East Los Angelesで祈るグアダルーペの聖母

街角の壁に描かれた褐色の聖母

ロサンジェルスのダウンタウンから東のボイルハイツ方面へと車を走らせると、初めてなのに、なぜか何度か来たことがあるかのような、懐かしい感覚にとらわれる。まるであちこち放浪している鮭が、うっかり生まれ故郷の川に帰りついてしまったかのような・・・。

メキシコ移民を中心にしたこのラテン地区は、映画『アメリカン・ミー』や『ブラッド・イン、ブラッド・アウト』などの舞台として使われ、サンタナの最近のヒット曲「マリア、マリア」でも歌われたことがある、いわば「劣悪な地区」である。いまでも不良少年グループ同士の抗争が絶えない。十代のメキシコ系二世が地域ごとに「組」をつくり、ヤクザまがいの縄張り争いをおこなっているのだ。敵対する少年たちの乗った黄色いスクールバスへの投石からはじまって、ときにはピストルやナイフによる殺傷事件まで、ひきおこす。

しかしながら、「ズート・スート」という、丈の長い背広を着こなし、スポーツカーを乗りまわすメキシコ系マフィアのスタイルを生みだしたのも、「オラレ(いいぜ)」「エセ(OK)」といったストリート系のスペイン語を創造したのも、「パチューコ」と呼ばれるそうした不良たちである。

太陽が西に傾くころ、小型トラックを改造した屋台が街かどに出現し、つぶれたガソリンスタンドやカーディーラーの空き地が臨時のタコスショップに変身する。照明はうす暗く、飾り気もなにもない。にもかかわらず、まるで砂漠に咲いた色鮮やかな花のように、その剥き出しになった生の息吹きに誘われて、人びとが歩いて集まってくる。そう、メキシコシティの地下鉄のどの駅でも、階段をのぼったら、その先に必ずあなたを待っている屋台の湯気と煙を想い出してほしい。

もちろん、路上の立ち食いスタイルである。店の女主人はバイリンガルおばさんだが、家族やカップルでやってきた客たちは、何やらひそひそとスペイン語でしゃべっている。これを腹いっぱい食ったら、家に帰ってアレしようね、などといってるんじゃないだろうね。しょせん初級スペイン語学習者には、いくら聞き耳を立てても、そうした内輪話までは聞きとれない。

昼間のあいだに、ひとりでイーストLAの街なかをあちこち探索した。ハイスクールの建物の横壁やコンクリートフェンスに、メキシコ移民の人びとの過去と現代と未来を一望に見渡せる大きなグラフィティ・アート(落書き芸術)が描かれている。「落書き」といはいえ、色鮮やかなペンキをつかって描かれた壁画には、自らのアイデンティティ(メシカ文化にルーツをたどる)に誇りをもち、子供に教育(読み書きとコンピュータ技術)をほどこし、コミュニティに平和をもたらそう、という複数の政治的なメッセージが読み取れるようになっている。美術館の中に上品に鎮座するのではない、リベラ、オロスコ、シケイロスといったメキシコ壁画運動の伝統につらなる、民衆のための壁画。

啓蒙的な街角のグラフィティ・アート

イーストLAのグラフィティ・アートといえば、メキシコ料理店やトルティーヤの店の壁に「グアダルーペの聖母」が描かれているのがしばしば見うけられる。聖母が身にまとう服の色は、緑だったり青だったり赤だったり、とまちまちだが、顔の色は褐色で、首を右下に傾げ、両手を胸の前であわせ、女陰を連想させる後光につつまれていることなど、宗教的イコンとしての特徴は、どの絵にも共通しており、一目でそれとわかる。この「グアダルーペの聖母」、メキシコの守護神として、本国では各地のカトリック教会の中にひっそりおさまっているが、この移民の街では、いたるところに顕現し、執拗に存在を主張しているかのように見える。この土地の人びとが、本来の意味を逸脱して、メキシコ系移民の守護神という新たな役割を「聖母」に担わせたがっている。

グラフィティ・アートにしろ、グラダルーペの聖母の壁画にしろ、自己のアイデンティティのよりどころをアステカ文明・メシカ文明にたどるメキシコ至上主義がすこし気になる。というのも、それはアングロ白人文明への強力な対抗力にはなりえても、同じコミュニティに住む非メキシコ系の住民たちを排斥する力ともなりうるからだ。メキシコ以外の、中南米からの移民を思いやるような発想は、そこにはない。

フリーダ・カーロのあでやかさを連想させるL・ダウンズ

そういう意味で、マルチリンガルの歌手リラ・ダウンズの存在は注目に値する。彼女はアメリカ人の父と、メキシコの先住民の血をひく母とのあいだに生まれた混血児。デビュー作『ラ・サンデュンガ』、第二作『生命の樹』、最新作『ボーダー』において、英語やスペイン語はもとより、メキシコの南部オアハカの先住民の詩をかれらの言語(ミクステカ、サポテカ)で歌う稀有な歌手である。「泣き女」や「生命の樹」や「木、黒い山」をはじめとするメキシコの伝説をとりいれた歌を歌っているが、ダウンズのめざすのは単純なメキシコ回帰ではなく、相反する文化を内在させたボーダーの移民の声だ。

(『High Fashion』2002年10月号を改稿)