越川芳明
ティム・オブライエンほど執拗にヴェトナム戦争を題材にした小説を書きつづけている作家はいない。が、本書はヴェトナム戦争についての物語ではない。オブライエンは、この小説で中西部の大学で青春時代を過ごし一九六九年に卒業した<団塊の世代>の男女を十名以上登場させ、二〇〇〇年の七月初旬の週末におこなわれる同窓会の光景と、はるか昔の卒業式の頃の出来事とを交互に語る。
めずらしく女性の登場人物が多いことも、登場人物たちの<恋愛>へのグロテスクなまでの妄執に焦点を当てていることも、この小説の特徴だ。ある既婚女性は、大学時代に思いを寄せていた歯科医の男と不倫旅行するが、旅行中に事故によってその恋人を失い、またある女性は、フリー・ラブの信奉者よろしく、ふたりの夫と二重生活を送りつつ、たえず新しい男を求めつづけなければ気がすまない、といった具合に。
先ほど三十一年の時の隔たりを「はるか昔の」と称したが、当人たちの意識の中ではそれは「きのう」の出来事にすぎない。そのことが説得力をもって鮮明に伝わってくるのは、やはりオブライエンらしくヴェトナム戦争が絡んだいくつかの物語だ。それはヴェトナム帰還兵と元兵役忌避者の二人の「心」の動きにうかがわれる。前者は戦争で片脚を失い、いまもヴェトナムの悪夢というべき「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)」に襲われ、最愛の妻にも逃げられてしまう。後者はカナダへ逃げたあとカナダ人女性と結婚し、娘も生まれるが、いまなお駆け落ちの約束を反故にした同級生の女性への遺恨を持ち続けている。
村上龍の『69(シクスティ・ナイン)』とは違い、これは輝かしい青春小説ではない。むしろ、人生の選択肢が、まるで失業者の通帳の残高みたいに、みるみる減っていく中年の物語だ。でも、そうした人生の「敗け犬」たちへの作者の筆はあたったかい。小説の中に二度出てくる音楽グループの名前をもじっていえば、この小説はモンキーズの「恋の最終列車」に乗った男女の、ほろ苦くて甘い「後日談」だ。
(『産経新聞』2004年5月9日)