越川芳明
これは、老人と若い女性との恋愛とセックスを扱った物語。というと、谷崎潤一郎の『痴人の愛』や川上弘美の『センセイの鞄』の米国版なの? あなたは直ちにそう思うかもしれない。だけど、その直感は、ハズレかもしれない。
齢五十をすぎた作家なら、"歳をとること"やそれに逆らう"若返り"をテーマにした小説の一つや二つ構想したところで、ぜんぜん不思議ではない。むしろ老人と若い女性の恋愛など、あまりに陳腐すぎる設定だ。が、逆に考えれば、そうした陳腐な設定をどうやって陳腐でない小説にするか、小説家の力量を測るのにこれほどふさわしい題材は他にない。
「彼女の方は痩せて強靭な三十四歳の労働者、無口で読み書きができず、逞しい骨と筋肉をもつ素朴な田舎者で(中略)彼の方は七十一歳の思慮深い高齢市民、攻なり名を遂げた古典学者で、容量の大きな脳みそには二つの古典語の言葉がいっぱいに詰まっている」(62ページ)
ちなみに、この小説を原作にしたリチャード・ベントンによる映画(邦題は『白いカラス』)では、<人種差別問題>における狂信的な言葉狩りを絡ませて、「思慮深い高齢市民」の老いらく恋に焦点が当てられる。
何の接点もなさそうな男女がニューイングランドの大学町で交わる。その舞台は、語り手のユダヤ系作家ザッカーマンが引用する十九世紀の文学者ホーソーンやエミリー・ディキンソンらを輩出したこともある由緒ある土地。偉大な文学者たちがその先祖と格闘した厳格なピューリタンがいまなお道を踏みはずした者を迫害することに情熱を燃やす土地だ。
ロスは、そうした倫理的に狭隘なWASPの土地で、黒人なのにユダヤ人と自らを擬装して、その地域で最も古い「産業」ともいうべきアカデミズムの世界で出世の梯子をのぼってきたやり手老教授のコールマン・シルクの没落を描く。バイアグラがないと勃起しない老人と、母の再婚相手から幼い頃に性的虐待を受けたことがある女性との恋愛といったありがちな物語に、<階級差>や<人種差>という偏差を加えて見事に他の恋愛小説との差別化をはかった小説。
そうあなたは思うかもしれないが、実のところ、<パッシング(白人の仮面をかぶること)>という派手な題材を隠れ蓑にして、ロスが本当に書きたかったのは、前立腺癌手術によって性的不能になった六十五歳のザッカーマンのエイジングのことではなかったか。そして、米国においてユダヤ人であるとはどういうことか、といったロスがずっとこだわってきたテーマではなかったか。
ずいぶんと手の込んだ小説だ。とすれば、あなたの最初の直感は、やっぱりハズレだね。 (『すばる』2004年7月号)