でたらめな字幕に金かえせ!
『本の雑誌』<怒り>特集 

越川芳明

 

 怒りは活動のパワーになる。だけど、恨みや嫉妬とちがって、そんなに長くはつづかない。<怒りは一時の狂気である>と、ギリシャかどこかの哲人もいっているように、カッと頭に血がのぼってこそ怒りといえるわけだから、そんなものを持続させようとしたら、脳卒中にもなりかねない。危険である。そうと知りつつ、カチっときたことがある。

 アレックス・コックスの『レポ・マン』(1984年)をご存知だろうか。最近、ユニバーサルがDVDで売り出した代物だ。音声がなんと3種類、英語、スペイン語、ポルトガル語。字幕が、なんと7種類、英語、スペイン語、ポルトガル語、日本語、韓国語、中国語、タイ語。それで、たったの一五〇〇円だ。安すぎっ!

 アレックス・コックスのアメリカ帝国主義批判は筋金入りだし、マッケル・ムアなど及びもつかない過激な監督なので、未見の映画を、多言語の字幕つきで超安く手にいれて、正直、その日は幸福な気分にひたっていたものだ。だが、さっそく見てびっくり。日本語の字幕がむちゃくちゃ加減なのだ。

 「マンディ・ナイト・フットボール」というのが「月曜の夜のサッカー」と訳されていたのが、あれあれの始まり。舞台は米国だから、正しくは「月曜夜のアメフト(TV中継)」じゃないか。ただし、これはアメリカンフットボールとサッカーの違いが分からない人の、ご愛嬌だとおもって、太っ腹に許す。だって、たったの一五〇〇円だもの。

 そのまま見ていたら、すぐに「ロシア人は請求書を払わない」という凄まじい日本語が出てきて、思わずのけぞった。いくらなんでも、これはひどすぎない? 「ロシア人は請求された額を払わない」や「ロシア人は金を払わない」じゃないだろうか。そのうち、こんどは「〜着いては、わらない」と、誤植がでてきた。「〜に関して」の意味なので、「着いて」はおかしい。

 ついに、面倒になって字幕を日本語から英語に変えたので、ほかにどんな出鱈目があるのか、わからない。最後に、誰が日本語の字幕をやったのか、調べてみたが、クレジットがない。これじゃ作品が泣くぜ、とコックス監督には同情したが、大のユニバーサルがこんなやっつけ仕事をしている、とちょっとカチッときた。金返せ、この野郎っ!

『本の雑誌』2004年10月号