で生きる典型的なアウトサイーダーである。ゴゼイからみれば、米軍にやられてばかりなのに女の体を弄ぶことはやめない日本の将校連中が「腐れ(くさり)日本の男(いきが)ども」なら、戦後、女たちが米兵たちに襲われないよう、売春旅館で働いてくれないかと彼女に頼んでくる村の人々は、欺瞞のかたまりでしかない。
年齢的にも境遇の上でも交わることのない義明とゴゼイだが、ふたりを繋ぐ糸はふたつある。ひとつは、幼い義明がゴゼイによって助けられた時の体験であり、もうひとつはゴゼイを周縁に追いやり、友人のTや兼城や義明を内側から虫食んでいるらしい沖縄独特の制度の「病」である。
それにしても、目取真の描く沖縄の風景の、なんと美しく悲しいことだろう。川べりのゴゼイの小屋のそばに植わっている「ユウナの木」は、黄色い蝶の群れのような花を咲かせるという。老女の歩んだ人生の悲惨さを際立たせるかのように、その花の姿は恐ろしいほど美しい。
『ハイファッション』2001・6